<15>届け先
服代として金4枚、日本円にして1億2千万を支払い、店を後にした。
隣では、3千万円もする服に身を包んだクロエが、夢見心地な雰囲気で、嬉しそうに歩いている。
「えへへー。お兄ちゃんもその服、かっこいいねー」
彼女には、姫に献上する服を毒見的に試着して貰うと伝えてあるので、ジュースの時のような遠慮も無く、無邪気に笑っている。恐らくは、お姫様気分でも味わっているのだろう。
そんな微笑ましい彼女を一通り楽しんだ後、その服はクロエの物だと伝え、これからサラに会いに行くことも伝えた。
「……ふゅ?
おひめさまの服がわたしの服。
サラ様にあいにいく?」
「そうなんだが、あれだ。その服は仕事着だから、気にしなくていい。
俺の常識的には、仕事着は雇い主が用意すべきなんだ。だから、クロエは、その服を着ることも仕事なんだ」
「あー、うー」
俺のフォローも成果無く、パニックが悪化した彼女は、返答すら出来なくなってしまったようだ……。
仕方が無いので、すっかり固まってしまった彼女を引っ張るように秘密の抜け穴を抜け、サラに召喚された、あの部屋へと向かう。
「少しばかり遅かったじゃないか、僕としては罰を与えようと考えているのだが、まずは言い訳を聞こうか。
それとも、誠意を見せるために、何も言わずに檻に入るかい?」
1日ぶりに見た彼女は、明らかにご立腹だった。
まぁ、本来の予定では、昨日の夜に帰宅することになっていたため、約束時間から半日遅れたことになる。
ゆえに、怒られても仕方ないと思うのだが、こっちも頑張った結果なのだから、出来れば大目に見て欲しい。
「悪いな、本当に言い訳になるんだが、サラに似合う服を探していてさ。
姫様のために一生懸命に作り上げたんだ。受け取って貰えるか?」
御機嫌取りのために、右手に下げていた毛皮の袋をサラに差し出した。すると、中を覗き込んだサラの顔に、面白そうな表情が浮かぶ。
「ふーん。キミの居た世界のファッションかい?
キミの後ろに隠れている少女の服もそうだが、悪くないセンスだね」
「そうだろ。サラは綺麗だから、特に気合を入れて作ったんだ」
「……そう言われると、悪い気はしないね。
仕方が無い、この服に免じて、罰は取りやめにしてあげるよ」
どうやら、御機嫌取り成功なようだ。
「姫様の広いお心に感謝します。……とりあえず、こっちはそんな感じだ。
ちょっと、いや、かなり時間はかかったが、人と物は準備できた。
サラの方はどんな感じだ?」
「無論、何の問題も無いよ。
例の物も仕上がったしね。……見るかい?」
「そうだな。丁度良いし、服と一緒に御披露目って事で。
とりあえず、その服に着替えてもらえるか?
もちろん、仕上がった物と一緒にな」
「一緒にか……。了解した。少しばかり待っていてくれ」
服を抱きしめるように抱えて、彼女は部屋を出て行った。
「お、お、おにい、ちゃん。姫さまに、ころされちゃう、あんな、ことば」
城に入ってから、クロエが始めて口を開いた。
どうにも、かなり緊張しているようだ。……まぁ、連れてくる前から予想はしていたけどさ。
「大丈夫だから、すこし落ち着け。な。
ってか、クロエ、顔色悪いぞ、大きく深呼吸してみろ。
ほら、すってー。はいてー。すってー」
そして、待つこと10分ほど。
極度の緊張で血流の悪くなってしまったクロエを落ち着かせていると、着替えを終えたサラが帰ってきた。
「なかなかに興味深い服だったよ。
どうだろう、ボクはこの服をキミの思い通りに着こなせているかい?」
そういって、サラは、両手を大きく広げてみせた。
白のブラウスの上から、胸元が開いたベストを身につけ、足元は紺の靴下に膝丈ほどのチェック柄のスカートを履いている。
首元に巻かれたリボンがより学生らしさを演出していた。そして、目元には、例のもの、赤フレームのメガネがかけられている。
大人びた顔立ちや淡い紫の髪と相まって、美人に拍車がかかっていた。
出会った瞬間から、絶対に似合うと思っていた衣装なだけに、感動もひとしおだ。
こちらにもタイトルを付けるなら、図書室の女神だな。
自分の仕事を誇らしげに思いながら、顔を綻ばせていると、サラが満足げな表情を浮かべた。
「ふふ。キミが連れて来た彼女を見たと時は、正直、負けたと思ったが、キミの表情を見るに、ボクもまだまだ捨てた物ではないようだね」
「……あぁ、正直な話、出会った中で1番の美人だな。
メガネも良く似合ってるぞ」
「そうか、ありがとう。……キミに褒められるとなんだかふわふわした気分になるな。っと、そうだ。着替えのついでに、厨房からお菓子を貰ってきたんだ」
お菓子と聞いて、クロエの雰囲気に変化が見えた。ほんの少しだけではあるが、緊張が和らいだように感じる。
なぜこのタイミングでお菓子? とも思ったが、恐らくは、緊張しすぎて使い物にならないクロエを改善するための作戦なのだろう。




