<3-31> 万の兵
勇者ハルキを置き去りにしたクロエ達は、ダンジョンの出口を目指して駆けていた。
ダンジョン魔法で作った無機質な階段を出来るだけ音を立てずにのぼり、地上へと出る。
無論、行先は、勇者国につながる出口では無い。
出口の向こう側にあったのは、所狭しと並んだ太い木々。
辺り一面が深い森の中だった。
「それじゃ、行くよー。私の後ろからついて来てね。
わかってると思うけど、出来るだけ音を立てずに、だからね」
クロエの言葉に、頭を下げることで返答した女性達は、慎重に森の中を歩きだした。
幸いなことに、足元に積み重ねられた落ち葉のおかげで、足音を立てる心配は無い。だが、それでも慎重に慎重を重ねて前へと進む。
「おぉおおお!!! 王子様がやってくれたぞ!!」
邪魔な枝を避ける作業ですら、音を立てないように慎重に進んでいたクロエの耳が、不意に盛大な叫び声を拾った。
その発信源は、無論、彼女達ではない。
彼女達が進む先。そこには、彼女達に背を向けて、おぉおおぉぉおおーーー、と叫ぶ、男達の姿があった。
統一の防具に身を包み、列を成す後ろ姿。王国の兵士達である。
「……うまくいったようですね」
「……ここからが、本番だよ」
勇者国のダンジョンから転移した彼女達は、今日のために作った新しい出入り口を抜け出し、敵の後ろへと回り込むことに成功した。
目の前には、無防備な敵の姿があり、自分達の手元には、勇者から受け取った武器がある。そんな状況で行う作業は1つしかない。
筆舌しがたい緊張感を感じながらも、クロエは、目線だけで味方に合図を送り、森の切れ目に沿って、彼女達を一列に並ばせた。
王国の兵との距離はほんの数十メートル。もし気付かれでもしらと思えば、自然と鼓動が早くなる。
風に揺れる木々の擦れですら、音を気にする彼女達の心臓を速めた。
「なっ!!! おい、あれ。何人か、倒れてねぇか!?
王子様が守ってるはずだろ? どうなんてんだ?」
「わからん。……わからんが、拙いかもしれねぇな」
「――撃って!!」
時間にしてたったの数分。異常に長く感じ、永遠に続くかと思われた静寂が終わった。
時折風に乗って流れてくる、王国兵達の会話からタイミングを計り、クロエが叫ぶ。
100丁が一斉に火を吹き、敵兵に己の存在を知らしめるかのように、盛大な音を叩きだした。
周囲に潜んでいた動物達が一斉に騒ぎ始め、鳥達が大空へと逃げ去る。
「何事だ!? ……背後に、伏兵!?」
「敵は森の中だ!!
食料を守れ!! 火をつけられるぞ!!」
「衛生兵!! 子爵様が負傷された!! 衛生兵!!」
「馬が暴れてる!! 誰でも良い、手を貸してくれ!!」
「もうだめだ。俺達はおしまいだー」
「おい、邪魔だ!! そこを退け!!」
本拠地で戦況を見守っていた兵は、2000人を超えていたものの、勇者国の兵100人が起こした騒ぎは、収まるどころか拡大するばかり。
もともとの士気の低さに加え、クロエ達が軍上層部のテント目掛けて銃を発射したため、命令系統が酷く混乱していたのだ。
もし仮にクロエ達の姿が見えていたのなら、その人数差から、それほど酷い結果にならなかったのだが、クロエ達は森の中から、銃の先だけを出して撃っている状況だ。ゆえに、目視での確認は不可能だった。
そのため、敵の攻撃から、その数を割り出すしかないのだが、銃の発射音を初めて耳にする者が大半を占める国王軍では、その音の大きさから、勇者軍の人数を過大に見誤るのも仕方が無かった。
噂に尾が付き、ヒレが付き。最終的には、勇者国の伏兵1万人が未知の魔法を操って攻めてきた、と実しやかに叫ばれるようになる。
「うん。いい感じ。それじゃ、2射目装填しちゃって。
これ撃ったら、そのまま撤退だからね。ちゃんとついてきてね。――撃って!!」
混乱し、走り回る人々に向けて放たれた鉛の玉。それが数十人の命を刈り取り、王国兵の混乱に拍車をかける。
「親衛隊もめちゃくちゃにされてる。
……おしまいだ。俺達は、おしまいなんだ」
どうやら、サラの作戦も上手く機能したらしく、壁へと進軍していた近衛兵達も、総崩れの様相を呈してきた。
「うん、十分かな。
よーし、急いで帰るよーー」
大混乱の戦場を眺め、満足そうにうなずいたクロエは、即座に反転し、来た道を引き返す。
クロエ達の仕事は、敵を混乱させることと、サラの作戦が失敗に終わったときの保険だった。そのどちらとも成功した今となっては、その場に留まる必要など無い。
いくら銃という強力な武器があろうとも、この人数差を埋めることなど出来るはずが無かった。
「……お兄ちゃんに良い報告が出来そうだね」
「そうですね。勇者様もお喜びになられますよ」
その後、クロエ達が引き起こした混乱に加え、サラが鉄壁を幾度も破ったことが決め手となり、王国軍は敗走を開始する。
ほどなくしてダンジョンから勇者国へと戻ったクロエは、壁の上にのぼり、誰も居なくなった戦場を眺めて、ほっと息を吐きだすのだった。




