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<24>ぽよん、ぷよん、ストーン

「もうやだ。もう歩けない。

 ねぇ、ダーリン。アリスのこと、特別におんぶさせてあげるわ」


 街を抜け出し、森の中の道を歩き始めてから9時間ほど。

 辺りが茜色に染まり始めたな、と思っていた頃に、アリスがそんなことを言い始めた。


「たしかに、疲れたな」


 追っ手を心配し、昼飯の時間と少々の休憩以外は、ずっと歩き通しだったので、アリスが限界だというのは、嘘ではないだろう。

 それに、俺の予想よりも遙かに歩いてくれた彼女に対して、よくここまで我侭を言い出さなかったと、逆に褒めてあげたいほどだ。


 ちなみにだが、昼飯は、近くに生えていた草から食べれる物をクロエが選び、サラが魔法で出した水を焚き火で沸騰させて、煮て食べた。味はお察しの通りである。


「目的地まではあと1時間ほどで到着するけど、この後は、道を外れて、森を歩くことになるね。

 ただ、先にも述べた通り、追っ手の心配があるから、長時間の休憩は取れないんだ。

 ハルキには申し訳ないが、アリスのことを頼んでも良いかな? 

 実は、ボクも歩くことには慣れて居なくてね。現状、おんぶまでは不可能なんだよ」


 サラも生粋なお姫様で、引き篭もって研究に明け暮れていたらしいし、歩いてくれているだけでも御の字だろう。

 正直な話、俺の脚も悲鳴をあげているが、ここは男の意地を見せる時ってことだろうな。

 急がないといけないからと言って、アリスをここに放置する訳にもいかないし。


「わかった。アリスは俺に任せてくれ。ただ、その代わりと言ってはなんだが、森では比較的歩きやすい道を選んでくれると助かる」


「了解。先導は任せてくれて構わないよ」


 力強く頷いてくれたサラに対し、頷き返したあと、クロエへ方に視線を変える。


「クロエは大丈夫か? 足を捻ったりなんてしてないか?」


「うん、私は全然平気だよ。

 むしろ、お兄ちゃんの方こそ大丈夫? 

 足はガクガクで、顔色もあんまり優れないみたいだけど……」


 どうやら、クロエにはバレバレなようだ。歩き疲れもそうなのだが、寝不足なのもかなりキツイ。ぶっちゃた話、限界は近いと思う。


「い、いや、大丈夫だ。このくらいでへばったりするような俺じゃないよ」


「そう? わかったよ。

 けど、無理しちゃだめだからね。なんだったら、アリスお姉ちゃんは私がおんぶしてもいいよ?」


「…………いや、大丈夫だ」


 正直なところ、かなり魅力的な提案だったが、さすがに妹に任せるには、男のプライドが許さない。


「ほら、アリス、乗っかれよ」


 決意が揺らぐ前に、片膝を地面につけ、アリスを促す。しかし、アリスは、ことのほか動揺しているようだ。


「……乗っちゃっていいの?」


「いいさ。ここまで頑張った御褒美だ」


 そして、俺の言葉に視線を彷徨わせたかと思えば、恥かしさを隠すように、高圧的な態度をとった。


「ふん。その殊勝な心がけに免じて、アリスのナイスバディをその背中に感じることを許可してあげるわ。支えるときに、ちょっとだけなら、お尻に触れても気が付かないフリをしてあげるわよ」


 その言葉に、思わず振り向いて彼女の胸を見た後、サラとクロエの胸に視線を向けた。


 ストーン、ぽよん、ぷよん、である。


「くっ、なによ。ダーリンは、そんな無駄肉ボディの方がいいわけ?

 ふん、ぜったいアリスの方が、形が良くて、感度も良いんだからね」


 やべ、やっちゃった……。アリス姫が一気に不機嫌だ。

 けど、この場合、ナイスバディとか言ったアリスが悪くないか?

 …………そんな言い訳通用しないよな。


「……いや、あのですね――」


「うるさいわよ、発情犬。

 アンタは黙ってしゃがめば良いのよ」 


「…………」


 言い訳すらさせてもらえず、アリスをおんぶすることになった。


 背中に当たる感触は……、うん、まぁ、そうね、って感じだ。

 だけど、何故だろう。そのことが逆にときめく気がするのは……。


 そんな無駄なことを考えながら進むと、先頭を行くサラが道をはずれ、木々の間を進み始めた。どうやら平坦な道はここまでのようだ。

 

 この先は、今まで以上にきついのかー、と思っていると、耳元でアリスが小さく話しかけてきた。


「……ちょっと、ダーリン。

 あんた、アリスのこと、無能だと思ってるでしょ?」


 声のトーンから考えるに、胸の件の苛立ちは消えたようだ。だが、その質問の意図がわからない。

 ……とりあえず、当たり障り無く返答しておこう。 


「いや、そんなことは思っていなさ」


「ふん、このさき、絶対に役に立つんだから、覚悟しときなさいよね」


 役に立つ。どうやら、1人だけ歩けず、背中に居ることが不安なようだ。

 口調こそ我侭な感じなのだが、責任感が強い子なのだと思う。


「あぁ、頼りにさせて貰うよ」


「ふん、そうしなさい。

 けど、こんな森の中に入って、何処までいくのかしら。この先に、アリスに相応しい場所なんて、無いと思わない?」


「あー、うん、そうだね。アリスには、もっと可愛い場所が似合うと思うよ」


「なによ、可愛い場所って。

 アリスは、大人の女性なのよ!! 

 …………まぁ、かわいいのも、嫌いじゃ、ないんだけどさ」


「うんうん、アリスは綺麗でかわいいからな。君になら、どんな場所でも似合うよ」


「……ダーリンって、意外に良いこと言うじゃないの」


 アリスって、相当ちょろい子だなー、なんて、そんな適当で当たり障りの無い会話をしていると、急にアリスの声が真剣みを帯びた。


「ねぇ、アリスを仲間に入れてくれたのって、ダーリよね?」


 前を行く2人、主にサラを気にしてか、もともと小声だった会話が、さらに小さくなる。


「…………どうしてそう思う?」


「だって、サラ姉がそんな発想に思いつくはずないもの。

 アリス達はみんな、他の兄妹達に排除されないように生きてきたわ。だから、同盟なんて話を聞いたときは、心の底から驚いたの。

 アリスがサラ姉の立場だったら、サラ姉を引き入れようなんて、絶対に考えもしなかったと思うしね。

 もしかすると、クロちゃんかもしれないけど、あの子って、自分から何かを提案するなんてしないじゃない。だから、ダーリンしかいないの。

 どう? アリスの予想当たってるでしょ」


 アリスの予想通り、サラが考えた計画では、クロエを購入後、速やかに脱出予定だった。しかし、クロエを購入するために城を出る直前、サラから他の兄妹の詳しい情報を聞き、アリスの事を知った俺は、仲間は多いほうが成功率が上がるからと、サラに彼女の引きいれを提案し、作戦を大きく変更していた。 


 その結果が、嫁になるとは予想してなかったがな……。


「あのままだと、兄達に殺されてたか、良くても幽閉だっただろうし、……一応、だけど、……ダーリンには、感謝しておいてあげるわ。

 話しはそれだけよ。わかったら、とっとと、歩きなさいよね」


「あいよ。了解しましたよ、お姫様」


 アリスも良い子、サラも良い子。だけど、生きてきた環境のせいで、仲良くするといった選択肢が見えなかったのだろう。

 けれど、俺が間に入り、きっかけを持った2人なら大丈夫だと思う。


 ひとりぼっちを知る、ふたりなら。

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