【異界肉体】
住宅街は焦土と化し、再び滅びの様相を呈している。
ごく普通の金髪の大学生を取り囲んでいるのは、黒衣の転生者達。
「……必死になりやがって」
ニャルゾウィグジイィは舌打ちをする。
彼を足止めするべく戦いを挑んできたアンチクトンの転生者達は、先のループで戦闘したエル・ディレクスとは比較にもならぬ弱敵だが、無敵の【異界肉体】の力でなお殺しきれない。当然、仕掛けがあるのだろう。
「また……不死身になるCメモリか? ……全部無駄だってのに」
巨竜に変じた転生者の炎を、蝿を払うかのように手の甲で掻き消す。
その刹那、何者が仕掛けたトラップがニャルゾウィグジイィの足元を崩し、広大なダンジョンの如き構造に落とし込もうとする。何もない空中を蹴って復帰する。
別の転生者が展開したアイテムボックスから溢れ出した莫大な量の海水がニャルゾウィグジイィを沈めようとする。繰り出した拳の空力加熱のみで全て蒸発させる。
ありとあらゆる試みは、彼の肉体に傷一つつけられずにいる。
――ニャルゾウィグジイィは、彼らのような紛い物ではない。本物の、一方通行の世界間ポテンシャルを獲得した転生者だ。
アンチクトンの転生者はただニャルゾウィグジイィをこの場に押し止めるだけでも死力を尽くさねばならず、そして時が経てば経つほどに、世界滅亡用の兵力――【異界軍勢】の総量は指数関数的に増大していく。
「くそっ、電話も通じないのか……! 政府に命令できるなら、【異界王権】でミサイルでもなんでも撃ち込めるのに……」
彼は一切、一般スキルを成長させていない。通常の転生者であればCスキルに頼らずとも、政府とのコネクションや通常の電波妨害の突破手段など三日もあれば習得が可能であるが、彼らのドライブリンカーにIPによる成長補助機能は存在しない。
――そもそも、何故エル以外にもCスキルを用いる転生者が多数存在するのか。
果たして勝算があってこのようなことをしているのか。
ニャルゾウィグジイィにとっては、戦術の類を考えさせられる事自体が不快であった。
彼らはこの世界の上位に立つ転生者だ。考えなどを巡らせずとも彼らのCメモリは無敵であったし、どのような脅威も、当然の帰結として滅ぼすことができた。
ましてや同等の敵を上回るための思考など、試みる必要自体がなかった。
彼にとってのこの世界は、そのような労苦や思考と無縁の、スローライフのための世界であるべきなのだ。
【異界軍勢】の増殖は、既に県一つを覆っていていい頃合いだ。
だが、そのようになっていない。【異界軍勢】の群れも、ニャルゾウィグジイィ本体と同様に妨害に遭っていることを意味している。
蟻のような現地人が、勝ち目のない、無意味な抵抗をしている。
不快だった。
「いい加減に――」
ぐにゃり、と。
ニャルゾウィグジイィの周囲の空間が歪む。
彼は一切、一般スキルを成長させていない。時空に関するスキルすら保有しているわけではない。戦闘能力の根拠は限界の身体能力を付与する【異界肉体】のみである。
しかし無敵の身体性能であれば、それに近いことはできる。
「う……!」
「……!? 銅ーッ!?」
ニャルゾウィグジイィは自らを食い止めていたアンチクトンの転生者の前衛を振り切って、拳の一撃で隣り合った区画を破壊した。その一撃は同時に、その区画を埋め尽くしていた銅ルキの肉体体積の半分を消し飛ばしている。
剣タツヤが、全く対応できない速度の強襲であった。
「ハハハハハハハ! なんだ! ちゃあんと不死身じゃない奴も混じってるじゃないか! だから……ハハハ! こういうとこだよな」
首の後ろを掻いて、舌打ちする。不愉快な思考だ。
一方的な蹂躙でそのような思考が過ぎってしまうこと自体が、まるでゲームや遊びであるかのような。
「どういう能力を持ってるだとか……どんな相性だとか。だから誰を後回しにした方がいいとか……? ただただ、面倒なんだよ。雑魚なんだから――」
【集団勇者】や【英雄育成】で強化されたルキの【人外転生】は際限のないスキル成長を遂げ、今や〈グレイ・グーSSS+〉の形質を獲得している。
