<2-35>近くの街で 2
「うっし。予定通り明日まで自由行動だ。解散」
「「「イエッサー」」」
ノアに案内された宿は、可も無く不可も無くといった感じの宿だった。
ビジネスホテル程度の大きさの部屋に布団がひいてあり、1泊朝食付きで銅貨1枚。値段も設備もこの辺の平均くらいだそうだ。
まぁぶっちゃけ、宿なんて安全に眠れる場所ならばどこでも良いと思うので、ノアに勧めてもらった宿で宿泊を決め、各自が自分の部屋に荷物を置く。
その後、再び集まったリアム達に1日の休暇を与えると、全員がうきうきしながら街へと繰り出していった。
いくら自由にさせていたとはいえ、ダンジョンの中から出られない生活はストレスが溜まっただろう。久しぶりの街で発散して、楽しい思い出を作ってきたら良いと思う。
建国宣言のときに密売した魔石の利益を渡してあるので、お金に困るなんてことは無いだろうし。
「お兄ちゃん。何食べに行く? どこから行く?
私、王都以外で食べ物屋さん行くの初めてだからいろんなところに行ってみたな」
食べ歩きツアーだよ!! といった感じで、きらきらと目を輝かせたクロエが腕に引っ付いてくる。
語尾に音符やハートマークが付き添うな雰囲気だ。
街に入っていきなり串を3本も食べたはずなのに、それは無かったことになっているらしい。もしかすると、彼女の胃の中ではすでに肉が消化され、無くなっているのかもしれない。
普通の人ならありえないが、食いしん坊のクロエなら、ん? あ、そうなんだ、で済ませれる自身がある。
実際、彼女の小さな体には入りきらないような量の飯を食べている現場を目撃したこともあるので、絶対に無いとは言い切れないのがさらに怖い。
……まぁ、魔法がある世界だ、そのくらいのことが起きてもおかしく無い、……ような気がする。……けど、まぁ、幸せそうに食べるクロエは、非常に可愛いので、究明しなくても問題は無いだろう。うん。
それよりも今は彼女から出された食い倒れツアーについてだ。
「まてまて、先に販売の準備だ。
販売場所を決めて門で預かってもらってる販売物を運び込まなきゃいけないだろ?
食べ歩きはそのあとな」
「えーーーーーー」
うきうきしているクロエには悪いが、今回の外出は防衛資金の調達も目的のひとつなのだ。早々に販売を始めて売れ行きを確認しなければならない。
「うぅーー。お兄ちゃんがいじめる」
「いや、いじめるもなにも……」
「いい香りがしてるのに、お兄ちゃんの意地悪」
「…………」
確かにクロエが言う通り、一歩道に出ただけでも、屋台から昇る煙が見え、飯屋だと思われる店舗からは香ばしい香りが届いてくる。
その香りの中には、焼き魚に似たものやおでんに似た香りも混じっているため、クロエの意識がそちらに向く気持ちもわかる。
それにお米を探したい俺にしても、今回ばかりは食いしん坊に味方してやりたい気持ちもある。
そんな気持ちで決意が揺らいでいると、ミリアが優しく微笑んだ。
「それだったら、わたしとノアちゃんでお店をやって、ハルくんとクロちゃんはお店巡りをして情報収集してくればいいんじゃないかしら」
わぉ!! おでんとお米が近づいた!!
「……いいのか?」
「ふふふ、お姉ちゃんに任せてくれていいわよ。
ノアちゃんもそれでいいわよね?」
「うん、大丈夫だよ。
……あー、けど、2人でってのは大変じゃないかな?
6人居るんだから、半分ずつで分けない?」
姉妹2人だけで商売する機会は何度かあったらしいが、今回は扱う量が結構多いため、補助してくれる人が必要かも知れないとのこと。
うーん、俺の米、じゃなかった、俺たちの店巡りの目的に情報収集も含めるとしたら、知識が豊富なサラをこっちに引き入れといたほうがいいかな。どんな情報が彼女の研究に役立つかわからないし。
「……わかった。そしたら、アリスに販売を頼んでもいいか?」
「ふぇ? アリスが販売するの? なんで?」
まさか自分が頼まれるなんて思っていなかったのだろう。驚いた表情を見せた彼女は、不安そうな目をこちらに向ける。
ぶっちゃけ、王族であるアリスがまともな接客など出来るとは思わないが、残る人材は彼女だけなのだから仕方が無い。
本当ならば、クロエを販売に回したいが、彼女がそれを良しとするはずもないしな。
「初めての事で不安かも知れないが、アリスは見た目がいいから、笑って居れば大丈夫だ。アリスならできるよ」
「……見た目がいい」
そんな言葉を小さく呟いたアリスは、頬を赤く染めると、俯きぎみだった顔をすっと上げ、綺麗な笑顔を咲かせる。
「ふ、ふん、だれも不安になんてなっていないわよ。
販売くらい余裕なんだから。アリスに任せておきなさいよね」
「……あぁ、よろしくな」
どうやら快く引き受けてくれるらしい。
うん、なんてチョロイ子なんでしょう。お父さんはアリスの将来が心配だわ。
……とりあえず、アリスに値段交渉とかは無理だな。けどまぁ、生まれたときからずっと商人の2人が居るんだ。酷いことにはならないだろう。
「そういう訳で、サラは俺達と一緒にこめ、じゃなかった、有益な情報を探してもらうから一緒に来てくれるか?」
「了解したよ。
それよりも、ハルキは米が欲しいのかい?」
おぉう、どうしてばれた?
「い、いや、べつに、ほしいってわけじゃないけど、これだけ大きな街なら……。
ん? サラ。米のありかをしってるのか!?」
「あぁ、米が欲しいなら売っている店に心当たりがあるよ。
案内したほうがいいかい?」
おぉーーー!!! 米!! おこめ!! おこめーーーーー!!
「べ、べつに、どうしても、ってわけじゃないんだが。そうだな。うん。
案内してくれるというなら、いってやってもいいぞ。うん」
「ん? 行くのかい? 行かないのかい?」
「……行きます。つれていってください。お願いします」
「ふふ、了解したよ」
っしゃーーーーー!! お米様が食べられる。お米様、お米様ーーーーーー。ひゃっはーーーーーーー。
両手を天に掲げ、嬉しさを全身で表現すると共に、俺はお米の神様に心からの祈りを捧げる。周囲に居る彼女たちには異様な光景に見えるかも知れないが気にしない。
久しぶりにお米が食べられるのだ。この感情は誰にも止められることなど出来ない。
……そんなふうに思っていたのだが、俺の様子に怯むことなく、クロエが反対の声をあげる。
「えーーーー、おなかすいたー。ご飯食べたい。
お米は後からにしようよー」
クェーーーー、どうやらクロエは俺の行く手を邪魔するつもりらしい。
フハハハ、甘いなクロエ。食いしん坊の力はその程度か。
お米様の加護を獲た俺を止められると思うなよ!!!
そんな思いと共に、正座の体勢になり、手のひらと頭を地面に擦りつける。
日本人の必殺技、土下座だ!!
「クロエ様。お米様を購入させてください、お願いします」
「え? へ? え? お兄ちゃん、どうしたの? クロエ様って。え?」
「クロエ姫。私の願いを聞き届けください」
「ひ、姫?」
「クロエ神――」
「お兄ちゃんの気持ちはわかったから、買いに行こう。
お願いだから、道の真ん中で姫とか神とかいわないでよ」
……ふ、勝ったな。




