<45>道と残された者
本拠地である洞窟から徒歩30分ほど歩いた場所に道がある。俺達が王都から逃げてきた道だ。
もともと海辺にある町で作られた塩を王都へ運ぶために作られたこの道は、王国の主要道路であり、現在では、塩だけでなく、国中から集められた品物が馬にひかれ、15分に1台くらいのペースで通っていく。
そんな道の端っこに座り、頭に乗せたスライムの感触を楽しみながら、クロエは1人で道行く人を待っていた。
その目的は、道行く商人達に魔玉の売却をお願いすることである。
現代日本も、ここ異世界においても、世の中はお金がすべてではない。しかしながら、お金があれば出来ることが増え、無ければ出来ないことが増えるのも事実だ。
そして、この世界でお金があれば、傭兵が雇えるらしい。自分の安全はお金で買えるのだ。
それに、お金が無ければ、税金が払えず、奴隷になるらしい。自分の自由はお金で買える訳だ。
クロエの件でもわかるように、お金があれば奴隷が買える。他人の命はお金で買えるということだ。
つまり、この世界の金の重さは、命の重さと同じである。
兄達が攻めてきたときの対策として、1番の要となるのはダンジョンなのだが、傭兵団や兵士、場合によっては奴隷兵士などの活用も必要になるときが来ると思う。
以上のことから、ダンジョン造りと平行して、お金も稼ごう、ということになった。
しかし、サラやアリスは国中に顔を知られているし、俺は勇者として担ぎ上げられているため人前に出ることは好ましくないらしい。そのため、クロエが1人で行う、ということになったというわけだ。
「おじさんは、商人さん? それとも雇われさん?」
「ん? あぁ、俺は商人だよ」
そんなクロエの前をたまたま通りかかった商人は、足を止めて、質問を投げかけてきたクロエを見る。
そして、人を雇う金なんて無いさ、と自虐的に笑った。
「そうなんだ。あのね、商人さんにお願いがあるの。
この魔石なんだけどね、買取してくれないかな?」
「……っ!!」
クロエの手の中にある物を見た商人は、立場も忘れて驚きの表情を浮かべた。
「……おじょうちゃん、それをどこで手にいれたんだい?」
「んとね。落ちてるのを拾ったんだよ。
魔玉は高いって聞いたんだけど、売れない?」
「……いや、大丈夫だよ。
そうだね。………銅10枚でどうだい?」
「そんなにくれるの?」
「あぁ、それにおまけでりんごもあげよう。それでいいかな?」
「うん、いいよ。ありがとうね、おじさん」
交渉成立だね。それじゃぁ、無くさないようにしっかり持って帰るんだよ、と言って、商人は銅貨10枚とりんごを手渡した。
そして、銅貨10枚を片手に、早速りんごに噛り付いたクロエを尻目に、商人は逃げるようにして王都へと道を進んでいった。
「ふふんー♪ スライムちゃんもりんご食べるー?」
美味しいりんごを貰ったクロエは大変ご機嫌なのだが、クロエが持っていた魔玉の買取価格は銀貨1枚程度が相場であり、今回の商人から提示された金額は相場の10分の1でしかない。
この世界には義務教育など存在せず、王都から離れれば離れるほど情報は入りにくくなる。
そのため、森の中に住む子供達には、魔玉の価値を知る機会など無い。
先ほどの商人は、クロエの幼い見た目から、相場を知らないだろうと判断し、そのような金額を提示してきたわけだ。
無論、クロエに売却を頼んだ時点で、この結果は予想していた。
商人として値段を安く仕入れることは悪いことではない。
しかし、相手が子供だからという理由で値段を引き下げるような人を信用できるかと考えれば答えはNOだろう。すなわちこれは、信用できるかどうかのテストも兼ねているのだ。
それから日が沈むまでの時間、ずっと道に居座り、同じような取引を続けたクロエだったが、結局その日は適正価格で買い取ってくれる商人と出会うことは出来なかった。
そうして、クロエの手によって、魔玉ばら撒き作戦が実行中される中、ダンジョン居残り組みである俺は、異世界に召喚されて以来の不幸に見舞われていた。
人生最大の不幸と言っても過言ではない状況だ。
「サラ、俺の記憶が正しければ、野菜炒めを作るって言ってたよな?
どうしてフライパンの中が紫色なのか聞いても良いか?」
「あぁ、構わないよ。
料理中にふとアイディアが沸きあがってきてね。食べ物に魔力を注ぐとどうなるかの実験を行ったんだ。
その結果、野菜炒めに急激な変化が訪れたわけだよ。とても興味深い現象だと思わないかい?」
クロエが居ないのなら、女性であるボクとアリスが料理を作るのが適切だと考えるよ、と言って作り上げられた野菜炒め(?)が、サラの手により、フライパンから皿に取り分けられる。
すると、皿に乗った野菜炒めが、紫色から赤色へと徐々に変化していった。
なるほど、温度の変化によって色合いが変化するみたいだな。
…………皿の上にのったあれをサラはいったいどうするつもりなのだろう?
「……アリス、焦げてないか?」
サラの実験から目を逸らしていると、辺りに焦げ臭い匂いが漂ってきた。
その発生源はどうやらアリスの手元にある鍋のようなので、とりあえずは訪ねてみることにした。
「……はぁ? なによ、焦げてるって。
それって失敗したときに使う表現でしょ? アリスが失敗なんてするはずないじゃない」
そういうと、アリスは勢い良く、なべの蓋を開く。
すると、中を覗き込んだアリスの表情が、一気に険しいものになった。
嫌な予感しかしなかったものの、勇気を振り絞って、鍋の中を覗き込む。
「……こ、こういう料理なのよ。……なによ、ダーリンはアリスのすることに文句でもあるの?
それに、じっくり焼かなかったら食中毒になるって、クロエが言ってたでしょ。……だから、……ゆっくり、………やいたのよ。
なんか文句あるわけ?」
「…………いや、ないよ」
可愛い女の子の手料理は、天に昇れそうな味がしました。
綺麗な女性の手料理は、神秘的で気絶しそうな味がしました。
……次からは、絶対に俺が作ろう。




