【魔王転生】
「鬼束、テンマ……!」
……そして、試合の展開はこの局面へと至る。
鬼束テンマの率いる異形の軍勢を前に王都は陥落し、液体燃料ロケットの打ち上げにまで至った文明は諸共に壊滅した。
配下の召使を絶大に強化する【無敵軍団】の力を得た軍団長による、凄まじいまでの電撃戦。
無制限の補給を可能とする【兵站運用】を背景とした、焦土作戦を厭わぬ徹底的な破壊。
何よりテンマ自身の転生者としての力が、純岡シトの逃げ切りを許さなかった。
今の彼はテンマの転生体に追い詰められ、焼け焦げた大地に投げ出されている。
多大なダメージに咳き込み、シトは喀血した。
「ケホッ……何をすれば……そのIPで、ここまでの兵力を……!」
「抵抗はこれで終わりか? そうではないだろう。純岡シト」
今一度、敵のステータスを確認する。IP-6,132,789,199。酷すぎる。意図的に狙ったとしても、ここまで無残なIPにはなるまい。今までに見たことのない数値だ。
もはやスキル成長など不可能なはずであるのにも関わらず、これほどの強さ。ステータス表示に反映されないCスキルがこれを引き起こしているはずだ。
間違いなく、シークレットスロットが関わっている――
「君をこれから直接攻撃する。この戦いは私の勝利だ」
「勝利だと……ならば何故……世界を滅ぼす……! 例え貴様が勝利の手立てを隠し持っていようと……こんな狼藉が、世界救済に繋がるはずがない!」
「私は、より合理的な手段を選んでいるだけだよ」
血に塗れたシトを見下ろしながら、テンマは淡々と告げた。
漆黒の鎧を身につけ、右額から湾曲した角を生やしている。
滅亡の炎に照らされた、まさしく鬼神であった。
「この試合の世界脅威レギュレーションは『資源枯渇B』。ならば資源を浪費する人類を全て排除してしまえば、それだけで救済は完了すると思わないか?」
「……世迷言を!」
叫びとともに、シトは最終手段を起動する。背後の中世風高層ビルが縦に爆ぜ割れ、その中身を露にした。全長50mにも達する超巨大戦闘用ゴーレム。新型動力を六基同時搭載したそれは、最初からこのような非常事態に備えて開発させたものであった。
鬼束テンマを迎撃すべく、過剰なまでの武装と堅牢無比の装甲を施した、決戦兵器であった!
「来い! 異世界戦騎ッ! ドーンブリンガー!!!」
浮上魔力がはたらき、シトは機体内部へと搭乗!
シトが身につけたスキル――〈全種運転SS+〉〈精密射撃SS〉との複合により、【超絶成長】と遜色のない戦闘能力を発揮することが可能となる……だが、それだけでは足りぬ!
「おおおおおおおッ!」
シトはークレットスロットを開放する。それは、鬼束テンマを打ち倒す切り札だ。
「――【後付設定】ッ!」
Aブロック準決勝にて剣タツヤも用いた【後付設定】。
やり直しのたびにIPを大量消費する【運命拒絶】を使用しながら、同時に直接攻撃に堪える戦闘能力を確保するためのシークレットであった。
〈全種運転SS+〉を、〈殺人運転SS+〉へと変化!
〈精密射撃SS〉を〈ヘッドショットSS〉へ!
〈火光の術法A〉を〈火光の防御術法A〉!
〈古文書読解SS〉を〈神祖理解SS〉!
