<3-26> 指令室より
「来ちゃったわよ、王国の連中。
ほんとに大丈夫なんでしょうね?」
「おや? アリスが弱腰になるなんて珍しいじゃないか、どうしたんだい?」
「な、なによ。アリスは弱腰になんて、なってないわよ。
一応、聞いてみただけなんだからね!!」
「そうなのかい?
質問の答えだが。ボクは勝てると思っているよ。準備は万端だからね」
王国の兵が勇者国の周囲を封鎖してから1時間。
サラとアリスは、外壁の中央に設置された指令室で、自分達に向かって突撃してくる敵の姿を眺めていた。
どうにも不安なのか、終始そわそわとしているアリスに対して、サラは、堂々と敵を見下ろしていた。勝てると思っていると言った言葉に、偽りは無いようだ。
そんな彼女達が居る指令室から目を横に向ければ、600人もの人々が、ずらーっと壁の上に並んでいるのが見える。
「ひとりぼっちで、ハルキを呼び出したのが、嘘のような光景だね。
ハルキはもちろんだが、アリスにも感謝しているよ。ありがとう」
「…………そういうことは、この戦いに勝ってからいいなさいよね」
頼もしい高い壁に、頼もしい深い堀、そして士気の高い頼もしい仲間達。
気が付けば、アリスのそわそわも収まっていた。
サラ同様、彼女もひとりぼっちで生きてきた。たしかに味方より敵の数のほうが多いが、自分ひとりで戦っていたあのころよりは、ずいぶんと勝率が高いように思える。
そんな過去を思い出す2人の前で、突撃してきた王国の兵士が、弓の届く範囲に入った。
事前に壁の上から弓を放ち、刺さった場所に赤い杭を打ち付けてあるので、壁の上から見下ろせば、だれでも一目でわかる。
ゆえに、壁の上に陣取った人々の緊張が徐々に高まり、誰しもがギュッと力をこめた。
「放て!!」
サラが鋭く指示を出すと、そばに控えていた男がパシャーンと銅鑼を叩いた。その音を合図に、壁の上から一斉に放たれた矢が、きれいな放物性を描いて、突撃する兵士の頭上から、雨のように降り注ぐ。
王国の兵士達も、左手に持った盾を傘のように頭上に掲げ、矢から身を身を守る。だが、当然、一斉に放たれた矢をすべて防ぐことなど出来るはずもない。
盾で受け損なった矢が、腕や足にあたり、至る所から、うめき声があがった。
「うん、大丈夫だね。
そのまま、斉射を続けて貰えるかい?」
「イエッサー」
無論、勇者国が降らせる矢の雨が、1回で終わるはずもなく。一定の間隔でならされる銅鑼の音に合わせて、次々と矢が降り注ぐ。
腕や足に傷を負った者が、重たい盾を頭上で掲げ続けることなど出来るはずもなく、1人、また1人と、命の灯火が消えていった。
だが、それでも彼等は、その歩みをとめることは無い。少なくない犠牲を払いながらも、着実に壁との離を縮めていく。
「梯子を回せ!!」
「応よ!!」
そして、突撃部隊がその数を半分にまで減らした頃、その先頭がついにお堀へと到達した。
すかさず後ろで待機していた部隊が、木の板で穴を塞いだ梯子を戦場へと運び入れる。それが、人の手を伝って鉄の傘の下を潜り、先頭まで来ると、お堀の上を渡った。
頼り無いながらも、通行止めだった場所に、1本の道ができる。
それは、簡易の橋だった。
1本、また1本と、お堀の上に橋が架かる。
「進めーーーーーーー!!」
「「「おぉおぉぉぉおぉぉおおおおおおーーー!!!!!」」」
後ろから押し出されるように、命がけで架けた橋の上を男達が走り出した。
残る関門は、1枚の壁のみ。
