<2-24>侵入者11
「それは最終決定だと思っていいのかな?」
「あぁ、そう考えてくれていいよ。
和解交渉には応じない」
「…………」
提案を断られたリーダーは、驚いたように目を見開いた後、不思議そうな表情を浮かべた。
どうやら、断られることは無いと思っていたようだ。
「……仲間の安全を最優先だと聞いたのだが、違ったのかな?
断る理由を伺っても?」
「貴方達の任務は、俺達の情報収集。
つまり、すでに目的は達成してるわけだ。そうだろ?」
「何を言っているのかわからないな。
俺達は見ての通り冒険者だ。任務なんて――」
「第2魔法部隊所属の3番隊。命じたのは第2王子だったよな?」
ポーカーフェイスでシレっと返答する相手の言葉を遮り、カラスから獲た情報を挟む。
「…………」
(どうして俺達の情報が知れれている?
敵の中に、そのような魔法を使える者が居るのか?)
相変わらずのポーカーフェイスではあるものの、次に続く言葉がない。
「沈黙は肯定だと受け取らせてもらうよ。
貴方達が情報を持ち帰ると、将来的に、仲間に危険が及ぶ。そのための斥候だしな。
今と未来、どちらがより危険かを考えた結果、断ることにした。
他に聞きたいことはあるか?」
「…………」
どうやら次なる提案は無いようだ。
一応の答えを貰おうかと思い、相手のリーダーに言葉を催促しようかと思った矢先、遠くで見守っていたノアから、声が飛んできた。
「兄様、兄様。
再開していいの? 殺っちゃっていいの?」
どうやら、痺れを切らしたらしい。
ノアは、まるでケーキを食べるのを待っているかのように、きらきらとした目をこちらに向けている。
あのー、なんか今日のノア様、怖いんですけど。……ヤンデレ様ですか?
「……あ、はい。交渉は決裂したので、再開していいと思います。どうぞ」
本当に待ちきれなかったらしい。
一応、最後まで言い切って見たが、ノアは、あ、はい、くらいまで言った時点で、敵に向けてすごいスピードで突っ込んでいった。
「ありがとー、兄様ー。
んふふー、楽しい楽しい、流血の時間だよー」
そして、待ってましたとばかりに、背筋の凍るような発言と共に短剣で斬り付ける。
その短剣が、敵の剣と重なり合い、キィィーンという独特な金属音が部屋の中に響き渡ると、まるでその音が合図になったかのように、静まりかえっていた部屋の中は、人々が激しく動きまわる音で埋め尽くされた。
「まっかか、まっかかー、おじさんの血は、まっかっかー」
「……そ、そうだね。赤いね。間違いなく赤いから、確認しなくてもいいんじゃないかな?」
「えー、やだよー。見たいもん。兄様にも見てもらうんだー」
「…………」
……うん、気にしない、気にしない。
可愛いからええねん、それでええねん。
……いやまて、冷静に考えると、むしろギャップ萌えで逆に有りなんじゃないか? 御褒美なんじゃないか?
…………もしかすると、俺、そっち系もいけるかもしれん。
は!? まさか、勇者として新しい性癖に目覚めたか!?
「現状を打開する」
「っ!!」
そんなどうでも良い事に気を取られていると、敵のリーダー出す不穏な指示をカラスの耳が拾った。
「2人でありったけの魔力をつぎ込んで、でっかい魔法を発動してくれ。内容は任せるが出来るだけ派手なやつを頼む。
狙いはあそこに居る偽勇者だ」
(俺はその魔法に乗じて、敵の懐に飛び込み、姫のどちらかを人質に取るとしよう。
そちらの流儀だ。悪く思うなよ)
どうやら強力な魔法で一気に仕留める方針を決めたようだ。
散開して遠距離から攻撃することにより、敵に攻撃の的を絞らせない作戦だったのだが、どうやら俺1人にターゲットを絞ったようだ。
……ん? もしかすると、さっきの交渉は、勇者の場所を特定するための作戦だったのか? ッチ、迂闊だった。
「……了解。
兄貴、いつもの様に誘導は任せる。俺の魔力をフルでつぎ込むからよろしく」
「あぁ、任せろ」
炎の魔物は、どうやら兄弟らしい。
「掛巻も畏き司炎神の、我が魔力を横山之如く積足して……」
弟の方が祝詞のような詠唱を始めたかと思うと、上空に炎の玉が出現した。
初めは手のひらほどだっと思われたその玉は、祝詞が進むにしたがってドンドンと大きく成長していく。
そして、その大きさが人の体よりも大きくなった時点で、兄の方も弟に合わせるように詠唱を開始した。
その様子を見て、俺達の陣営が、その魔法を止めようと動き出す。
「シュ、シュ、シュ、……」
「おじさん、ちょっと急用が出来たから、そこを退いてくれない?」
「悪いがそいつは無理だよ。もうすこし、大人しくしててくれ」
しかし、焦ったからと言って、すぐに敵を倒せるはずもなく。前の2人が切り込むことは叶わない。
「来なさい、ロックスロウ、ロックスロウ、ロックすりょ。
あん、もぉ、どぉすればいいのよ」
俺の撃つ弾は見えない壁によって阻まれ、アリスの方も、人を狙って撃った攻撃は透明な壁に、火の玉を狙って撃った攻撃は、目的に当たるものの、後ろにすり抜けるだけで、効果があるようには見えない。
「ゆえに我、希う。神敵を葬る力を与え賜えと希う。
……出来たぜ。やってくれ、兄貴」
そして、誰も止めることが出来ないまま、敵の魔法が完成し、大型バスでも一飲みに出来そうなサイズの玉が動き出した。
「どうしよう、あんな大きなの受け止めらんない。
ドームで覆っても蒸し焼きになるだけだし。
やだ、ダーリンが死んじゃう。やめて、ダーリンが、ダーリンが……」
どうやら、アリスの土魔法では止められないらしい。
2匹が強力して作った魔法なのだ。1人で止められなくても仕方が無い。
兄弟の会話にあったように、兄の方が俺の方に誘導しているらしい。つまり、どこに逃げても追いかけてくるのだろう。
それに、すこしだけ想像してほしい。崩壊したビルが自分目掛けて降ってくる状況を。
どう考えても避けれる状況ではない。
「アリスじゃ無理なの、お願い、誰かダーリンを……」
何とか抵抗しようとしていたアリスだったが、そんな言葉と共に、その場に座り込んでしまった。
アリスが弱気な発言するなんて、周囲に誰も居ないからって気を抜いたのかな。
残念ながら、カラスは何処にでもいますよ。
弟の魔物は、今の魔法で疲れ果てて座り込んでるし、次は無いだろう。
つまり、犠牲は俺だけで済むな。
……みんな、俺のために泣いてくれるだろうか?
こっちの世界に来ていろいろあったけど、日本に居た頃より楽しかった気がする。日本に居ても燻っていただけだしな。
サラもボッチじゃ無くなったし、俺が居なくなってもみんなでなんとかするだろうし、俺がここに居た意味ってあったよな。
「……サラ、意外に楽しかったよ」
俺を巻き込んだこと、俺を召喚したことを後悔しないで欲しいという思いも込めて、届くはずの無い言葉を小さく呟いた。
そんな俺の言葉をかき消すかのように、銃の爆発音を遙かに凌ぐ音が周囲に響き渡り、俺は強い光りと爆風で覆われた。




