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<2-37>近くの街で 4

「……ふぅ、終わったよ。

 これでハルキの希望通り、この箱はキミ以外あけられなくなった。これで満足かい?」


「あ、はい。お手数をおかけしました。誠にありがとうございます」


「いや、構わないよ。キミが珍しく言った我侭だからね。

 まぁ、その内容が家畜の餌の購入と箱に鍵をつけて欲しいだとは思わなかったけどね」


「あはははー」


 念願のお米様を入手した俺は、早急に宿へと戻り、サラに頼んで、お米様の箱に魔法のカギをつけてもらった。

 

 本当なら今すぐにでも炊いて食べたいのだが、ミリアが居ないので、精米機もお釜も作り出すことが出来ない。

 仕方が無いので、サラにカギを買ってきてもらい、厳重に封をして宿においておくことにした。


 サラやクロエは、たかが餌にカギなんて、とぼやいていたが、守りをおろそかにして万が一盗まれでもしたら、悔やんでも悔やみきれない。


「おにーちゃーん。餌はもういいから、ご飯行こうよー」


「…………あぁ、わかった」


 偉大なるお米様を餌呼ばわりする彼女達に多少イラっとするものの、場所が違えば文化も違う、仕方の無いことだ。むしろ、俺がみんなにお米様のすばらしさを布教すればいいと自分に言い聞かせる。


 ……仕方ない? いや、そんなことは無いよな? ……よし、決めた!! ゆくゆくは、お米様を最高神とする宗教を設立し、勇者王国の国教に指定しよう。

 お米様のためならば、勇者の立場を全面的に使用することも辞さない!!


 ん? ふと思ったんだが、米があるなら、他にも色々あるんじゃないか?


「…………あー、サラ。味噌や醤油が売ってる場所を知らないか?」


「ん? 味噌と醤油かい?

 たしか、どこかの農村がその2つを生産していると記憶しているが、国内に出回るものでは無いからね。入手するのは難しいと思うよ」


 おぉ!! 味噌と醤油もこの世界に存在するらしい。

 たとえ入手困難だろうと、あるならば何とかなる!!

 

「梅干は?」


「うめ、ぼし? 悪いがそれは聞いたことが無いね」


 ……あー、梅干はないのかー。

 白いご飯にお味噌汁、出し巻き卵、梅干という最高の朝飯が作れると思ったんだが、そうかー、梅干はないかー。


「だったら、の――」


「お兄ちゃん!!」


「あぁ、悪い悪い」


 おぉう、クロエ様が頬をプクーっとさせてお怒りを表現してらっしゃる。


 まぁ、醤油と味噌汁が存在するとわかっただけでも大収穫だな。これ以上俺の我侭に付き合わせるのはどうかと思うし。


「いや、悪いな。

 クロエは何が食べたいんだ?」


「んー? えっとね。全部!!」


「……あ、はい」


 逸れちゃだめだよお兄ちゃん、と言って、クロエが俺の手を引っ張り宿を脱出する。

 そして1番近くに店を開いていた串焼き屋に突撃した。


「おじちゃん、オススメを3本頂戴」


「あいよ、毎度有り」


 なんとも手馴れた注文だ。

 

「んー、おいしーー。

 ハイ、お兄ちゃんとサラお姉ちゃんの分」


 どうやら1人1本ずつらしい。

 受け取った串焼きを頬張ると、口いっぱいに柑橘系の香りが広がる。身の方も淡白で、さっぱりとした味わいだった。


「うまいな。いい香りがする」


「でしょー。ライムスネークは美味しいからね、塩だけで十分なんだよ」


 酢橘の果汁でもかけられているのかと思いきや、肉その物が柑橘系の香りがするらしい。

 まぁ、日本でもみかんの香りがする魚なんて売ってから、ありえなくも無いか。

 