「悪手だな。【後付設定】は強力なCスキルではあるが、同時に弱点も明白だ」
天を真昼の如き白に染め上げる魔導クラスター爆弾の大量射出を見上げて、鬼束テンマは不動である。
降り注いだ爆光は、天地に割り込んだ光の魔法陣によって阻止されていた。
「テンマ様! ご無事ですかッ!」
それは、甲冑に身を包んだアークデーモンである。東方軍団長、災いの墜星ゲドヴェルグ。テンマが【無敵軍団】で強化した、極めて強力な召使だ。
これぞ【無敵軍団】。自分自身だけでなく、パーティ単位を無双の強者として育成し、その脱落を防止する。【酒池肉林】と比べて防御性能に劣り、影響可能な人数は十名前後が限界ではあるが……それでもこのような局面では、個々のユニットの戦闘能力の高さが大きな意味合いを持つ。
「――このように、特効対象として選んだ標的以外の割り込みに対して極めて弱い。【後付設定】は、一対一の状況でしか使えない」
「百も承知だ! この状況で助けに入れる者は、そいつ一体だけだと分かった!」
シトは残るIPを計算している。それが残弾だ。文明発展によって蓄え続けたイニシアチブを、この男を倒すために。テンマにとってこの直接攻撃は絶対的な好機であろうが――シトもまた、この直接攻撃で彼を打ち倒せば確実にこの決勝を勝利できるという条件は同じだ。
「……【運命拒絶】!」
オープンスロットのCスキルを発動。
セーブ地点は、最低限の巻き戻し……【後付設定】の使用直前。
「ほう」
「今一度受けてみるがいい……! 【後付設定】ッ!」
〈全種運転SS+〉を、〈殺人運転SS+〉へと変化!
〈精密射撃SS〉を〈魔族絶対殺害射撃SS〉へ!
〈火光の術法A〉を〈火光の防御術法A〉!
〈古文書読解SS〉を〈神祖理解SS〉!
テンマは、むしろ愉快そうに嗤った。
「面白い……! 本来一度しか使えない【後付設定】の使用回数を、【運命拒絶】でリセットした……ということか!」
「テンマ様! ご無事でゲギャアーッ!?」
〈魔族絶対殺害射SS〉! 魔導クラスター爆弾が、魔力障壁ごと災いの墜星ゲドヴェルグを貫通! 科学と魔導の壮絶な威力を受け、爆発して死ぬ!
「……見事な戦術だ。ならば私も今こそ見せよう。我がシークレットを」
迫る爆光。鬼束テンマのシークレットスロットが開く。
そこに収まっているものは、禍々しき漆黒のCメモリである……!
「【魔王転生】」
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純岡シト IP3,709,361,150(リセットにより-91,234,090) 冒険者ランクS
オープンスロット:【超絶知識】【産業革命】【運命拒絶】
シークレットスロット:【後付設定】
保有スキル:〈魔導機械工学SSSS+〉〈政治権力A〉〈神祖理解SS〉〈機械操作SS+〉〈殺人運転SS+〉〈魔力貫通射撃SS〉〈火光の防御術法A〉〈雷霆の防御術法S〉〈殺人全力集中A〉〈完全鑑定A+〉〈魔力特定A〉〈特許法SSS-〉〈完全言語B〉他20種
鬼束テンマ IP-6,132,789,199(+12,661,387,977) 冒険者ランクS
オープンスロット:【超絶成長】【兵站運用】【無敵軍団】
シークレットスロット:【魔王転生】
保有スキル:〈破獣拳SSSS〉〈神祖の血統S〉〈瞬動歩法SS-〉〈火光の術法S〉〈暗影の術法S+〉〈大軍統率SS〉〈完全言語B〉〈特攻戦術S〉〈神算鬼謀SS〉〈暴虐の威圧A〉他21種
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それは、誰も見たことのないCメモリだった。
試合の流れそのものは、準決勝にてタツヤを逆転してみせたシトの構図に近い――
しかしCメモリそのものの異常性において決定的に違う。剣タツヤは狼狽した。
「黒い……Cメモリ……! おいルドウ! 何なんだありゃあ!」
「お……俺にだって分からねェよ! 少なくとも、世間に出回ってるような……正規のCメモリじゃねェ。だが、どんな効果だ……!? 一体どういう計算で、IPがマイナスから回復するなんてことが起こりやがるんだ!?」