だが【異界肉体】の性能を以てすれば、残る体積を消失させる程度は、もはや造作もない。
足止めをする転生者に、最初から躍起になる必要はなかった。
敵の目的が足止めだというのならば、それを無視して他を破壊するほうが、よりいやがらせになる。
(まずはこいつを刻んで消す。それから別の市街地を――)
ニャルゾウィグジイィは次の一撃を与えようとした。だが。
「――とどめの前に一言言うてあげるんが、そちらの世界のお行儀です?」
……動くことができない。
彼自身が気付かない間に、全ての関節が拘束されているのだと分かった。
【異界肉体】の膂力で引き千切ろうとしても、その拘束は少なくとも九次元空間単位で巧妙に張り巡らされており、脱出しようとする力がなおさら自らを締め付けている。
ニャルゾウィグジイィの右手側で極細の糸を引いているのは、新手の転生者。
萌黄色の和服を纏った、華奢な少女だ。
「ずいぶんとお優しい世界みたいで。よろしおすなぁ」
「ち……!」
負荷を無視して拘束を引き千切る。
次の刹那で拳を撃ち込むが、振りかぶった初動を絡め取られた。
(なんだ、これは。まるで)
少女の指先だけで繰り出される技の一つ一つが、まるで、Cスキル。
「ハヅキちゃん!! 来てくれたのかよ!」
「外江ハヅキ……! かたじけないですねェ……!」
「めっそうもないです。タツヤくんも、予選トーナメントん時は無視してもうて。ふふふふ。かんにんな」
少女はニャルゾウィグジイィをただ一人で止めたばかりか……まるで彼への意趣返しの如く、会話を交わす余裕を見せつけてすらいた。
(待て……なんだ。なんだこれ。こ、この空間に……最初から、罠を仕掛けていたのか……こっちはCスキルだぞ……!)
CスキルにはCスキルでしか対抗することはできない。
だが通常のスキルであっても、それに限りなく近い能力を得ることができる。
「こいつ……」
「ふふふふ。こわいこわい。異世界の転生者さんからしたら、うちみたいなか弱い女の子、まるで小虫やろなぁ」
IP獲得言動だ。
実力の落差をアピールすることで多大なIPを獲得するCスキルがある。
しかも彼女は最初の奇襲が成功した時点で、最大限の倍率でそのIPを獲得した。
無敵の存在……異世界からの転生者を相手取る限り、常にIP獲得倍率ボーナスを得ることができる。
圧倒的強者を前に、関東最強は微笑んでみせた。
「――うち、【弱小技能】ですから♥」
――――――――――――――――――――――――――――――
外江ハヅキ IP+10,000,000(+169,323,953)
オープンスロット:【弱小技能】【実力偽装】【なし】
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈裁縫SSSSSSSSSS+〉〈絶佳裁縫SSS〉〈無尽の繊景SSSS〉〈単分子紡績SS〉〈超時空裁断SSS〉〈因果の糸の織り手SSSSS+〉
――――――――――――――――――――――――――――――
「残りの使用回数は四回」
時刻は遡る。ネオ国立異世界競技場に隣接する広場だ。
【異界災厄】の攻撃から逃れ、友と合流したシトは、まず自らの置かれた状況を伝えた。
「俺の考えでは、最低でも俺と大葉に一回ずつ、この【世界解放】を使う必要がある。そうでなければ勝てない」
彼の前には星原サキと大葉ルドウ、そして外江ハヅキがいた。
真っ先に【世界解放】を使用された剣タツヤは、アンチクトンの支援に向かった後である。
「やれるか、大葉」
「……【不正改竄】をアテにしてんなら言っとくが、ちょっとした座標変更程度ならともかく、ボスの消滅ルートを呼び出すのは年単位の解析になるぞ。それも相手の転生者を直接消すなんて芸当、普通に無理だ」
「だろうな。だとしても、敵のドライブリンカーの仕様が異なる以上、この戦いの確実な終了条件は撃破による送還しかない。転生者が送還された後ならば、会長が【運命拒絶】で時間を巻き戻して一連の戦闘被害をこの世界から消去しても、一度送還された転生者が戻ってくることはないはずだ。不死身の肉体を持つ転生者を、ここで倒す」
