<2-10>岩のある部屋3
「ハルくん。動いちゃダメよ!!」
普段よりもすこしだけ強い口調と共に、ミリアの手から矢が放たれ、一直線にニワトリへと突き刺さった。
「っぁー!!」
その矢から数秒だけ遅れて、ノアの短剣がニワトリの首を撥ね上げる。
すると、肉と卵、そして小さな魔玉が俺の腹の上に残り、ぽとん、っと地面へと落ちた。
「ぅぐ」
まるで、そんな成果物に引きずられるかのように、俺の体も地面へと崩れ落ちる。
気持ち的には、その場で立っているつもりだったのだが、体が言うことを聞いてくれなかった。
それでも何とか傷口が地面に付かないように、仰向けに倒れることが出来たのは行幸だろう。
「兄様!!」
「ハルくん」
叫びながら近寄ってきた2人と共に腹の傷を見るが、次から次へと血が流れ出てくる感じで、どう考えても重症だった。
ミリアは俺を不安にさせないよう、落ち着いた表情を見せるように心がけているようだが、どう考えても無理している感じで、ノアに至っては、取り繕うこともせず、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「だ、っぅぐ、……だ――」
「喋らなくていいから!!」
そんな悲しそうな2人の様子を安心させるべく、大丈夫だから心配するなと、一言だけ喋ろうと思ったのだが、痛みのせいで、上手く喋ることが出来なかった。
「こういった場合は、なるべく綺麗な布で止血よね。
私達の服は汚れてるし、先に住居の方へ移動した方がいいかしら。……ノアちゃん。清潔な布、もってない?」
「清潔な布?
布、布、布、っ!! ……お姉ちゃん、これ!!」
「いま、どこから、……それよりも止血ね。
ハルくん。ちょっと痛いかもだけど、ごめんね」
どうやら綺麗な布が見つかったらしく、真っ白な手ぬぐいを両手で握り締めたミリアが俺の側に跪く。
そして傷口にその布を当て、その上から真っ白な両手を力強く押し当ててくる。
「ぅぐっ!!」
「大丈夫よ。男の子でしょ」
傷口を押された瞬間、気を失いそうな痛みが全身を走りぬけ、俺は、思わず呻き声をあげてしまった。
ただ、ちゃんと効果もあったようで、体勢的に傷口を見ることは叶わないが、感覚的には流血量が減った気がする。
そんな命の危機に瀕していると言って過言じゃない状況なのだが、俺には、流血量以上に気がかりな事があった。
それは、ミリアの体がすごく近くにあるということだ。
考えてみて欲しい。
まず、ミリアの胸はすごく大きい。そして、彼女は両手を地面に寝転んだ俺の腹部に当てている。
それはつまり、胸を両サイドから挟み込んで大きさを強調し、俺の目の前に突き出しているような体勢なわけだ。
服が大きく押し上げられ、隙間から綺麗な谷間が見える。
いやー、すごく良い眺めですね。それになんだか、爽やかな良い香りがしますよ。
「ノアちゃん。
お姉ちゃんが傷口を抑えてる間に、住居に移動するわ。大丈夫よね?」
「うん。それじゃ、いくよ」
そんな桃源郷と思われる風景を眺めていたら、辺りが真っ白な光りで覆われた。
どうやらサービスタイムはここまでのようだ。
「ぐが!!」
そして、浮遊感が全身を襲うと共に、強烈な痛みが全身を駆け抜け、俺は光りの中へと意識を手放した。
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目を開くと、馴染み深い天井が見えた。
どうやら自室に居るらしい。
「うぐぅ」
いつもの様に体を起こそうとしたが、そこでお腹辺りに痛みを覚えた。
「まだ起き上がらない方が良いと進言させて貰うよ。
それにしても、ボクの予想よりかなり早いお目覚めだね。これはみんなの頑張りのおかげと考えるのが妥当なところかな」
声のする方へ目を向けると、俺のベットのそばで、椅子に腰掛けたサラの姿があった。
「とりあえず、キミが起きたことをみんなに伝えてくるから、その場から動かないでくれるかい?」
「……あぁ、わかったよ」
状況の理解が追いつかないまま、サラの言葉を了承する。
そして、そのまま部屋を出て行こうとしたサラだったが、急に何かを思い出したかのように立ち止まり、俺の方に向き直った。
「その前に言うべきことがあったね。
お帰り。キミが大事に至らなくて良かったと心から思っているよ」
そんな言葉を残して、サラが部屋を出て行った。
たしか、敵の攻撃をくらって、移動中に気絶したんだっけか?
サラの奴、俺の方を見て、かなり安心したような表情をしてたし、予想より早いお目覚めって言ってたし、それなりの時間、気絶してたってことか?
だとすると、皆に心配と負担をかけてしまったな……。
ってか、怪我直後とか、止血の痛みとかじゃなくて、移動で気絶ってどーよ? タイミング的になんか微妙じゃねぇ?
なんて、そんな事を思っていると、急にドアがすごいスピードで開き、アリスが部屋に飛び込んできた。
そして、俺の顔を見るなり、良かった、と小さく呟くと共に嬉しそうな表情を見せる。
「……ねぇ、ダーリン。戦闘中に怪我するなんてどういうことよ。
アリスに断りも無く、怪我なんてしないでよね」
「……あぁ。心配かけて悪かったな」
「べ、べつに、心配なんてしてないわよ。何でアリスが。
なによ、こんなの、ただのかすり傷じゃない。こんな程度で、気絶しないでよね」
アリスの小さな手が俺の腹部に向けて伸ばされ、口から出てくる言葉とは裏腹に、優しくゆっくりとしたスピードで、傷口に手を当ててくれた。
「そうだな。
次からは気を抜かない。約束するよ」
「……ふん、そうして頂戴よね」
そうして、アリスとの話が纏まりを見せた頃、開かれたままになっていた扉から、クロエが顔を出した。
「お兄ちゃん、肉をいーっぱい、食べよう。
そしたら、元気になるよ」
手には、こんがりと焼かれた肉の塊が載せられた皿が握られていた。湯気のたち具合を考えると、直前まで焼かれていたのだろう。
「あぁ、ありがとうな」
病み上がりと言って間違い無いこの体で、肉の塊を食べるなど、無理に等しいが、とりあえず一口だけ貰っておいた。
「私ね。これからずっとお兄ちゃんの側に居るからね。
絶対、離れないからね」
「……あぁ、ほんとに、悪かったな」
やっぱりと言うべきか。クロエにも、多大なる心配をかけてしまったらしい。
その後、新入り達も含めたダンジョンの住民全員が俺の部屋に集まってくるという事態に発展したのだが、とりあえずもう少しだけ寝かせてほしいと伝え、その日は解散となった。