ドライブリンカーによるIP獲得判定は、その世界における人類に準ずる種族か、または人類に利益ある存在に示した優越性で決定される。
ならばテンマがこれまで見せた侵略と破壊に、何一つIP獲得の要因などはないはずなのだ。
「IP獲得判定の逆転……」
「黒木田……!?」
「敵を倒せばIPは上昇して、味方を倒せばIPは減少する! それが異世界転生の大原則だ……! けれど……あのCメモリは敵味方の定義を変えてしまっている! 人類を倒せば倒すほどIPを獲得するCスキルなんだ!」
「嘘だろ……!? 誰がそんなものを開発して……!」
「クソッ……なんなんだよ! そんな転生があっていいのかよーッ!」
恐るべき事実である。
あの外江ハヅキが直接攻撃への対処を整えきれなかったのも当然だ。この状況が転生者に力を与えることなど、通常はあり得ないのだから。転生者が意識から除外していた、ルールの盲点。
異世界転生は、確かに異世界を救世する理念のために開発された技術だった。
だが――必ず人類を救済するとは言っていないのだ。
「シト! そいつをブン殴る方法は何かねーのかッ!」
「テメーなら逆転の小細工くらい、何か仕込んでんだろうが! 純岡ァーッ!」
「……シト……」
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「グアアーッ!」
祈りも虚しく、決着の時は訪れる。
超世界ディスプレイの中で繰り広げられたのは、一方的な蹂躙であった。
「三十九回」
鬼束テンマが冷徹に告げる。
「……君が【運命拒絶】で状況をリセットした回数だ。その【超絶知識】は、ループに伴って変化する様々な局面に対して即座に対応策を編み出すためのものだな。なるほど、全てのオープンスロットに二つ以上の役割を持たせている……君の強さと折れない気概には敬意を表そう。だが」
テンマの背後では、決戦兵器たるドーンブリンガーが無残に損壊し、黒煙を噴き上げていた。特攻。防御。奇襲。逃走。シトが選んだ数十通りの策の尽くは、魔王の圧倒的暴力を前に無為に潰えた。それほどまでの戦力差である。
無論シトも、テンマの表示IPを鵜呑みにしていたわけではない。それでもなお、想定を遥かに上回る力が鬼束テンマにはあった。
「兵器の想定する絶対的な強度が、私の実IPに追いついていなかったようだな。……スキルを駆使した奇策も、所詮は生命線たるIPあってこそ成立するもの。そして【運命拒絶】は、使用回数を重ねるごとにその生命線を消耗する諸刃の剣だ。これで逆転の芽も潰えたようだな」
純岡シト。残りIP……2,160。
もはや、あと一度のリセットを行うIPすらも残されてはいなかった。
「……何故だ」
屈辱と無力感に打ちのめされながら、シトは辛うじて言葉を発した。
「……本来は、そのような使い方を想定されたCメモリではないはずだ……。地方の悪徳領主を狩って、人間以上の善政を敷く……魔族による無益な略奪や虐殺を止める……それだけで魔族と人間の双方からIPを得られるはずのCメモリだ……。何故、敢えて世界を滅ぼす……!」
「さすがだ。初見のはずのDメモリを前にして、そこまで洞察できるとはな」
鬼束テンマは凶悪な笑みを浮かべた。
「嬉しく思うよ。やはり君も、外江ハヅキに劣らぬ強者だった――君にもいずれ分かるだろう。全ては我々の目指す計画と、理想のため」
「……理想……」
最期にシトが見たものは、拳を振りかぶるテンマの炎の影。
純岡シトという救世主をこの世に失い……世界の資源を食い尽くしつつあった人間という種は、五年を待たずにテンマ率いる魔王軍によって根絶されることとなる。
WRA異世界全日本大会関東地区予選トーナメント決勝。
世界脅威レギュレーション『資源枯渇B』。
攻略タイムは、23年1ヶ月3日15時間20分59秒。
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「シト!」
「おいシト! しっかりしろ!」
「チッ……! 無茶しやがって! 最後の鬼束との戦いで消耗しすぎてる! 転生ショックによる人事不省だ! 係員に水を持ってこさせろ!」
極限の戦いがそうさせたのか。他の競技にもあり得ることだが、転生への過度の集中のため、現実の肉体にも一時的な昏倒などのフィードバックが表れる症状である。