「考えはあるんだろうな?」
「俺を誰だと思っている」
「チッ……気に食わねえ野郎だ」
頭をガシガシと掻いて、ルドウは顔を背ける。シトは外江ハヅキを見た。
彼の知る限り最強の転生者である。彼女の協力を得ることができれば……
「ええですよ?」
「貴様にも協……いいのか」
「ええ。純岡さんの頼みなら、それはもう」
口元に扇子を当てて、蠱惑的に微笑む。ハヅキは平時の余裕を取り戻していた。
絶対強者のその様子に、シトは小さな安堵を覚えている。
「……貴様は、剣達を助けに行ってもらいたい。Cメモリの組み合わせは任せる。貴様ほどの実力ならば、俺の指図を受けるまでもなかろう」
「うち――純岡さんになら指図されてもええかもって思ってましたけど」
「ちょっと外江さん。純岡クンからかわないでよ。ウブなんだから」
「ふふふふふ」
「話を続けていいか」
やや居心地悪そうに、シトは最後の一人……サキへと話を振った。
「これで残り一回。無駄に回数を抱えていくくらいなら、俺は貴様に使ってもいいと考えている」
「えっ、アタシ!?」
「そうだ。転生者に資格など必要ない。ドライブリンカーを装着すれば、貴様にも【世界解放】のCメモリを行使する権利がある。そうだとすればどうする、星原」
「そうだな。アタシがやるとしたら……」
顎に指を当てて、金髪の少女は考えを巡らせる。
シトの判断には理由がある。予選トーナメントを観戦していたその時から、星原サキには明らかに卓越した異世界転生のセンスがあった。
「……【無敵軍団】。あと【運命拒絶】かな」
「そうか。理由は?」
「いや……アタシ、異世界転生は素人も素人だし。いきなり戦っても、立ち回りとか絶対ダメだと思うんだよね。でもこの二つは、発動するだけなら極論本体の技術とか関係ないわけじゃん。みんなとの通信はドライブリンカーでできるし――IP的に【運命拒絶】は一回だけしか発動できないかもだけど、あるのとないのとでは、皆の心の余裕が結構違うと思うから。余裕を買いたいんだよね」
「……未経験でここまでの読みができるのか。さすがだ、星原。これ以上ないほど的確な判断だと思う。やはり、残り一回は貴様に……」
「あのね純岡クン。やるとしたら、の話でしょ」
受け渡された赤いメモリを、サキはそのまま突き返している。
「アタシはやる気ないから」
「……どうしてだ?」
「もう、鈍いなあ……! いいから残しておきなって!」
シトは沈黙した。作戦に活用できるCメモリの総量こそ少なくなるが、いざとなれば、二回分を自分に使用してIPだけを重ねて獲得することもできるだろう。
まだ転生者ではない星原サキを巻き込むことに、迷いがあったのも事実だ。
「……ああ。ならば大葉、外江。貴様らに頼みたい」
「ケッ、しょうがねえ。乗りかかった船だな」
「代わりにスイーツバイキング、ご馳走になってええです?」
――――――――――――――――――――――――――――――
――そして、今。
WRAのオート運転トラックでシトが目指しているのは、転生者達の集う戦場とは別の地点。
無差別な地点を直接的に破壊できる、そしてネオ国立異世界競技場をも攻撃した、【異界災厄】の使い手の位置である。
ドライブリンカー越しに、剣タツヤへの通信を行う。
「敵はこの先か、剣」
〈間違いねえ……! Cスキルの発動イベントが【絶対探知】に引っかからないわけねーからな。今の所デタラメに災害を呼びまくって、会長を集中攻撃してる。奴の注意が会長にだけ向いてるなら、横から奇襲できるんじゃねーのか……!〉
「いいや。そのつもりはない」
できない、と言う方が正しい。
この世界には数多くのCメモリが存在するものの、ニャルゾウィグジイィ達が用いるメモリの如き、敵に対して直接的に干渉できる類のCスキルは極めて希少だ。故に数少ない例の一つである不正規メモリ、【不正改竄】が鍵となる。
(大葉の経験上、ボスの直接撃破の解析には年単位の時間がかかる。【運命拒絶】の繰り返しでその時間を作るという手は、到底不可能だ……)
