<3-3>崩れ去る村
「……つまり、勇者様は、我々に、この村を捨てろ。そう仰るのですな?」
「あぁ。そういうことだ」
勇者国のトップとして、住民を増やす決断をした街からの帰り道。
王子達への宣戦布告と、周囲の村への情報開示を手配した俺達は、すこしだけ遠回りをする形で、帰路の途中にある小さな村へと立ち寄った。
40人近くが暮らすこの村は、林業が盛んで、周囲からはきこりの村や木彫りの村と呼ばれている、のどかな村であった。
そんな村を俺達が訪れた理由は、彼等に村からの避難を勧めるためである。
「数日もしないうちに、第2王子の軍がここを攻めてくる。
彼らはこの村に住む者を全員始末するつもりだ」
「…………」
勇者を崇めていた村を壊滅させた第2王子は、周辺の村を隈なく調べさせた。
そして、この村に目を付けた。
「討伐理由は勇者を崇め、氾濫を企てたため。
この村の若い衆が行っている行為を知った第2王子は、そう判断したようだ」
「……そうですか」
この村に住む1人の男は、勇者討伐隊に参加し、勇者を信仰するようになった。そして毎日のように友人達と勇者のすばらしさを語り合い、仲間を増やし、気が付けば、教団と言っても差し支えないような集団が出来上がっていた。
彼等は、仕事の傍ら造った勇者の像を持ち寄って自慢し合い、毎朝集まって勇者の像に祈りを捧げる。そんな集団だった。
誰がどう見ても、新手の宗教団体である。
「…………村の者が貴方様を勇者様だと崇めていることは存じています。
しかしながら、先代の国王様よりこの村を開く許可を頂戴して10年あまり、我々は、ずっとこの国にも守られてきました。
勇者様のすばらしさは存じておりますが、だからといって、その御言葉を盲目に信用するわけには参りません。
失礼だとは思いますが、信用できる証拠をお見せ頂きたく思います」
村長の反応は当然の物であった。
突然、見ず知らずの者が、自分は勇者だ、この村はヤバイから逃げろ、なんて言われたとしても、はいそうですか、なんていえるはずがない。
もし本物の勇者だったとしても、長年住み続けた家を捨てるなんて決断が、すぐに出来るわけが無い。
「……俺が勇者だということは、討伐に参加した者に話を聞けば良い。
しかし、この国の軍がここを攻めるという情報に対しての証拠は、残念ながらない。勇者特有の能力なんだ」
「……そうですか」
うん。自分で言うのもなんだけど、すっごい胡散臭いねー。
……けど、事実なんだもの。
今回の話し合いにおいて、最善の結果は、この村に住む人全員を俺達の国まで連れて行くこと。
しかし、村長の反応をうかがう限り、難しいようだ。
「……俺は俺の言葉を信じ、ついてくると言う者は俺の国へと連れて行こうと思う。
危険だと承知のうえで残る者、この村と運命を共にしたい者は無理に連れて行くつもりは無い」
保護できる者だけは保護する。それが次善の結果であった。
こうして話をしている間にも、敵はこの村に向けてその歩みを進めている。
第2王子の軍とはいっても、俺達に差し向けられた魔法部隊とは異なり、この村に向かっているのは騎兵だった。
もし逃げ遅れ、その視界に姿をとらえられでもしたら、徒歩であるこちらには逃げ切る手段などない。
故に、最善の結果を目指して、悠長に交渉を続けるような時間などないのだ。
「……わかりました。
村人全員に話をしてみましょう」
「よろしく頼む」
そして、交渉とも脅しとも言えない話し合いの結果、村長自身が各家々を回り、事態を説明してもらえることになった。
「勇者様が直々に助けに来てくれたのは嬉しいんだけどねぇ……」
「ここんさ放れて、畑さ、どうすんべ?」
勇者を信じたい気持ちもあるが、住み慣れた我が家を離れたくは無い。そんな雰囲気の者がほとんどであった。
「……行きます。
私の命、勇者様に捧げたく思います」
ただ、中には即座に俺についてくることを決めた者も居る。それは勇者討伐隊に参加した者とその家族であった。
軍の配給や自分達の扱いを身を持って感じ、大規模な修復魔法という派手なパフォーマンスを目の当たりにした彼等は、生まれ故郷への未練と未知の場所へ行く不安を完全に断ち切ったようだ。
