<3-30> 保護者の会
サラとアリスが、鉄壁の盾が突然消えたことに混乱をきたす敵軍を眺めながら、自分達の夫に対して、悪口にも似た褒め言葉を口にしていた、そんな頃。
勇者国のダンジョンの1階には、クロエとミリアとノア、それから大勢の女性達の姿があった。
国の重役3人の周りを取り囲む女達は、全員がミリアお手製の防具に身を包み、ノアお手製の銃を手にしていた。
ネズミ1匹入り込めないほど、張り詰めた雰囲気である。
男達は壁の上に立ち、敵兵を食い止めているのに対して、女達はダンジョンに籠って、重役の警護をしている、……訳では無い。
彼女達もこれから戦場へと赴くのだ。座して男達の帰りを待つなどといった、大和撫子は、この世界には存在しない。
男尊女卑、女尊男卑。そんなものは、言葉すら存在しないのだ。
魔法が使えるこの世界において、腕力の差など、大きな問題とはならない。ゆえに、戦える者は戦う。最もわかり易い構図だった。
「全員に武器と防具は行き渡りましたか?
火薬なども忘れないように気を付けてくださいね」
「そうね、準備は大事よー。向こうに行ってから忘れ物に気が付いても遅いからね。
今のうちにお手洗いも済ませておいた方が良いわよー」
「……お姉ちゃん。さすがに、お手洗いの時間はまでは無いです」
「あら、そぉなの?」
戦闘直前の緊張からにじみ出る張り詰めた空気の中で、突然始まった息の合った姉妹の漫才に、周囲からは、クスクスっと笑い声が漏れる。
どうやら、過度な緊張は解けたようだ。
まぁ、漫才姉妹は、意図的にしたことではないのだが……。
「最終確認、終わった?」
「うん。こっちは大丈夫だよ。
クロちゃんも大丈夫?」
もちろん、と頷いたクロエは、一度だけ周囲を見渡した後、はじめるよー、と宣言してから、体内に眠る魔力を高めていく。
「コアちゃん。サポートよろしくね。
魔力さん。ここに居るみんなを遠くに連れて行ってほしいな。お願いね」
そして、いつものように、お願いごとのような詠唱を唱えたクロエは、体内から抜け出る魔力の量を肌で感じながら、この場に残す仲間に視線を送った。
「それじゃ、行ってくるね。
戦果を待っててよ。ノアお姉ちゃん、ミリアお姉ちゃん、お兄ちゃん」
そんな言葉を残して、クロエと大勢の女達が光に包まれ、その姿を消し去った。
金属の擦れる音が響いていた洞窟内が、急激に静まり、その場には、3人の男女だけが残された。
「…………なぜ、バレた?」
その場にいるのは、ノアとミリア、それから、勇者ハルキ。
「兄様。それ、本気で言ってます?」
「あれー? ハルキくん、隠れてたつもりだったの?
なんで話しかけてこないんだろうって、ずっと思ってたのよー?」
木を隠すには森の中。人を隠すのには人の中。
ただし、竹林の中に、広葉樹が1本混じっていたら、逆に目立つのだ。
「くっ……。オーラか。俺から溢れ出る、勇者のオーラが仇となったか……」
「……そうですね。はい」
残念な子を見るような眼で、ノアが勇者ハルキを眺める。これも愛情表現なのだろう。…………たぶん。
「それでー? ハルくんは、なんでここに居たのー?」
「そうですね。お姉ちゃんの割に、良いことを聞いてくれました。
さぁ、兄様。尋問のお時間ですよ」
うりうり、キリキリ吐きなさい、と言った雰囲気で、ノアが勇者ハルキへと詰め寄る。
怒ったような雰囲気は感じないので、今のところは、義妹による義兄へのスキンシップである。……いまのところは。
「いや、あのですね。そのー、えっと、まぁ。あれですよ。えー、難しい質問ですね。
その件に関しましては、一度、持ち帰り、上の者と相談させて頂きます。必ず、色よい返事を――」
「兄様」
「ハルキくん。言っちゃった方が良いとお姉さんは思うわよー?」
「…………はい。ごめんなさい。
えーっと、……こっちの戦闘に、参加、出来ないかなー、なんて。あはははー」
どうやら勇者ハルキは、男達の戦いに参加させてもらえないからと、女達の戦いの場へ紛れ込んだようだ。
最早、末期である。
「兄様。今回の戦いにおける、本拠地の場所って、覚えておられますか?」
「……えー、あー、うん。覚えて、は、いる。
そ、そうだ!! 補給部隊の方は? 人手って足りてる? もし、足りてないようなら――」
「お姉ちゃん。勇者様を本部まで送り届けてもらえる?
補給の方は、私が指示を出しておくから」
「うん。お姉ちゃんに任せといて。
それじゃ行くよ、ハルくん」
「…………」
サラに追い出され、クロエに置き去りにされ、ノアに参加を拒否された勇者ハルキは、保護者に付き添われて、自分の居場所へと帰って行った。




