<55>建国宣言
「おい、倉庫の中って誰も居ないはずだよな?
俺の耳がおかしくなったんじゃなければ、中から女の声が聞こえる気がするんだが」
「…………あぁ、確かに、何か聞こえるな。
どうする? 中を確かめるか? 隊長に指示を仰ぐか?」
「そうだな……。正直な話、倉庫の中を見るのは怖いが、それ以上に隊長に報告するほうが怖い」
「だよな。……それじゃぁ、扉を開けるぞ」
城内の倉庫で見張りをしていた兵士達は、不意に不審な声を聞き、恐る恐る倉庫の中を確認したものの、倉庫の中は無人だった。
しかし、だからと言って何も無かった訳ではない。
脅えながら状況を確認する兵士達の目の前では、棚に保管されていた数個の魔玉が光りを放ち、そこから女性の声が流れていた。
その様子を見て、慌てて上司へと報告に向かった兵士だったが、そこで彼等は王都のいたる所で同じ現象が起きていることを知ることになる。
城の倉庫や店の棚、薬剤師の手元、露天の陳列、果てはゴミ箱の中まで、王都のいたる所から魔玉を媒介にした声が響いた。
初めは慣れない状況に、王都全体がパニックになったものの、それはゆっくりと沈静化し、次第に人々は、その声が語る興味深い話に引き込まれ、いつしか騒ぐ者は一部の者だけとなった。
「それじゃぁ話を繰り返させてもらうよ。
ボクは、王国第4王女だったサラだ。今日は皆に報告とお詫びの言葉があったから、こうして遠くから声を飛ばさせてもらったんだ。
早速なんだが、ボクの兄である第1王子と第2王子が魔王に取り付かれ、妹であるボクとアリスを殺そうとしたんだ。
兄達の心に芽生えた善意ある者を殲滅しようとする心は、今のところ王族だけに向いているようだが、時間の経過と共に魔王の支配が強まり、彼等が持つ刃がキミ達の喉下に刺さる可能性が高いんだ。
ボクは妹として、魔王に取り付かれた兄達を恥じると共に、止められなかった責任を深く感じている。その点について、国民全員に深くお詫びするよ。
……だけど、安心して欲しいんだ。
ボクは自分が犯した罪を償うために研究を重ね、新たなる救世主、異世界の黒髪を持つ知恵者、すなわち勇者の召喚に成功したんだ。
彼は妹君と共にボクの呼び声に答え、国を救うと約束してくれた。そして、第1王子が差し向けた、善良なる市民から構成される討伐隊を1人の血も流さずに無力化してみせ、善良なる者のために国を作ると仰られた。
その圧倒的な戦略や相手を受け入れる大きな心を持つ彼は、紛れも無い勇者だと確信できるだけのもので、討伐隊の人々は、素直に彼を勇者だと認め、保護下に入ると言ってくれたよ。
そこで、改めてだが、勇者ハルキ、賢者クロエ、第4王女サラ、第5王女アリスの名の下に、魔王に取り付かれた兄達への敵対を宣言させてもらうよ。
そして、勇者ハルキ様を筆頭とする国の建国を宣言し、住民を受け入れることも宣言させてもらうよ。
それじゃぁ、ボクはこの辺で失礼させてもらうよ」
そう締めくくったサラの声が風の中に消え、遠くから、敵の戯言を聞くな、と大声で叫ぶ兵士達の声がした。
「……なぁ、サラ。
長男の出兵が失敗に終わったことを国民に知らせるって話だったよな?
なにがどうして建国宣言になったんだ?
それに作った国のトップがどぉーも俺っぽかったんだが、気のせいか?」
それがサラの宣言を聞いた俺の素直な感想だった。
そんな俺の疑問に対し、サラは軽く首をかしげ、意外そうな表情を見せる。
「あれ? そうだったかい?
ボクとしては、兄の失策を伝えると同時に建国を宣言した方が、より強い牽制になると思ってね。てっきり、キミにも伝えていたものだと思っていたよ。
だけど、逃亡集団のトップも国のトップもやる事に大きな変化は無いと思うし、キミは今まで通り、ボク達を引っ張っていってくれたらいいさ」
……いや、そうだったかい? って、どうかんがえても確信犯だろ?
まぁ、確かに、サラやアリスがトップで建国を宣言しても、国民は納得しないだろうし、国対個人より、国対国の構図の方が、牽制には成る気はするけど……。
「……とりあえず、宣戦布告もしたみたいだが、本当に大丈夫なのか?」
「勿論大丈夫だよ。
これで第1王子の失敗を第2王子が知った事だし、どちらも相手の牽制で手がいっぱいになるさ。ボク達が宣戦布告したおかげで余計にね。
その間にボク達は力を蓄える事が出来るというわけだよ」
「……またお得意の占いか?」
「いや、今回は、幼い頃から兄達を知っている妹としての言葉だよ。
こんな状況に成ってしまってで悪いんだけど、今まで通り、ボクを助けてはくれないかな?」
「……わかったよ。
こうなりゃ、国でも何でも作ってやるさ」
「……ありがとう。感謝するよ」
勇者をトップとして建国を宣言してしまった以上、サラの元を離れて町でひっそりと住もうと思っても、話題の黒髪のお陰で、平穏な生活など出来るはずも無い。
いずれ、兄達に見つかって殺されるのがおちだ。
つまり、俺に与えられた選択肢は、彼女と協力する以外に無いわけだ。
サラが状況を作り出し、俺が必死に生き延びる道を手繰り寄せる。
もしかすると俺は、檻の中に居たあの当時から、状況は何1つ変わっていないのかもしれない。
まぁ、それでも、元の生活に未練の無い俺にとって、ぼっちなお姫様の隣は、意外にも居心地の良い場所であり、どのような状況になったとしても彼女の側を離れることはないだろう。
俺は心の底からそう思った。




