<26>ドキドキの初体験
「グル゛ル゛」
目的地であった洞窟で倒れこんだ俺は、すぐに意識を夢の世界に旅立たせた。
そして、いくばくかの時間が経過した頃、ぼんやりと霞がかった脳内に、突如、警告を感じた。
「ん?」
後にして思えば、第六感や、生存本能と呼ばれる物だったのだと思う。
ゆっくりと目を開き、周囲を見渡せば、燃え盛る焚き火と、横向きで丸くなって眠るクロエ、白いお腹を丸出しにして眠るアリス、壁に寄りかかるように座って眠るサラの姿が見えた。
そして、見慣れた物や人以外に、白いをベースにまだらに茶色を散りばめた色をした毛に全身覆われた物があった。
その物は、4本の足で地面に立ち、三角に飛び出した顔には、鋭い牙が見える。
日本での記憶に当てはめるとするならば、白っぽい狼だろう。
「グル゛ル゛ル゛」
しきりにグルグル言っている事を考えるに、こいつ、生きているんだと思う。置物じゃないんだと思う。
「……、おぁーーー!!」
状況を把握した俺は、叫び声を上げた。そして、間髪居れず、白い狼から距離をとるために、地面を転がる。しかし、狼も、それにあわせるかのようにして、飛び掛って来た。
「ちょ、たんま」
思わず口を次いで出た制止の言葉も意味を成さず、白い狼は右手を前にして、俺に向かって飛び込んできた。
盾も武器も無い素手の俺に対して、鋭い爪が迫り来る。どうやら狼の狙いは、柔らかそうなお腹らしい。
目の前には敵がいて、そいつの攻撃を避けなければ命の危険がある。頭では状況を理解しているが、体は一向に反応してくれない。
どうにも避けることは不可能なようだ。
脳内は、今まで生きてきた中で感じたことの無い危機的な感情に支配され、胃液が逆流し、額からは嫌な汗が流れだした。
「来なさい、ロックウォール」
そんな俺から少し離れた所で、アリスが何かを叫んだと思えば、俺と爪の間に土が盛り上がった。
突如出現した壁に反応出来なかった狼は、そのままの勢いで壁に激突し、地面へと落ちる。
「キャウン」
痛そうな声を出したものの、動きを止めれたのは一瞬だけで、その後は何事も無かったかのように土の壁を迂回し、こちらへ向かってきた。
どうしても、その爪や牙を俺に突き立てたいようだ。
「犬の分際で、どこから入り込んだのよ!!」
……あれ? なぜだろう。アリスが犬って言うと、自分のことのような気がしてくるのは……。
「ちょっと、ダーリン!! 呆けてないで、迎撃しなさいよね!!
ナイフ持ってるでしょ!!」
っと、そうだった、自衛のために、ナイフをポケットに入れてたんだっけ。……いや、違うな。寝るときに地面に置いたんだった。……っと、あった。
……やべ、この袋、どうやって開けるんだ? ボタンもチャックもないぞ?
「キミに死なれると、かなり困った自体になるんだよ」
「お兄ちゃんをいじめちゃダメなんだから」
ナイフをカバーから出せずに、もたついていると、サラが盾にでもなるかのように、俺と狼の間に立ち、手を大きく広げた。
そしてクロエは、手裏剣でも投げるかの様に、自身が持っていたナイフを投擲し、俺に飛び掛ろうとしていた狼の眉間に、そのナイフを深々と突き立てた。
「キャゥン」
眉間にナイフが刺さった狼は、何とか体制を建て直そうと試みるが、そこにアリスが追撃を加える。
「行きなさい、ロックスロウ」
アリスの叫び声に答えるように、先端が鋭利に尖った手のひらサイズの石が出現した。そして、1つ、2つ、3つと、次々に狼の体に突き刺さっていく。
「お兄ちゃんのナイフ借りるね」
そしてダメ押しとばかりに、クロエが俺のナイフを奪い取り、狼の喉元に投げつける。
急所をことごとく打ち抜かれた狼は、ついにその命を手放した。
ちなみにだが、ナイフのカバーは、ボタンやチャック以前に、ロックなどされておらず、引き抜けば出てくるタイプだったようだ。
「お兄ちゃん、大丈夫だった? 怪我してない?」
「……あぁ、クロエやみんなのお陰で、一切の怪我をしてないよ。ありがとな」
生まれて初めて感じる命の危機に、俺は無様に逃げ惑うことすら出来なかった。
サラ、クロエ、アリスの異世界の住人達は、命のやり取りでも普段通りに動けているように見えた。
やはりここは、そして彼女達は、僕とは違う空間で生きているようだ。