堀に架かった橋と同じように後ろから梯子を入れれば、勇者国制圧も時間の問題。褒美と共に家族のもとに帰れる。
王国兵の誰しもが、そのような事を思い描いた頃。突然、壁の陰に、光が差した。
どうやら、壁に無数の穴が開いたらしい。そしてその穴から、にゅっと、鉄の菅が伸びてきた。
「はぁ、はぁ……。っ……。
サラ姉……。ちょっとだけ、……休むわ」
「あぁ、構わないよ。アリスは、十分に仕事をしたからね。
ゆっくりと休んだら良いよ」
「……ちょっと、だけよ。……ちょっとだけ」
壁の穴は、アリスが土魔法で開けたもの。
実際は、カモフラージュのために塞いであった表面の土を除去しただけで、実際に穴をあけた訳では無いが、その数ゆえに、アリスはすべての魔力を注ぎ込む必要があった。そのため、疲労困憊である。
あとは頼んだわよ、と小さく呟いたアリスは、満足そうな笑みを浮かべたまま、意識を手放す。それと同時に、破裂音が周囲に響いた。
橋を渡った者が血を噴き出しその場に倒れ、橋を渡っていた者が足を踏み外しお堀へと落ちる。
突然の惨劇に見舞われた突撃部隊は、その足を完全に止めていた。
「おい、今の音って、勇者の魔法攻撃じゃねえのか?
なんでこんな大量にやられてんだ!?」
「知らねぇよ!!
知らねぇが、逃げるしかねぇな」
「バカ野郎。列を乱すな。
敵じゃなくて味方に殺されるぞ」
壁に開いた無数の穴、銃眼から発射された鉛の玉が、直線的に王国の兵士を襲う。そんな銃弾と呼応して、頭上から矢が降り注いだ。
勇者国の壁は、意図的にジグザグに作られている。ゆえに、壁に近づけば、前方だけでなく、左右からも銃弾を浴びせられることが可能だった。
前、右、左、上と4方向からの攻撃に対して、普通の盾しか持たない兵士達に対抗する手段は無い。しかし、唯一の逃亡先である背後には、第2王子直属の近衛兵が見張りとして配備されており、逃げることすら叶わない。
ゆえに、突撃部隊の兵士達は、ただ前へと進み、その命を散らすのだった。
「とりあえずは、大丈夫そうだね。
敵に変化がない限り現状を維持、補給部は――おや?」
矢が尽きる、銃弾が尽きる、敵が策を講じる、そのような不測の自体が起こらない限り、勇者国に敵が入り込むことは無い。そう判断したサラの目が、壁の上に居る不審な人物を捉えた。
壁の上に居る勇者国の兵達は、全体の7割が銅鑼の音に合わせ一斉射撃を行い、残りの3割は、自分のタイミングで弓を放っている。
そんな人々の中で、たった1人だけ、弓以外の武器を手に動き回る者が居た。
「…………伝令。あの者をここに連れてきてくれるかい?」
「はい?
あー、あのひとですね。かしこまりました」
それから数分後、指令室に1人の男が連行されてきた。
相手が何かしらの言葉を発する前に、サラが鋭い視線を向ける。
「キミは、壁の上で、何をしていたんだい?」
怒りを無理に押さえつけているような声、誰がどう見てもサラは怒っていた。
「……いえ、あのですね。それが――」
「残念ながら、君は言い訳を口にする権利は無いよ。
キミは自分の立場を理解すべきたね」
「……俺も戦いたいなー、なんて――」
「勇者殿」
「いえ、はい、……ごめんなさい」
勇者ハルキは、王妃サラの圧力により、勇者国の中央へと帰っていた。壁の上で必死に戦う仲間の姿を振り返り、俺にも仕事くれよー、俺も役に立ちたいんだよー、と嘆きながら。
その後、数時間で突撃部隊が全滅。それ以降は、両軍が睨み合いを続けたまま日が沈み、開戦初日が終わった。




