<3-24> 王国兵、進軍始めました
「……先輩、勇者様って強いんですか?」
「ん? そりゃおめー、勇者様は強いさ。なんたって、勇者様だからな」
「そうですよね……」
王都から勇者国がある洞窟に向かう道のうえ。
1000人規模の人々が列を組み、ゆっくりと進むその列の中で、2人の兵士がのんきに私語を楽しんでいた。
「けどな、強い勇者様ってのは歴代の勇者様の話だ。
今から攻め込むところの勇者様は偽物だからよ。心配しなくても、普通に勝てるさ」
「あれ? そうなんですか?
敵国の勇者が単体で王都に攻めて来たのを取り逃がしたって聞きましたよ?」
「あぁ、1年ほど前のあれな。たしかに取り逃がしたのは、取り逃がしたんだがよ。偽勇者はアルフレッド王子の魔法に、手も足も出ずに逃げてったんだ。
今回、攻め込まれる立場の偽勇者に逃げ場は無い。王子が本気になれば、偽勇者なんて赤子同然ってことだ」
硬い鎧に身を包み、扱いなれた武器を手に持つと、人は気が大きくなる。
自分の周りにも同様の装備を整えた味方が1000人規模で進軍しており、それがほかにも4隊。さらに、敵はその1隊分にも満たない数だと聞かされれば、戦争へ向かう不安など吹き飛ぶであろう。
ゆえに、見た目を除けば、集団でピクニックでも行くかのような雰囲気だった。
「なるほど。今回の進軍は安泰ってことですね」
「そういうことだな」
「ん? それじゃぁなぜ、勇者国なんて物をずっと放置してたんです?
すぐにつぶしてしまった方が良かったんじゃないですか?」
「あー、それな。
どーも、兄弟喧嘩が白熱しちまって、勇者国どころじゃなかったらしいんだわ。でもって、あまりにも放置しすぎて、すこしばかり力をつけちゃったようだからってんで、兄貴が折れて弟が全軍引っ張り出したって流れだな。
まぁ、実際のところ、弟は戦果を挙げて王に近づきたい、兄は弟の目が戦場に向いている間に地盤を固めたいって思惑らしいから、これも兄弟喧嘩の一端に過ぎないってことだな」
「なるほど。政治ってやつですね」
実際は、カラスによって入手した情報を敵側にリークすることで兄弟喧嘩を激化させ、開戦時期を延期させるという勇者国の罠による成果も含まれいるが、そんな情報を一般の兵が知るはずもない。
むしろ、いまだに勇者国の罠だと知らず、朝起きると枕元に敵陣営の情報が書かれた紙が置いてあるという状況から、一部では神託とさえ言われ、有り難く思われている始末だ。
「それにしても先輩は物知りですね。どこでそんな情報仕入れたんです?」
「ふん、俺くらいの勤続年数になれば、聞きたくなくても情報が向こうからやってくるんだよ」
「へー、そういうものですかー」
ただし、お気楽なのはただ命令に従って動いている者だけであり、上層部の方は早くも戦争状態だった。
内戦状態に近い形でにらみ合っている王国では、兄弟が互いに引き抜きや暗殺を繰り返したことで、優秀な人材の流出や喪失が起こっていた。そして、今回の作戦は王都に在住するすべての兵を投入するほどの大規模なものであり、そのような人数を指揮したことがある者など王子を含めて皆無であった。
しかし、だからと言って、規模を縮小する訳にはいかない。兄から指揮権を奪い取った第2王子としては、自分の力をより強くアピールするために、今回の戦争はより大きく、より派手なものにしなければならないのだ。
そのための苦肉の策として、王国軍は全体を4つに分けた。互いに連携を図りながらも独自に動くことで、大群故の不具合を解消することにしたのだった。また、風評被害も考え、4方向から攻めることで勇者の逃亡を阻止する狙いがある、との建前も流布させている。
そんな4つの軍のうちの1つ。オルフェノン子爵が指揮する軍に緊張が走ったのは、王都を出立してから4時間ほどが過ぎ、疲れによって兵士達の私語が減りつつあったそんな頃である。
「王国軍第2大隊の皆様。どうやらお疲れのようですね。そんな君達に耳寄りな情報があるんですよ」
突然、周囲から若い男の声が響いてきた。
「あっ、申し遅れました。わたくし、勇者国の代表をさせていただいております大山春樹と申します。以後、お見知りおきを」
勇者国の代表。
そんな言葉が出た瞬間に進軍の足は止まり、兵士の間に緊張が走る。
「勇者国の代表!?
