<3-36> 決戦2
「ギル様。そろそろお時間です」
「そうか、わかった。
開門せよ!! 出陣する」
第1王子の側近ギルは、王都の側で巣作りを始めた勇者国の駆除のため、朝日が差し込む空に向かって高らかに声を発した。
重厚な門がゆっくりと開き、彼の目に、朝焼けに照らされる森と、その前方で柵を立てる男達の姿が映る。
門を開けば真正面に見える。そんな場所に、勇者国は、付城を作り出したのである。王国への挑発以外の何物でもない。
「門前に布陣せよ。盾兵、前へ!!」
ギルの号令のもと、兵達が隊列を成す。全身を覆うほどの盾だけを持った兵が前方に躍り出て、その背後に弓を持った兵が並んだ。
部隊は盾と弓、それから、少しばかりの槍だけでの編成だった。
前回の敗北を受け、第1王子が指示を出したのだ。
騒音により騎馬は使えない。敵の攻撃は力強く、並の盾では防げない。それならば、盾だけに特化した者を先頭に置き、その背後から攻撃をすれば良い。
使えない者は連れていかない。そういうことである。
「前進!!」
大盾を隙間なく並べ、ゆっくりと王国兵達が前へと進みだす。
ゆっくりとだが、着実に迫りくるその光景は、勇者国側から見れば、まるで壁が押し寄せてくるような雰囲気であった。
「盾兵、構えよ!!」
そんな王国兵の前方では、勇者国の兵が慌ただしく柵へととりつく。そして、銃を構えると、周囲に乾いた発砲音を響かせた。
王国兵に向けて飛来する銃弾。だが、そこに前回ほどの被害は無い。
ギルの指示により、腰を落とし、体を預けるようにして盾を構えた盾兵は、迫りくる銃弾をがっちりと受け止め、防いで見せた。
中には、肩を脱臼した者も居たが、その被害は軽微である。
「進め!! 横との隙間を開けるなよ!!」
魔法を使わずとも、勇者の攻撃は防げる。
それを行動で示して見せた第1王子の軍は、ゆっくりと、着実に勇者国との距離を縮めていく。すると、その縮まる距離に比例し、勇者国の兵が、ひとり、またひとりと、背後の森へと逃げ始めた。
勇者国の兵を守る壁は柵だけであり、対する敵は鉄の壁。ゆっくりと迫りくるその姿が、まるで死が迫ってくるかのようであった。
そんな王国兵の恐怖に加え、勇者国の兵は農民に武器を持たせた者ばかりであり、死ぬまで守れ、と言う方が無理である。
「弓兵!! 矢を――なんだ!?」
前進を続けていた鉄の壁が動きを止め、弓兵が矢をつがえる。そしていよいよ反撃開始、となった時、不意に勇者国側から、カンカンカン、と金属を叩く音が周囲に響いた。
「……兵が、逃げた?」
その音は、どうやら撤退の合図だったようで、勇者国の兵達が我先にと逃げ出した。
それは最早撤退とは呼べないような無秩序さであり、逃げ惑うといった言葉が似合っていた。
ギルの前に残ったのは、自軍と、作りかけの柵と、6軒の家。
「防衛は無理だと悟り、拠点を放置したのか。
……敵は思い思いの方向に逃げ、全員が森の中。……追撃は無理だな」
ギルが与えられた仕事は、蹴散らすこと。殲滅しろとまでは言われていない。
もし山狩りで逃げた兵を追うにしても、手持ちの兵だけでは心もとなく、逆に各個撃破されかねない。むしろ、各個撃破が目的の可能性もある。
このままスバル王子の元へと帰り、勇者国を蹴散らした、と報告するのが最善だろう。
「敵拠点を破壊した後に王都へと帰還する。
残存兵に注意し、敵拠点を制圧せよ!!」
追わないにしても、目の前にある拠点の破壊はしておいた方が良い。そう考えたギルは、歩兵に命じて、拠点の制圧を行わせた。
このまま残しておいて、勇者国に再度利用されては、いささか面倒なことになる。そう考えての判断だったのだが、調査に出た兵からの報告は予想外の物であった。
「報告申し上げます。
我が軍が6軒の家の制圧に成功。中で大量の食糧と水を確保した、とのことです」
「……して、その量はいかほどだ?」
「6軒すべてに所せまし、との報告が上がってきております。
中には、塩や油などの高級食材も含まれていた、とのことです」
やはり勇者国は長期戦を見込んでの拠点作りだったようで、そのための兵站が大量に放置されていた。
勇者国の兵站が減り、王国の兵站が増える。放置された食料を発見は、予想外だったとは言え、悪いことではない。だが、そのことで、ギルには新たな選択が与えられる。
食料を王国に持ち帰るか、この場で焼き捨てるか、それとも、取り返しに来る勇者国を迎え撃つか。
仮に持ち帰るとすれば、兵の足取りは重くなり、咄嗟の事態に対処できなくなる。だが、焼き捨てるとなれば、飢えを身近に感じている一般兵が黙っていないだろう。
それなれば、この拠点をこのまま使用し、食料を取り返しに来るであろう勇者国を返り討ちにすればよい。それが1番の妙案に感じるものの、完全にギルが差配出来る範囲を超えており、スバル王子に許可を願い出る必要があった。
「伝令を走らせるか? ……いや、まずは状況を確認してからだな。
儂が直接現場を確かめる。その方、案内せよ」
「畏まりました」
一般兵を脇に退け、ギルが家の中へと入る。
そこにあったのは、部屋の半分を埋めるほどの水瓶と麦の山。それから、建築用だと思われる木材。
これと同じものがあと5軒分あるとすれば、兵士全員で運んだとしても、到底持ち切れる量では無かった。
「どちらにせよ、スバル様の助けが必要か……」
麦の品質も良く、持ち帰るだけの価値がある。そう判断したギルは、王子に輸送用の馬車を要請するとともに防衛設備の修繕を命じようと、周囲に目を向けた。
だが、彼が命令を発するよりも先に、伝令の兵が血相を変えて、彼の前へと跪いた。
「王都が攻撃を受けております!!」
「なんだと!?」
外へと飛び出したギルの目に飛び込んできたのは、敵襲を知らせる赤い狼煙。
緊急招集を知らせる鐘の音もうるさいくらいに鳴り響いていた。
「罠だったか!!」
目立つように建てられた町は、自分達を誘い出すための罠。
それを悟ったギルは、早急にスバル王子の元へ駆けつけたい思いを抑え、兵の隊列を組みなおすのだった。
一刻でも早く、王子のもとに駆け付けれるように。