応急処置を開始するルドウを置いて、剣タツヤは対戦相手の方へと駆けた。
「おい、この野郎ーッ! ふざけるんじゃねェぞ! ここまでする必要があるのか! シトを四十回もブッ殺して……異世界を滅ぼしてまで勝ちてェかよ!」
「君は……? ああ。Aブロックの剣タツヤだな」
「だったらどうした! そのCメモリ……反則行為じゃねーのか! テメーみたいな野郎の異世界転生、俺は絶対に認めねえぞ!」
「……待、て!」
タツヤを呼び止めた呻きは、他ならぬ純岡シトであった。
血の気が失せた顔面で、それでもタツヤを止めようと上体を起こしている。
「シト……!」
「そいつは……その男は、何も……反則など、しては……いない……!」
「な、何言ってんだよ……! 異世界の人間が滅亡しちまってるんだぞ! こんなのどう考えてもルール違反だろうが!」
「違う……! 異世界転生にルールなどない……全てを判断するのは、ドライブリンカーだ。Cメモリは、元より反則! ドライブリンカーが正常に読み込む以上は……それがルールだ……!」
法律や倫理どころか、法則までがこの現実と異なる異世界での戦いを、この世の誰が審判できるだろうか。少なくともこの世界において、その権利があるものはただ一つだ。
世界を行き来する転生装置にして、人生の優位を競うIPを算出し、異世界における権限であるCメモリを認識する――偏見も心も持たぬ機械、ドライブリンカー。
試合前後での非紳士行為の禁止。最大四つのCメモリを用いること。試合開始の合図と同時に、トラックに轢殺されること。
転生者同士の暗黙的なマナーこそあれ、異世界転生における明白なルールなど、それらの他には存在しない……よって、鬼束テンマの行為すらも反則ではない。それが異世界転生の掟!
「俺の……敗北を……汚すんじゃあない! タツヤ!」
「……くそッ……!」
彼らの会話をよそに、テンマに歩み寄る少年がいた。
「テンマさァん。そろそろですよォ」
「うむ」
「しかしまァ、純岡シトも冷や冷やさせてくれましたね。最後に控えるテンマさんが負けてしまったら、計画の順序が狂ってしまったところです」
「……純岡シト。剣タツヤ。もう少し話をしていたいところだが、私には最後の仕事がある。優勝インタビューを受けなければな」
異世界にて全ての対話は終えたと言わんばかりに、鬼束テンマは司会の待つ壇上へと上がった。幽鬼の如き銅ルキがその傍らに付き添い、黒衣の二人組となる。
覇王は口を開いた。
「――会場の皆さん。今の試合の凄惨さを、目に焼き付けていただけたと思う」
転生者の対決に沸いていた会場は、今は静まり返っている。
それは鬼束テンマという少年の持つ、尋常ならぬ威圧のオーラのためか。
「この戦いを優勝した今、遠慮なく断言させてもらおう。これこそが真の異世界転生。勝利のためには、世界すらも滅ぼす。これが真実だ。皆さんは想像もしていないことだろうが……異世界転生は、ただの子供の遊戯ではない……! それは想像を絶する、凄まじき力の源泉なのだ……!」
「何を言ってるんだ、この男は!」
「冗談も休み休み言え!」
「異世界転生がそんな危険なものだったなんて……!?」
「本当に中学生なのか!?」
観客が口々に上げる声を意にも介さず、テンマは空に突き出した掌を握った。
「皆さんは想像もしていないだろう。我々のような組織の存在を。我々の同胞が、既に――全国各地で、このように勝利を収めていることを!」
銅ルキが、さらに数名の少年少女が、ステージ上に進み出た。
顔は会場照明の逆光に隠れているが、その全員が黒衣。その全員が全日本大会への進出者。
そして。その全員がテンマと同じく、悪しきメモリの使い手である……!
「これが我々『反地球』の力! 我々は……来る異世界全日本大会本戦トーナメントにおいて、日本全ての転生者を叩き潰すと宣言しよう!」
敗北した純岡シトは力なく倒れたまま、その恐るべき宣告を聞き届けるしかなかった。
一つの異世界が滅亡した。これまで考えられなかった転生を行う者達が、異世界転生という競技そのものを侵略しようとしている。
「アンチ……クトン……!」
次回、第七話【令嬢転生】。明日20時投稿予定です。




