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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
その後編(なろう版)
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11 「街で噂の美人さんたち」

 朝、目覚めると、

「…………」

 父さんの顔。

 ああ、なんてこと……。溜息を吐いて起きる。

 家に帰って来た私たちは、重大な事実に気づいた。

 ベッドが一つしかない!

 床でなんて眠れないよ、と父さんが言う。床でなんか寝かせられない、とガルディスが吠える。結果、私と父さんがベッドで寝て、ガルディスが一階のソファで寝ることが決まった。

 なんでよ! ガルディスとの甘い毎日は何処へ行った!

 当然新しいベッドを購入しようしたが、形が、硬さが、色がと父さんの注文がうるさすぎてまだ決まらない。

 本当に我が儘。父さんってこんなに我が儘男だったっけ?

 着替えて一階におりて、顔を洗って朝食の準備をする。ガルディスの剣の鍛錬が終わるまでに準備を終わらせなきゃ。

 並べる食器は三人分。料理も三人前……ではなくてもっと多いか。ガルディスは沢山食べるからね。

 朝食の準備を終えた頃に、ガルディスが家に入ってきて水を浴びてから台所に来る。

「おはようガルディス」

「おはようリズ」

 ここで漸く、束の間の甘い雰囲気を楽しむ。抱きつけば抱きしめ返してくれる。

「ねえ……」

 顔を上向け口づけを強請れば、

「おっはよう!」

 ……くそ親父が。

 一瞬で甘さは消え、ガルディスが私の体を離して父さんに朝の挨拶をする。私は寝巻のまま台所に入って来た父さんを睨み付ける。

「どうしたの、リズちゃん。朝から不機嫌な顔だね」

 理由なんて分かっているくせに、というか、いつもいつも絶妙な間合いで現れるのって絶対わざとだよね。夜這いをけしかけてくると思えばこうして邪魔もしてくる。本当に何を考えているの、この男は!

 父さんが食卓の上の朝食を見る。

「今日も美味しそうだね。さすがリズちゃん」

 そう言いながらトマトに手を出そうとした父さんをガルディスが制する。

「着替えて顔と手を洗ってきてからだ」

「はーい」

「よーくごしごしするんだぞ」

「はーい!」

 いいお返事をして父さんが着替えに行く。って親子か! いや、義理の親子になるんだけど逆でしょう、逆。まるでガルディスが親のようじゃない。この顔で面倒見が良すぎるんだよね、ガルディスって。

 じっと見上げれば、首を傾げられる。

「なんだ?」

「父さんに甘すぎ」

「ラディ殿はリズの父親なのだから、親切にして当然だろう?」

 頬を膨らませる私をガルディスが抱き寄せる。私は口づけを強請るように唇を突きだし……、

「ごしごししてきたよー!」

 ……だから、なんでこうも絶妙の間合いで邪魔してくるの!?

「では食事にしよう」

 ガルディスが私から離れて椅子に座る。私は料理を手づかみで食べようとしてまたガルディスに怒られている父さんを睨んだ。

 ……くっ。いつか追い出してやる。

 心の中で呟いてから食事をして、それから仕事に行くガルディスを見送る。

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、早く帰ってきてね」

 ガルディスが出勤したら、私は洗濯と掃除。父さんはベッドに寝転がって読書というのが最近の日課だ。

 二階の棚の右側に並ぶ本を読破するのが父さんの目標らしい。ガディとは趣味が合いそうだ、と目を輝かせていたけど、そういう本って朝っぱらから娘の前で堂々と読むものなの? まあ普通に棚に並べているガルディスもガルディスだけど。

「リズちゃんリズちゃん」

「なに?」

「拷問に興味はおあり?」

 二階の部屋を掃除している私に父さんが訊いてくる。何よその質問、物騒すぎるでしょう。

「おありではありません」

「痛めつけ方が載っているんだけど、試してもいい?」

「絶対に嫌!」

 そんなことしたら、警備隊に突き出すぞ!

 父さんがうふふと笑う。

「やだなあ、冗談だって」

 冗談に聞こえないよ……。

 私は父さんを睨む。

「あんまりふざけたことばかり言ったら、読書禁止にするよ」

「ええー! やだやだ!」

 手足をばたつかせるな、子供か!

「ねえ、ガディはこういうの好きなの?」

「さあ、知らない」

「特にこの本凄いよ」

 見せられた本の表紙には、拷問官試験過去問題集という題が書かれていた。いかがわしい本なのかどうか微妙だ。それより拷問官って……、試験を受けたことがあるのかな? あの顔で拷問官だったら相当怖いよね。

「リズちゃん掃除終わった?」

「まだ」

「じゃあお買い物行こうか」

 まだって言ってるでしょう!