まず間違いなく、こちらの世界が運用できるIPが先に枯渇するはずだ。
ならば別の手を取るしかない。シトはトラックから降り立ち、Cメモリを取り出す。
ここから先は転生者の領域だ。戦闘に踏み込む手前で【世界解放】を用いなければならない。ただ一人でこの敵を。
「【不朽不滅】……」
「待って!」
鳴り響く急ブレーキと共に、叫ぶ声があった。
到着した別のオート運転トラックから身を翻したのは、彼が見知った顔である。
「……!」
「ね……ねえ、シト! もう一度言って!」
細い、二つ結びの黒髪が靡いた。
シトは息を止めて、その少女を見ていた。
「――君の力が必要だって! 他の皆と同じように……! ぼくも、きみと一緒に戦うことができるって!!」
少女は走り、膝に手を置いて息をつき、そして、まっすぐにシトの瞳を見た。
黒木田レイ。
彼女もここに来ていた。世界を救うために、彼女もまた、戦うことを決めたのだ。
「…………」
シトは強く目を閉じる。絞り出すように言った。
「ああ…………! 必要だ。……ああ、気付いていなかった……こんな時に……君の力こそが必要だった。そうか……来てくれたんだな……黒木田……!」
「……シト?」
「いいや。何でもない。嬉しいだけだ。黒木田……ありがとう」
また共に戦うことができる。自身でも信じられないほどに、それが嬉しかった。
「言われていた……星原に、一回だけは残しておけと……まったく、俺は相変わらずの異世界転生バカだ……」
「……そうか。ごめん」
レイの側も、ようやくそれに気付く。
シトは涙を流すことすらなかったが、彼女には分かった。
「ぼくはずっと、自分のことばかりだったよね」
シトも、レイと同じようにずっと不安だったのだろう。それが、あの純岡シトであっても――レイと同じように恋をしていたなら、弱い彼女と同じように、そのようにも思っていたのかもしれない。
「それでも、もう一度、言わせてほしい。好きなんだ! ぼくが善でも、悪でも、それだけは確かなことだって、信じてほしい! シト!」
――嫌われたくないと。
再びその手を握るために、何か一つでもきっかけが欲しかったと。
「だから……手を!」
「ああ!」
【世界解放】が、少年から少女の手に渡る。
レイは迷わず二つのCメモリを選んだ。
今の彼女ならば、シトの考えている全てが理解できる。
――――――――――――――――――――――――――――――
黒木田レイ IP0(+10,000,000)
オープンスロット:【酒池肉林】【無敵軍団】【なし】
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈戦術指揮B+〉〈通信B〉〈魅了B+〉〈対人構築C+〉〈思考整理C〉
――――――――――――――――――――――――――――――
数分後。
「……で、こんなところに来たわけ?」
純岡シトは、破壊の大口に沈んでいた。
街路を融かし尽くし、大地を貫かんばかりに陥没させる、理外の暴力。
「そんな風にやられるために?」
冷酷な、赤い瞳が見下ろしていた。
黒いゴシックロリータドレスを纏った、小学生ほどの銀髪の少女である。
彼女の攻撃でシトが絶命していない理由は、黒木田レイが発動している【酒池肉林】ただ一つしかない。異世界の転生者の戦闘力を前にしては、彼一人では抵抗する余地すらなかった。
「すごくかっこ悪いね」
「無駄だ……」
シトが一言口を開く間に、数えきれない連撃が頭部を大地に埋めた。
絶息の苦痛を数万回立て続けに与えられながら、それでも死に切ることはできない。
「……」
「も、もう一度……言う。無駄だ。【酒池肉林】は地球外への追放も含めて、この世界からの退場を防ぐ。貴様に……俺を殺し切ることは、できない……」
「そう」
ヨグォノメースクュアは、ただ無関心の溜息をついた。
彼女と別行動を取っているニャルゾウィグジイィが複数の転生者による派手な妨害に遭っていることは察することができるが、彼女自身が遭遇したのはこの取るに足らない転生者一人。まともな戦闘スキルすら持っていない。
