<2-36>近くの街で 3
「わたし達は門で荷物を引き取ってきますね。
それと、飛び入りの商人は町の南西、ちょうどわたし達の宿近くのはずですから、時間があれば見にきてくれると嬉しいです」
「宿周辺か、わかった。買い物が1段落したら探して見るよ。
アリスのこと、よろしく頼むな」
「ちょっと、頼むってなによ。
アリスが中心になって、すぐに売り切れにしてやるんだから、そこのところ間違えないでよね」
「ふふふ。それでは行ってきますね」
俺の男気で無事に米の購入が決まり、アリス達は商売の準備へと向かうことになった。
アリス本人は自分がメインだと言い張ってはいるが、逸れないようにミリアに手をひかれ門へと向かうその姿は、誰がどう見ても、お姉ちゃんのお手伝いをする妹って感じだ。
まぁ、可愛いからいいんだけどな。
「うっし、俺達も行くぞ。
サラ様、よろしくお願い申し上げます」
「あ、あぁ、米なら任せておくといい。これだけの街なら、何軒かあるだろうからね。
しかし、キミは米の事になると目の色が変わるね。新しい発見だよ」
いやだってお米様ですよ? 久しぶりのご飯様ですよ?
これが嬉しがらずに済ませることが出来る日本人が居ますか? どう考えてもいないでしょ!!
「クロエ様、アリス様、行きましょう」
「了解したよ」
「うん、行こう、お兄ちゃん」
そして、相変わらず食べ物に目移りするクロエの手を握り、キョロキョロとあたりを見回すサラの後についていく。
どうやら、米屋を探しているようだ。
そんなサラの視線が一軒のお店に向けられ、彼女はそこで立ち止まった。
「お、あったあった。ボクの記憶が正しければ、ここに売っているはずだよ」
そういってサラが指し示したお店には、筆や硯、チョークなどが置かれていた。どう見ても文具店にしか見えない。
「…………サラ。今の俺に冗談を言うのは危険だぞ」
もちろん、そんな店を紹介してもらっても困る。おれが欲しいのは習字セットではなく、お米様なのだ。
だが、苛立つ俺をなだめるかのようにサラは肩をすくませる。
「いや、そのような目でボクを見ないでくれるかい?
何を怒っているのかわからないが、キミが希望する米はここに売っていると記憶しているよ」
「……は?」
サラは何を言っているのだろう? 米が文房屋に?
……もしかするとここの店主がものすごく変わった人とか、そういうことか?
けど、サラは王都から出たことが無かった生粋のお姫様のはずだし、ここの店を前もって知ってたって雰囲気でもなかったよな?
……まぁ、店の中に入ってみればわかるか。
「いらっしゃい。どこのお家の女中様ですか?」
サラに引き連れられて店内に足を伸ばすと、恰幅の良い女性が出迎えてくれた。
外から見たときの印象通り、中は高級感漂う文具店って感じだ。
店内の様子に戸惑う俺を庇うかのように、サラがすっと前に出る。
「……あぁ、いや、お忍びでこの街に来たのだが、ボクの主が米を欲しがってね。
予約を入れて無いのだが、譲ってはくれないかい?」
「あらまぁ、御本人様自らおいでくださったのですか?」
少々お待ちくださいね、と言って、店主だと思わしき女性は見せの奥へと消えていった。
「……サラ、女中とか主とかどういうやり取りだったんだ? まったく意味がわからなかったんだが……」
「ん? あぁ、見てわかる通り、ここは文具店だからね。
ボク達を商品を取りにきた使用人だと思ったんだろう」
サラ曰く、どうやらインクや紙は高価な物らしい。なんでも、主流の紙は動物の毛皮を使った物らしく、高級な物になれば魔玉から作り出したものになるらしい。
そして、用途に関しては魔方陣を描くのが基本らしく、魔法が使えない平民には生涯縁のないものらしい。
まぁ、異世界の紙が高級のはテンプレだし別に問題は無いのだが、余計に米との繋がりが見えてこない。
魔方陣、文具、米、……うん、おかしいよね?