 父さんが立ち上がって本を棚に戻すと、私の腕を掴んで歩き出す。

 ああ、今日はもう掃除は諦めるか。

 洗濯掃除が終わったら買い物。これも父さんが来てから続いている。

 籠を持って外に出る。門まで行けば、父さんが鼻を鳴らした。

「ガディ、また結界張ってる。なんで閉じ込めたがるかな」

 それは父さんが悪いのでは、という言葉を言う前に父さんが「えいや!」という掛け声ひとつで結界を破壊する。

 あーあ、また壊された。

「じゃあ行こうか」

 頑張って魔術を構築したであろうガルディスが気の毒になってくるよ。

「簡単に結界を解いちゃって……」

 思わず呟けば、父さんが振り向いて首を傾げる。

「簡単なわけがないだろう? この結界、もの凄く複雑な魔術を重ねて構築してあるんだから」

 ……ん?

「だって、今簡単に……」

 チッチッと父さんは指を振った。

「ガルディスが仕事に行ってから、父さんはずっと魔術式の解読をしてたんだけど、気づいてなかった?」

 はあ?

「解読? ベッドに寝転んで大人の本を読んでいたじゃない」

 違う、と父さんは首を振る。

「父さん、魔術はあんまり得意じゃないからね。本の中に解読の手掛かりとなるものがないか調べていたんだよ」

 ……拷問官試験過去問題集に何の手掛かりがあるのよ。それ本当なのか?

「ちなみに、父さんの魔力の大半が、この結界を解くのに持って行かれた。まあ回復は早いから問題ないけどね」

「…………」

 なんだかよく分からない世界だ。

 なんて思っていたら、父さんが私の顔を覗き込んでくる。

「リズちゃん、ちゃんと魔術のお勉強してる?」

 う……。

 私はぎこちなく頷いた。

「ぼちぼち。一応魔力を安定させる方法を教えてもらったけど……」

 それも役に立っているのかどうかよく分からない。

「まあ、お子様なリズちゃんにはまだ早いか」

 父さんが口元を手で押さえていやらしく笑う。

 ……覚えていなさいよ。魔術が上手く扱えるようになったら最初に血祭りに上げてやるんだからね。

「さあ、商店街に行こう」

 父さんが歩き出す。私も父さんに付いて歩き出した。

 マッパの街にやってきた父さんは、私を連れて色々な場所に行く。庶民が集まる商店街、高級店が立ち並ぶ大通り、昼間から飲んだくれることができる酒場、それから警備隊の詰所。

 それらの場所で、大勢の人に囲まれて笑顔を振りまき、時には甘い恋物語を歌ったりする。当然、私たちの存在は街でかなりの噂になっていた。そして父さんは、その騒ぎを鎮めるどころか逆に煽っているように見える。

 ガルディスの結界を破って街で騒ぎを起こして、いったい父さんは何を考えているのだろうか。

 首を傾げる私を見て、父さんが同じように首を傾げる。

「どうしたの、リズちゃん」

「父さんが何をしたいのかなって思って」

「ちやほやされて酒池肉林を目指しているけど、それが何か?」

 真顔で答えるな!

「母さん一筋じゃないの?」

「心と体って違うんだよね。心は永遠に彼女に捧げているよ」

 ……おい。

 父さんがくすくすと笑う。

「お昼ご飯は何にしようか? たまには魚介なんてどう? 夜は肉の煮込みで決まっているしね」

 肉の煮込みといつ決まった? お肉買わなくちゃいけないじゃない。

 買い物をして、喉が渇いたと駄々をこねる父さんに喫茶店に連れ込まれ、ケーキ屋でケーキをたくさん買って帰宅する。

「父さん、そんなにケーキ食べられるの?」

「みんなで食べるんだよ」

 それにしても多いでしょ。

 父さんが鼻歌を歌う。付いてきていた人々が少しずつ離れていき、やがていなくなった。

 大勢に囲まれて移動していても、家までは絶対に連れて行かない。それは守ってくれている。

「僕たちが注目されて騒ぎになるのが嫌ならば、ガディが警備体制なりきちんと対策を練ればいい。それをおろそかにして結界で閉じ込めようと躍起になっているなんて、笑っちゃうよね」

 家に着き、門のところに転がっている石を父さんが蹴る。

 いや、警備体制って……。父さんが騒ぎを起こさなければいいだけじゃない。

「高い魔石をがんがん使って勿体ない」

「魔石?」

「そこらへんにいっぱい落ちてるだろう? 今蹴った石もそう」

 あ、そうなんだ。結界を張るのに使っているのかな? 元々は綺麗な色をしている魔石だけど、力を使い果たした後は普通の石と変わらない。

「さあ、早く昼食を作らないと、ガディが帰ってきちゃうよ」

 作るのは私だけどね。

 踊るような軽い足取りで玄関まで歩いていく父さん。だけど急に、ぴたりと足を止めた。

「どうかした?」

 父さんがポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。

「しまった……。よさげな男を見つけたら刈ってあげようと思っていたのに、忘れてた……」

 父さんの手には、バリカンが握られている。

 ……そんなことばかりしてるから、ガルディスが結界を張るんでしょう?

 残念だと首を振りつつ家に入る父さん。溜息を吐きながら、私も家の中に入った。



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