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<13>お買い物

 異世界生活2日目の朝は、小さなベッドで、少女に抱きつかれた状態で目を覚ました。


 見覚えの無い天井。ふわふわでプルプルな少女。


 驚きの声を上げなかった自分を褒めてやりたい。


 当初の予定では、クロエ1人を残して、自分は報告のために城へと帰る予定だったのだが、泣きつかれて眠ったクロエが、袖を離してくれなかった。

 無理やり引き剥がしても良かったのだが、彼女が目を覚ましたとき、自分が側に居なかったらと思うと、なんだか可愛そうな気がして、側を離れられることが出来なかった。


 その結果、1人部屋の小さなベッドで、2人仲良く眠ることになったわけだ。


 何をするでもなく、カーテンから漏れる朝の光りで照らされた少女の顔を眺めていると、彼女の目がゆっくりと開かれた。


「……おはよ。……おにいちゃん」


 寝ぼけ目を擦りながら、挨拶する彼女は、まだまだ眠そうに見える。

 異世界から召喚された俺ほどでは無いにせよ、彼女も昨日の今日で生きる環境が一変している。

 その小さな体が抱える疲れは、一晩寝たくらいでは取りきれないだろう。


「今日は姫様の服を買いに行くからな。

 準備を整えたら、早々に出発するぞ」


「……あいー」


 なんとも気の抜けた返事だ。


 優しい兄としては、ゆっくり寝かせてやりたいのだが、仕事をしなくては、近い将来、死が待っている。

 心を鬼にすることも大事だろう。


「うぶぅ、おにぃひゃん、いはいー」


 ぷにぷにのほっぺを両手で引っ張ってみた。


「今日の仕事はそんなに時間はかからないから、終わった後でゆっくりと寝たらいい。だから、今は頑張って起きてくれ」


「あーい」


 重たい瞼と必死に戦うクロエの手を引き、中庭に設置してあった井戸の水で顔を洗い、本格的に目を覚ましてから、宿を後にした。

 ちなみに、井戸は蛇口しか知らない現代人には難しく、見かねたクロエがやってくれた。

 ……わからなかったんだから仕方がない。ええねん、情けなくてええねん。

 

「クロエ、悪いけど、この街で1番良い服を扱う店に案内してくれないか?」


「えっと、王家御用達のお店でいい?

 中に入ったことはないけど、たぶんそこが1番だと思うんだけど……」


「あぁ、問題ないよ。よろしく頼む」


「うん、まかせて。こっちだよ」


 朝とは正反対に、俺が腕をとられて歩みを進めた。……ええねん。


 クロエの案内で服屋に向かう途中、道端ではすでに数多くの露天が開かれていた。


「そういえば、朝飯がまだだったな。

 クロエ、なにかよさ……、あー、うん、ちょっと良さそうな物買ってくるから、少しだけ待っていてくれ」


 朝飯の選択をクロエに任せようと思ったが、屋台に並ぶ物を眺めて気が変わった。


 屋台の売り場には、食パンやサンドイッチなど、比較的大丈夫そうな物と、虹色の木の実や青い塊などの比較的だめそうな物が混雑していたのだ。


 可愛いクロエが購入して来たならば、あのエメラルドグリーンに輝く炒め物も口に運ぶ事が出来ると思うが、回避出来るなら回避するでしょ……。


 ぐるっと辺りの屋台を見渡し、現代知識でも材料がわかる物をピックアップしていく。

 そして、その中から、朝飯代わりに良さそうなバナナジュース(たぶん)を2つ注文すると、木の器に入れられて出てきた。


 1つをクロエに渡し、返却が必要らしい器に口をつける。


 バナナの香りが口に広がるものの、その味は薄い。

 恐らくはバナナと水を混ぜただけの物のようで、若干ではあるが器から移ったらしい木の匂いもする。

 そして、常温で生ぬるかった。


 とてもじゃないが美味しいとは思わない。


 昨日の焼肉は美味しかったんだがなー、と思いながら隣を見れば、クロエがこちらをぼーっと見つめていた。


 手に持ったジュースは減っていないように見える。


「ん? バナナジュース好きって言ってなかったか?」


「うん。美味しいでしょ。

 ……お兄ちゃんには、あわなかった?」


「……いや、美味しいぞ」 

 

 出来る限り自分の気持ちを押し殺して、笑みを見せる。

 満開の笑顔を咲かせる彼女に、本音は伝えられなかった。


「そうでしょー。えへへー」


 俺の努力が功を奏したのか、クロエは誇らしげな表情だ。そして、俺が2口、3口と飲み進めても彼女は微笑んで俺の方を見ているだけだった。


「……嫌いじゃないんだろ?

 飲まないのか?」

 

「……ん? 飲むって?」


「?? いや、バナナジュース飲まないのか?」

 

「……んゅ!! 飲んでいいの!?」


 驚きの声をあげるクロエに対して、もちろんだ、と許可を出すと、躊躇しながらも、彼女はゆっくりと味わうように飲み始めた。


 ジュースを飲みながら話を聞いたのだが、どうやら、奴隷が主人と同じ物を食べるなどありえないらしい。

 2つ注文したのは、俺が2つとも飲むか、姫へのお土産だと思っていたそうだ。

   

 15歳、日本で言えば中学校に通う年齢の少女が、好物を欲するどころか、もらえないことが当たり前と思う。


 なぜだろう、酷く胸がざわつく。


「クロエは奴隷じゃなくて、妹だからな。一緒な物を食べても、何にもおかしなことはないだろ?」


「……うん、ありがとう、お兄ちゃん」


 この世界が間違えているのか、俺が間違えているのかはわからない。

 ただ、1つだけハッキリと言えることがある。

 この国は、俺の心に深く突き刺さる物事が多すぎる。


「美味しいね」


 幸せそうではあるものの、どこか落ち着かなくみえる複雑な表情は、彼女がジュースを飲み終わるまで変わらなかった。

 それでも、俺の分も飲むか、と訪ねると、若干の間はあったものの、笑顔と共に飲むと答えてくれたので、改善の兆しはあると思う。


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