<3-29> 魔女王降臨
時は少しだけ戻り、王国兵敗走の少しだけ前。
指令室に身を寄せていたサラとアリスは、歩くようなスピードでゆっくりと勇者国へと近づく第2王子の姿を眺めていた。
念のため、ってことで、弓と銃による一斉攻撃を仕掛けてみたが、案の定、見えない盾によって防がれてしまった。
そんな結果を受けて、アリスの顔に不安が宿る。
「……ほんとうに、大丈夫なんでしょうね?
あの盾を破壊しないと、手も足も出ないわよ?」
アリスの言葉は事実である。現に、勇者国から放たれる攻撃は、そのすべてが無駄となっていた。
「昨日に続き、今日もアリスらしく無いね。
けれど、心配しなくても大丈夫だよ。鉄壁対策は完璧だからね」
「……ふん。やけに自信満々じゃない。そっちこそ、サラ姉らしくないわよ。
まぁいいわ。付与姫様のお手並みを拝見させてもらうわよ?」
「ひきこもりの付与姫か、懐かしい呼び名だね」
それじゃぁ、始めようか、とサラが伝令に合図を送る。
それまで鳴り響いていた銅鑼の音や破裂音が消え去り、サラの手に赤い魔玉が渡った。
赤い魔玉を眺め、1度だけ深く息を吐きだしたサラは、目を閉じて、深く息を吸い込む。
「執行者名、サラ・オオヤマ。執行魔法、吸魔能力の付与。執行レベル、最大。
保有魔力、体力、共に異常なし。
…………魔法執行」
淡々と紡がれるサラの言葉に合わせるかのように、彼女の手に乗った赤い魔玉の色に暗さが増す。
赤から朱、朱から葡萄、そして詠唱が終わる頃には黒色にまで変化していた。
「……やけに、禍々しいじゃない」
「そうだね。まぁ、見た目には、目をつぶってくれると嬉しいよ」
アリスの指摘に、苦笑いを浮かべたサラは、自身が手に持つ魔玉をまじまじと眺めた。
黒一色のそれは、アリスの言葉通り、禍々しい風合いで、魔王を生み出すための秘宝と言われても納得しそうな雰囲気すら感じる。
もし、ダンジョンの宝箱の中からこれが出て来たら、絶対に触ることは無いと確信出来る。そんな見た目だった。
国の代表は漆黒のカラスを操り、姫は暗黒の玉を生み出して人々を恐怖に陥れる。
代表は、奴隷に自分のことをお兄ちゃんと呼ばせており、決戦前夜には、全員に力を与えると言って、謎の集会を開く。
どう考えても、正義とは正反対の集団だった。そろそろ国の名前を魔王国と改名するべきだろう。
「仕上がりに問題は無いね。それじゃ、攻撃を開始するよ」
暗黒物質を眺め、にやりと笑った魔王の嫁……、ではなく、勇者国の王妃サラは、指令室から壁の上へと渡り、眼下に迫る兄、王国の第2王子に向けて、暗黒の魔玉を投げつけた。
サラの手を離れた魔玉は、重力に従い、放物線を描いて、第2王子へと向かう。
「弓、銃、共に斉射。3連撃の後に待機行動に移行。
斉射開始!!!」
サラの号令に合わせて、矢と鉛の玉が壁から放たれ、敵兵へと向かう。
そして、見えない何かに阻まれることなく、無防備な第2王子の近衛兵達に降り注いだ。
「…………おぉぉぉぉおぉぉおおおおおおおお!!!!!」
しばしの静寂の後に訪れる、歓喜の声。
そんな勇者国の兵とは対照的に、王国の兵達から、混乱の声が発せられた。
「ふーん。なかなかやるじゃない。
いまのも、付与魔法なの?」
「そうだね。その通りだよ。
ボク達は無意識のうちに、周囲の魔力を体内に取り込んでいる。その能力を増幅させて付与したんだ」
魔法は魔力の塊だから、これを使えば、どんな魔法でも吸収して消滅させれるよ。と話すサラを前に、アリスは目を白黒とさせ、静かにうなずいて見せた。
残念ながら、アリスが理解出来る範囲を超えた現象だったようだ。
ちなみに、暗黒魔玉の欠点は、サラ以外が触ることが出来ず、自動的に空気中の魔力も吸収してしまうために長期保存が出来ないなど、取り扱いが面倒な点だった。ゆえに、サラ本人がその場で作っては投げ、作っては投げ、を繰り返すしかない。
「それにしても、良くそんなことを思いついたわね。
どうせまた、ダーリンの発想でしょ?」
「そうだね。その通りだよ。
『寝て起きたらMP全回復とか、ゲームかよ。吸魔とかそんな感じの能力持ってるんじゃね?』とか、言っていたね。
そう思うよな、とか聞かれても、返答に困ると思わないかい?」
「魔力回復が吸収能力ねぇ……。
ほんと、ダーリンってば、ダーリンなんだから……」
「良くも悪くも、この世界の常識外の人物だからね」
呆れ半分、称賛半分である。だが、決して悪口を言っている訳では無いのだ。
…………たぶん。