ヨグォノメースクュアが有する【異界災厄】は、彼女らの転生に邪魔な人物やオブジェクトをピンポイントで破壊するためのスキルだ。世界を滅ぼすだけならば、ニャルゾウィグジイィの【異界軍勢】に任せているだけでいい。
故にこの世界を守りたいのなら、ヨグォノメースクュアに挑む行動からして、そもそも見当違いなのだ。
世界消費の決定が下された以上、彼女の仕事は安全圏からエル・ディレクスを攻撃し続け、唯一の不確定要素である彼女を動かさないようにしているだけでいい。
「もういいから、他のとこ行くね」
「…………異世界転生が憎いか?」
「……」
ヨグォノメースクュアは動いていない。一瞬、そのように見えた。
実際は、残像すら残さない蹴りがシトに突き刺さる。【酒池肉林】で傷一つなく軽減されるとしても、痛みや苦痛は与えられる。地平線の果てまで吹き飛ばせないことだけが、彼女を多少苛立たせた。
「答えろ。貴様らが逃避せずに生きている人生とやらはなんだ? 貴様らにとっての異世界転生は……娯楽ではない。ましてや観光やスローライフなどであるはずがない。……貴様らが、この転生を楽しんでいるようには見えない」
「ウン。バカと話すのはつまんないよ」
「それは」
爆撃のような拳が、さらにシトの顔面を打った。家屋の残骸に突っ込む。それでも死ぬことができない。
「……そ、それは……世界を滅ぼし、エネルギーを回収する、ただの義務だからだ……! 貴様らにとってのドライブリンカーは、世界消費の兵器! だからこそひたすらに効率性を追求した、直接的に世界を滅ぼすCメモリがある……! そうしてドライブリンカーを運用することで維持されてきたのが、貴様らの世界だ! 違うか!」
「なんなの……!」
さらに続けて打撃を叩き込む。叩き込み続ける。
――ただの中学生のはずだ。この世界においてはそもそも転生者ですらないはずの、未熟な精神の子供。
それが何故ここまで心折れずに、立ち上がり続けることができるのか。
何が彼を支える。そこまで利己を殺して、苦痛に耐える理由があるのか。
「俺は……もう、知っている。どの世界も同じだ。そのような掠奪を続けなければ……維持のできない世界もある……!」
「何……? お、おかしいわよ……あなた……!」
――――――――――――――――――――――――――――――
純岡シト IP10,000,000
オープンスロット:【超絶交渉】【なし】【なし】
シークレットスロット:【なし】
ベーススロット:【|基本設定】
保有スキル:〈交渉S+〉〈威圧の弁舌A〉〈洞察S〉〈挑発S+〉〈議論展開A-〉〈高速思考A〉
――――――――――――――――――――――――――――――
「……【世界解放】で起動可能なCメモリは、オープンスロットから二つが優先されると分かった。だが、ドライブリンカーには組み込み済みのCメモリが一つある。ならば、オープンスロットに一つだけを装填すれば……」
「いいから」
ヨグォノメースクュアの拳は、空気との摩擦で雷電すら生じた。とうに瓦礫と化した景色を焼き払う一撃ですら、純岡シトを殺すことができない。【酒池肉林】。Cメモリは、絶対の効果であるから。
「黙って」
心を折ることすらできない。あのデパートでの戦闘と同じだ。
このどうしようもなく無力な少年を、どうやって倒せばいいというのか。
(――別に。無視すればいい。ただ……)
「貴様らが語った搾取や蹂躙の権利は、貴様らの世界の欺瞞だろう……! いずれ自らが滅ぼす世界の素晴らしさなど、一体どのように楽しめばいい! 貴様らはそれを知っているはずだ! 貴様らの世界の【基本設定】に露悪を刻み込まれてすら……こうして異世界を滅ぼす所業に正義などないのだと、理解しているのだろう!」
「……ッ!」
無視すら許さない。
シトの発現は、ただの子供の、根拠を持たぬ憶測に過ぎない。だが【超絶交渉】は、交渉に関する判定を全て成功させる、絶対のCスキル。シトの保有スキルランクの全ては、レイの【無敵軍団】で強化されてすらいる。
「いいから。死んでよ。もうこの世界は終わりなんだから」