「……サラが魔法の研究関連で文具に詳しいのはわかったが、どうしてそこに米が関係してくる?」
「ん? 米といえば文具だと記憶していたのだが、もしかするとキミが思っている米とボクが違うのかもしれないね」
「なっ!! マジかよ。ここまで期待させといて米違いでしたとか、それは無いだろ」
「いや、ここまで話が食い違うことを考えれば可能性はあると思うんだ。おっと、どうやら店主が戻ってきたようだね」
はいはい、お待たせしました、と俺達の前に戻ってきた店主の手にはティッシュ箱くらいの木箱が握られている。
どうやらあの中に米が入っているようだ。
見せて貰っても良いか、と聞くと、すぐに許可が下り、店主の手によってゆっくりと蓋が開く。
ときめきと不安を抱えながら、恐る恐るその中を覗きこむと、そこには5ミリほどの見慣れたものが入ったいた。
小金色した小さな実は、稲穂から外されてすぐのようで、その姿を見ているだけで元気が湧いてくるかのようだ。
日本人の幸せの象徴、玄米様がそこに居られた。
「ぉぉぉおおおーー。すばらしいな」
腹のそこから湧き上がってくる幸せに、思わず奇声を上げてしまった。
そんな俺の様子に驚いたように、店主が目を白黒させる。
そんな雰囲気に、わざとらしくおほんと咳払いをし、気持ちを落ち着かせてから、店主に話を切り出す。
「店主、これを精米したものはあるか?」
「……あ、お褒めに預かり光栄にございます。
事前に予約頂ければ精米後の物も準備できますが、なにぶん突然の事でしたので、現在お出しできるのはこちらのみです」
おぉう、どうやら玄米しか無いらしい。
まぁ、無いなら自分で精米すればいいだけだしな。
たしか石臼とか使えばいいんだっけか? ミリアに頼んだらそれらしいものを魔玉から造ってくれるだようし、問題ないな。
「店主、この店にはどれだけの在庫がある?」
30キロは欲しい。
この国の米袋がどのような形になってるのかはわからないが、1人10キロならもてるだろう。
「米の在庫でございますか?
もし訳ありませんが、いまお出ししたものがすべてでございます」
「なっ!!……そうか、わかった。
ならば、それを全部頂こう、いくらだ?」
どうやらこの店にある米は1キロにも満たないらしい。
それでどうやって商売するんだよ、と思ったが、よくよく考えればここは文房具屋だ。メインの商品でない米は、在庫が少ないときもあるだろう。
足りない分は別で買うとして、とりあえずは目の前にあるお米様はすぐに確保したい。
そう思ったのだが、俺の言葉に、店主だけでなく、サラやクロエも不思議そうな目をこちらに向けてきた。
「……こちらすべてですと、銅貨10枚になります。
誠に失礼ではございますが、これだけの量でどのような魔方陣を御作りになる御予定ですか?
さすがに、これだけの量を販売しますと、街長への届出が必要になりますので、出来ればお答え頂ければと……」
目線を下げ、店主が本当に申し訳なさそうな表情浮かべる。
どうやら、俺が大規模な魔法を行使しようとしていると思われたようだ。
「ん? あ、いや。魔方陣は作らないよ。
普通に炊いて食べようかと思っただけだ」
米を食べる。ただ、それだけの事を言っただけで、周囲がさらに困惑の表情を浮かべる。
そして、なぜか悲しそうな表情も混じっているように見える。
「……お兄ちゃん。いくらお腹が空いたからって、糊の原料を食べちゃダメだよ」
「なっ!!」
なんと、あの食いしん坊のクロエまでもが、信じられないものを見るような目で俺を見つめてきた。
「……大変申し上げ難いのですが、お米を食べるのは牛や馬などでございます。
一応こちらは糊用でも最高級の物で、餌用の物とは多少違いますが、御貴族様が口にされるものでは……」
……おぉう。なんということだろう。文房具屋に連れて行かれた時点、いや、食いしん坊のクロエが購入に否定的だった時点で不思議な気はしていたのだが、どうやらこの国での米の扱いは糊の原料、もしくは家畜のえさらしい。
ドッグフードやキャットフードって美味しいよね。俺めっちゃ食いたいんだー!! って言ってたらしい。そりゃ、必死に止めるよな……。
だがしかし!! 俺がそんなことでお米様を諦めると思っているのか!?
家畜の餌だろうがなんだろうが、お米様はお米様だ!! 間違っているのはこの国だ!!
よろしい、ならば戦争だ!!
「店主、お話があります」
お米のためなら徹底的に抗うと決めた俺は、店主に渾身の攻撃を加えるために、一度そこで言葉をきる。
そして、流れるよう土下座の体勢に移行した。
「……全部譲ってくださいお願いします」
うん、石の床って冷たいんだね。風邪引いたときに頭に貼り付ける物のようで心地良いね。額がひんやりするよ。
「ちょ、御貴族様。わかりましたから、こちらの米はすべて差し上げますので、地面に這い蹲らないでくださいませ」
どうやら俺の攻撃はクリティカルヒットしたらしい。
ふははは、お米様を前にした俺を止められる奴など居ないのだ。
「誠にありがとうございます。俺は今、すごくしあわせです」
その後、サラとクロエの冷ややかな目に晒されながら、お金を払い、お米様を手に入れた。
「……また来てくだいね」
俺たちが店から出るまで笑顔を絶やさなかった店主は、きっとすばらしい商人なんだと思う。