 ってか、ちょっとまて、ライム、スネーク? ……うん、深く考えるのはやめておこう。

 美味しかったし、美味しそうに食べるクロエも可愛かった、それがすべてだな。うん。


「ほーら、次いくよー。

 早くしないと全部回れないんだよ」


「……クロエ、全部って、マジなのか?」


「ん? うん」


 あたりまえじゃない、と言った雰囲気でクロエがその大きな胸を張る。


「……お手柔らかにお願いします」


 一応頼んではみたが、クロエにもそれなりのお金を渡してあるし、恐らく本気なんだと思う。




「あーん。んぅーーーーー、おいしーー。

 美味しいよお兄ちゃん。サラお姉ちゃんも本当にいらないの?」  


「あ、あぁ。俺達はもう十分だ」


「うん、そうだね。ボク達の事は気にせず、思う存分、楽しんだらいいよ」


「んー、わかった。それじゃ次行くよー」


 食い倒れツアー開始から1時間ほど。


 串焼きや焼き魚、ソーセージやパンなど、クロエは片っ端から突撃し、オススメの一品を購入し、平らげていた。

 中には、麺類や定食など、1つ食べるだけでお腹一杯になりそうなものをススメられる事があったが、クロエは平然とした顔で注文し、ものの数分で完食する。


「……なぁ、サラ。

 クロエの奴、食べたものは何処に収納してるんだと思う? 魔法か?」


「…………いや、そのような魔法は聞いたことが無いね。それにクロエの魔法はダンジョン関連なはずだよ。

 うーん、ボクとしては、あの大きな胸が収納場所として怪しいと思うんだが、どうだろうか?」

 

 そんなことを言うサラの目に冗談の色は浮かんでいない。どうやら、本気で言っているようだ。


「いや、俺は全身が胃袋だと見たね」


 そして俺も本気の答えを返す。


 すでにお腹一杯の俺達に対して、クロエは今現在も幸せそうな顔で、口の中に干しぶどう入りのパンを突っ込んでいる。

 可愛いからいいのだが、ここまで来ると本当に魔法を使っているのでは無いかと思うほどだ。


「おにーちゃーん、ここお願いねー」


「あー、はいはい」


 出来上がりまでに時間がかかる店は、出来上がりを待つ係り、クロエを見守る係り、次の店でオススメを食べる係りと分担することが暗黙の了解となっていた。


 そして1人残された俺に、見せの店主が声を掛けてきた。


「お兄ちゃんは大変だねー」


「ははは、まぁ、可愛い妹のためなら、頑張れますよ」


 どうやらここは麺類のお店らしく、気前の良さそうなおっちゃんが大きな鍋で麺を湯がいている。


「ところで、おじさんは醤油や味噌を売ってる場所ってしってますか?」

 

 料理が出来上がるまで、ただ黙って待っているわけではない。

 今回の食い倒れツアー組みの目的は情報収集だ。待ち時間を利用して、色々な情報を集める必要がある。


 それにあれだ。その情報収集がたまたま日本食系に偏っていても仕方の無いことなんだ。

 俺はこの世界に疎いし、共通の話題なんて無いからな。うん。


「味噌と醤油? お客さんは珍しい物を知ってるねー。料理人ですかい?」


「いえいえ、たまたま小耳に挟みましてね。どのようなものかと……」


 知ってるんですか? と訪ねると、店主が嬉しそうに頷いた。


「味噌と醤油なら、ここから2週間ほどの場所にある、シューメルという小さな村で作ってますよ。

 ただ、どうやら香りがキツイらしく、先々代の王が流通を禁止しましてね。その存在をしっているのは、現地住民と私らのような物好きだけでしょうな」


 国中も物を食べるのが子供の頃からの夢でね、と笑いながら店主が鍋の中をかき混ぜる。


 きったーーー!! 有力情報!!! シューメルな!!

 味噌と醤油はシュメールな!! ひゃっはーーー!!


「そうそう、小さな村といえば、マルクの村が御取り潰しになったって話は聞きました?」


「……御取り潰しですか?」


「えぇ、なんでも王子様と敵対したって話ですよ――っと、お待たせしました」


 そういって出された石の器の中では、ぐつぐつと煮えたぎる真っ赤なスープの中に、黄色い麺が浸っていた。

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