<2-4>穴入り勇者
「うかない顔をしているように見えるのだが、ボクの気のせいかな?」
「……いや、大丈夫だ。すごい元気だよ」
「おや? そうなのかい?
……まぁ、納得は出来ないけど、了承はしておいてあげるよ。
それと、キミの分の料理を貰って来たよ。暖かいうちに食べようか」
「……そうだな。ありがたく頂戴させて貰うよ」
100人近い人数で食事の準備を始めてから2時間程。
寝床の進捗具合は芳しくないものの、料理が仕上がったために全員が作業を一時中断し、食事タイムとなった。
サラの手には、肉や野菜がたっぷり入った具沢山のスープと、敵軍の物資だったカチカチの黒パンが乗ったお盆が握られている。
とりあえず、ここ2時間の俺の行動をお知らせしよう。
まず、肉運び組みへ顔を出したら、キミは王座に座って待っているのが一番良いと進言させて貰うよ、と言われて追い返された。
次に調理場グループへ顔を出したら、何でダーリンがこんな所に要るのよ、アンタは黙って高みの見物してなさいよね、と言われて退散。
その後は、大丈夫だよお兄ちゃん、と言われ、お姉ちゃんに任せてくれて大丈夫よー、と言われ、兄様はどっしりと構えててよ、と拒否、拒否、拒否。
行く当ての無くなった俺は、みんなの邪魔に成らない様に部屋の隅っこに移動。
ずっと地面に字を書いてました。
いやー、横を通り過ぎていく人々の視線が辛かったなぁ……。
「んー? ハルくんはどうしたのー?」
「何があったのかは定かじゃないんだが、ボクがここに来た時からずっと御覧の表情だね。
スープの進み具合も遅いように見えるよ」
「んー、辛いことでもあったのかなー?
よし、ハルくん。こっち向いてね。はい、あーん」
次第にいつものメンバーが集まり、みんだで食事を始めた矢先、俺の前に大きなお肉とスープが載ったスプーンが差し出された。
かけ声は、お馴染みの、あーん、である。
周囲にいるメンバーも何が起きたのかわからず、え? と言った顔をしている。
「…………あー、なにがどうして、あーん、になったのか、聞いてもいいか?」
「あれー? ハルくんは、あーん、嫌い?」
「いや、嫌いってわけじゃないんだが……」
「じゃぁ、ほら、あーん、って口を開いてね。
あ、そっか。ちょっとまってね。ふうふう。
……ほら、もう熱くないよ。ほら、あーん」
え? なにこれ? 罰ゲームかなにか?
……なんだろう、予想以上にミリアの目がマジだ。これ、あーん、をしないと終わらない感じじゃね?
……それに、もしこれを拒否したら、またみんなに要らない子扱いされるのか?
「……あ、あーん」
ぼっちの怖さに脅え、拒否を諦めた俺は、口を大きめに開いた。すると、ミリアの息で適温にまで冷まされた肉とスープが口の中に突っ込まれる。
程よく煮込まれたお肉がスープの旨みと共に、口いっぱいに広がった。
「どぉ? おいしい?」
「……ぁ、あぁ、おいしいよ」
口の中に入れられたものは、自分が食べていた物と同じ物であるはずなのに、あーん、ってした物も方が美味しいのは何故だろう?
もしや、これが噂に聞く、隠し味は愛情と言うやつか!?
……ってか、正直恥かしいのでやめてもらっていいですかね?
「ふふ、そうでしょー。
ノアちゃんも風邪とかで元気が無いときは、あーん、ってしてあげるとよろこぶのよねー」
「ちょ!! お姉ちゃん!! ……昔の話、そう、ちっちゃい頃の話よ」
「えー? 昔って、ついこのあい――」
「あーー!! あーーー!! あーーー!!」
恥かしさのとばっちりがノアに行ったようだ。
そして、それからねー、と言って、暴露大会に突入しようとした実の姉を必死に止めるノアの様子を微笑ましく眺めていたら、突然、左の肩を叩かれた。
そちらの方に目を向けると、そこにアリスの姿があった。そして、何故かスープの乗ったスプーンを俺に差し出していた。
「ダーリン。あーん、って、しなさいよね」
そういう彼女は、耳まで真っ赤だ。
「……アリス、お前もか」
「な、なによ。アリスが、あーん、ってやってもいいじゃない。
それともなに? アリスの、あーん、じゃ飲めないって訳?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「なによ、だったらいいじゃない。
アンタは黙って、あーん、ってやりなさいよね!!」
……いや、黙ったら、あーん、って言えなくないか? ……そこは突っ込んだら負けか。
「あいよ、了解。ほら、あーん」
「初めから素直にそうしなさいよね。まったくもー。
……ぁ、あーん。…………どうなのよ?」
「あぁ、おいしいよ、ありがとな」
「……ふん、アリスがしてあげてるんだから、当然よね。
……もうひとくち食べるなら、特別にアリスが――」
「あー、アリス。申し訳無いとは思うんだが、次はボクに代わって貰っても構わないかな?」
そういって、次はサラがスプーンを差し出してきた。
「……平等にって話だったし、しょうがないわね」
「ありがとう、恩に着るよ」
……どうやら、そういう話になったらしい。
「ハルキ。あーん、ってしてくれるかい?」
「……あーん」
そして、サラのスープも口に収める。
「ボクの予想以上に楽しいね。
子育てをしているお母さんの気分だよ」
どうやら俺は子供役らしい。
勿論、嫁3人がしたのに妹2人が黙っているはずも無く、彼女達からも、あーん、と言って、スープを貰った。
1人の男が、5人の美少女からスープを貰う。その様子は、周囲から見るとどのように写るだろう?
改めて確認するが、俺達が飯を食べている場所は、100人近くの人が居る場所である。
「おい、向うを見てみろよ。
勇者様が、あーん、ってして貰ってるぞ」
「おぉ、本当だ。
あんなに可愛くて綺麗な人達を5人も娶るなんて、すげーよな」
「しかも、噂では、2人ほど妹が混じってるって話だろ?
さすが勇者様だよな」
「あぁ、そうだな。さすが勇者様だよ。
ほんと、うらやましいな」
「俺も勇者に生まれたら、綺麗な人とお知り合いになれたのかなぁ」
「ばーか。水面で自分の顔を見て来いよ」
「……俺、生まれ変わったら、顔が良い勇者になりたい」
「……そうだな。俺も、来世に賭けるよ」
などと言った話が聞こえてくるのは当然の結果だった。
どうやら、食事を通しで、勇者のすごさがみんなに伝わったようだ。
……穴があったら入りたい。
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