「この世界は終わりはしない」
「終わるの! 他のところは、全部滅んでる! 滅ぼしてるのよ! 無意味なことしないで、大人しく滅びなさいって言ってんのよ!」
再び蹴り、殴る。そうしなければ、彼女自身の激情が収まらない。
どれほどの精神力だろうが、きっと痛みに心が折れる。そうでなければならない。
「な、何も知らず……異世界転生を楽しむ……俺達が、羨ましいのか……」
「バカじゃないの!? 雑魚……雑魚ども!!」
「逃避でも、願望でもなく! 貴様らの理解の及ばない楽しみが……可能性が! この世に存在していることが、許せないか! 転生者!」
明らかに常軌を逸した、異世界転生という遊戯への憎悪。
まさしく異世界からの転生者が、この世界においてのドライブリンカーのあり方を否定するのだとすれば……その理由は、自らの行為に対する、覆い隠された忌避が存在するからだ。
少なくとも、ヨグォノメースクュアにとってはそうだった。
自分自身でも明確でなかった言葉を、彼女は叫んだ。
「異世界転生なんて最低に決まってるでしょう!」
――許せない。異世界転生など消えてなくなってしまえばいいのだと。
「私達だって! こんなことしたくないに決まってるでしょう! 滅ぼすばかりで、何もかも踏みにじって! 異世界転生をしなきゃ生き残れない世界なんて間違ってる! バカみたい……バカみたい!! こんなもので楽しむなんて、本当にバカみたい!!」
「ならば俺達は! その楽しみの分だけ、貴様らより上だッ!!」
――IP獲得言動だ。
転生した異世界で手に入れたものは、現実に持ち込むことはできない。
しかし蓄積した技術は、経験は、全て彼ら自身のものだ。
純岡シトは、絶大なる転生者を相手にイニシアチブを取っている……!
「この世界ごと」
ヨグォノメースクュアは【異界災厄】を発動する。
最大規模の隕石直撃。この日本列島ごと、純岡シトを深海の底へと沈めるまで。
あと数億発の拳を叩き込んでも飽き足らない。絶望をシトに見せつけるためだけに、月よりも巨大な隕石を直上に召喚している。
「消してやる……!」
〈純岡! 終わったぞ!〉
ドライブリンカーからの通信があった。大葉ルドウの声だ。
シトは、鍵を握る少年の名を呼んだ。
「……タツヤ!」
「異世界転生なんか、この世から……!」
隕石を落下させると同時に、ヨグォノメースクュアはシトへと殴りかかった。
自らが海に沈んでも構わない。彼女は無敵だ。
現地の転生者がどれだけ抵抗しようが、勝つ手段などない。倒す手段などない。
【異界肉体】は攻防ともに究極のCメモリ――
「――相手の座標を送れ!」
その瞬間、ヨグォノメースクュアの眼前からシトの姿が消えた。
代わりに現れたのは、遠く離れていたはずのニャルゾウィグジイィの姿であった。
「え」
【異界肉体】の全力の一撃が、同じ【異界肉体】に直撃した。
金髪の青年の肉体は微塵に砕け、それはその肉体からの反動を受けたヨグォノメースクュアの体も同じであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ったく……無茶させやがって。純岡の野郎」
――決着の地点より遠く離れた、ネオ国立異世界競技場。
ダークグリーンのジャケットを羽織った少年は、深く長い息をついた。
長い戦いが始まってから、彼は一歩もその場を動いていない。そのような余裕はなかった。
「確かに言ったよ。ちょっとした座標変更なら可能だって」
この世界の転生者が全力を尽くして稼いだ時間の中で、【無敵軍団】でブーストした大葉ルドウの思考を総動員して……ようやく解析を終えた、大逆転の一手。
偉業を見る者すらない心地よい静寂の中で、英雄は勝利の笑いを笑っていた。
「……マジでやらせるかよ、普通」
――――――――――――――――――――――――――――――
大葉ルドウ IP10,000,000
オープンスロット:【不正改竄】【超絶知識】【なし】
シークレットスロット:【なし】
保有スキル:〈法則解明SS+〉
次回、エピローグ。明日20時投稿予定です。