先輩、これなんですか??」
「落ち着け、落ち着いて周囲に注意を向けろ!! 些細なことでも見逃すなよ!!」
「はいっす」
待ち伏せ、罠、設置型の魔法。自分達にとって不利な何かが起こる。そんな予測をした王国軍の兵士者が、必死に盾や剣を構えるものの、勇者を名乗る者の声が聞こえてくるだけで、特に何かが起こりそうな気配は今のところ無い。
状況がうまく掴めず、剣に手をかけて周囲を見渡す兵士達をしり目に、勇者はゆっくりと言葉を紡いだ。
「えっと、まず、先頭を行く短髪の彼。そう貴方ですよ。
あなたの妻ってシエスさんですよね?」
王都に残してきた妻の名を聞いた瞬間、男は酷く寒気を覚えた。そして、最悪の予想が脳内を駆け巡る。
「あっ、慌てなくて良いんですよ。別にあなたの妻を人質に取ろうとかそんなことはしませんから。私こう見えても勇者ですので、卑怯な手はつかわないんですよ」
そんな言葉が続けて聞こえてくるが、安心できる要素など一切ない。だが、そんな男の反応をまるで無視でもするかのように、勇者は言葉を続ける。
「おっと、話がそれましたね。そのあなたの妻なんですが、先月の26日、家に帰らなかったですよね? そして貴方には泊り込みで仕事だったといいましたね?
あれ、実は嘘なんですよ。そして、その真相を話すにうってつけの人物がこの中に居ます。…………ねぇ、すこしだけ後ろを歩く、ジェルムくん。あなたなら、詳しく話せますよね?」
男達の視線が自然と1人の男、ジェルムに向けられる。
「……ジェル、どういうことだ?」
ジェルことジェルムくんは助けを求めるかのように視線を彷徨わせ、額からは汗がダラダラと噴き出していた。どう考えても、何か隠し事をしているときの反応だ。
「話してあげてくださいよ。あの夜のことを」
「…………」
闇夜に潜むカラスさんは知っている。ジェルムくんとシエスさんは不倫の関係だということを。
「まぁ、あとはお2人にお任せってことにしておきますか。……おっ、そこに居るのはオルフェノン子爵じゃないですか。貴族様が遠いところをご苦労様です。
大丈夫ですよ、ちゃんと子爵の情報もありますから、安心してください。
えーっと、お、あったあった。貴方が賄賂を受け取った証拠を隠してある戸棚なんですがね、実は直属の部下の1人が開いて、中から紙を1枚だけ持ち出してるんですよ。ご存知でした?」
「…………戯言を申すな。我は不正などせぬ。
皆の者、敵の言葉に乗せられるでないぞ!!」
「おぉー、さすが子爵様ですねー。演説が堂々として居られる。
けど、いいんですか? その1枚。シュルッツェ子爵の手に渡ったんですよね。大丈夫なんですかねぇ?」
「…………」
カラスさんは知っている。王子だけじゃなく、子爵同士でも足を引っ張りあっていることを。
ちなみに、証拠を持ち出した部下は存在しない。持ち出したのはカラスさんだ。
「さぁ、次は誰が私の話を聞きますか?」
その後も勇者の攻撃は続き、残る3つの軍でも、言葉による爆撃が繰り広げられることになった。
文学フリマ短編小説賞用に短編を投稿してみました。
『富士の樹海とドラゴンと文学少女』
http://book1.adouzi.eu.org/n5961di/
15分程度で読める作品なので、こちらも見て頂けると嬉しいです。