こうして、俺達の前には、勇者国へ逃げる決断をした者が集まった
「……全体の4割と言ったところか」
「そうだね。ボクの予想よりも良い結果だね。
これはキミが必死に言葉を結果だと考えるよ」
「……そうだと良いんだがな」
最終的に俺達の呼びかけに応じてくれたのは、17人。
家族全員で来た者も居れば、祖父母を残してきた者も居る。
平均年齢は30前半と言ったところで、年老いた者の方が故郷への愛着が強かったのか、比較的若い者が集まった。
「……残りは諦めるしかないんだよな?」
「そうだね。そういう結果になるよ。
ボク達に彼等を引っ張っていく権限は無いからね」
「…………そうなんだがな」
村にはまだ20人を超える人数が残っている。
カラスの目を通して確認した限り、この村に敵が迫っていることは確かであり、残った人々は命を落とす可能性が限りなく高いのだ。
唯一の望みは、勇者を崇めていたものが村に残っておらず、崇拝の証拠品らしきものをすべて俺達が持っていくことであり、その結果を鑑みた第2王子の軍が敵対勢力は去った後だと判断してくれることだろう。
しかしながら、第2王子から下された命令を盗み見る限り、彼等の仕事は村の破壊であり、処罰の判断では無い。有罪、無罪を判断する段階は、すでに通り越しているのだ。
ゆえに彼らは、弁明の余地も無く、即座に切り捨てられる可能性が1番高い。
そうだとわかっては居ても、俺達にはどうすることも出来なかった。
「あまり気にないことだよ。
それに、村に残ってくれる人が居るならば、その分だけボク達が逃げる時間を稼げる。
彼等は殿を担ってくれたんだ。そう思うべきだと進言させて貰うよ」
「…………あぁ」
サラが言うことは全面的に正しかった。
もし村がもぬけの殻であれば、軍は即座に俺達の行方を追ってくるだろう。そのため、何人かは村に残って軍の足止めをしていてくれたほうが、俺達の危険度は減るのである。
今、自分が出来ること。そして、勇者国のリーダーとして選択すべき手段。
そのどちらもが非情な選択肢を示していた。
「…………そうだな」
どこかポッカりと空いてしまったかのような感情を胸に仕舞い込み、無理やり気合を入れた俺は、集まった人々を見渡した。
「……みな、俺の呼びかけに応じ、よく集まってくれた。
早速だが、君達を取りまとめる者を決めたい。誰か、相応しいと思う者はいるか?」
全員が1人の青年に視線が向くと、その視線に押されるかのように、俺の前へと進み出た。
「若輩者ながら、現村長の息子である私が、父より取り纏めを任されております」
歳は20代の前半と言ったところだろうか。辺りを見渡しても、先ほどまで話しをしていた村長が居ないところを見るに、彼は村に残る選択し、息子だけをこちらに送ったのだろう。
「…………そうか。
名前は?」
「エイデンと申します」
「わかった。エイデンにまとめ役を任せよう。
ただし、勇者国ではその血筋ではなく、実力で立場を決める。
エイデンより相応しい者が他に居るとわかれば、その立場を入れ替えるので、そのつもりで励んでくれ」
「……畏まりました。肝に銘じておきます」
驚きの表情と共に脅えた表情を見せたエイデンに対し、少しばかりの罪悪感を覚えるが、初めのケジメは大事なのだと自分に言い聞かせる。
「それではエイデン。
この中に天気を見れる者は居るか?」
「天気、ですか? ……あぁ、旅足でしたら大丈夫です。
ここ数日は晴天に恵まれると、雨読みの老婆より聞いております」
勇者様の御加護ですねと、エイデンは人懐っこい笑顔を見せた。
「そうか、それは良かった。
それでは、全員に指示を出し、隊列を組んでくれ」
「イエッサー」
その身に危険が及ぶ者を救い出すことも出来なかった俺は、彼等を死地に残したまま、重い足取りでその場を後にした。
12月に入り、リアルがより忙しくなってきました。
そのため、1度更新を中断し、次回の更新は年が明けてから、とさせて頂きます。
無能な作者で申し訳ありませんが、来年もお付き合い頂けますよう、宜しくお願い申し上げます。




