<3-18> 米を炊こう 8
「勇者を追い詰めたって聞いたんだけど、どんな感じ?」
「報告いたします。
敵は現在、あちらの倉庫で立てこもっております。倉庫周辺は、人払い、包囲共に完了しておりまずが、勇者の遠距離魔法に阻まれ、身柄確保には至っておりません」
「なるほどねー、鬼ごっこは最終決戦かー、いやー、楽しいね」
勇者発見から30分程度。
第2王子の軍は、再び勇者達を追い詰めることに成功していた。
しかし、それは彼等の手腕によるものではない。
勇者国の建国宣言以降、その存在を重く受け止めた王子達は、部下に命じて、その取締りを強化していた。
その中でも、演説の媒体となった魔玉の制限と勇者に関しての情報操作には、特に力を注いでいる。
魔玉に関しては、すべての玉に王家の紋章を烙印し、専門の部署を作って、その所在を管理していた。
勇者に関しては、黒髪は悪魔の象徴だと噂を流し、怪しい者はすべて処刑にする通告を出した。また、黒髪の男の情報を提供すれば、それなりの報酬が貰えると宣言し、一般市民からの情報提供を求めていた。
それらの政策があったお陰で、店から逃げ出した勇者達は、その行き場をなくした、という訳だ。
ちなみに、それらは第2王子の発案であり、魔玉の管理に成功し、魔玉税なるものの導入に成功したお陰で、王家の金庫は潤い、第2王子は、その影響力をさらに強めることとなった。
「よし、それじゃぁ、勇者の顔を見てこようかな。
あのときは、遠くてあんまり見えなかったからね」
200人ちかくの兵士が勇者の立て篭もる蔵を包囲しながらも、反撃を警戒して突入できない中、突然、第2王子が兵士達の前へと躍り出た。
「勇者くん、居るー?」
友人の家でも訪ねるかのような軽い足取りに楽しそうな笑顔でテロリストに近づく。
そんな第2王子の無謀な行動に、周囲は唖然とし、一瞬の間を置いて我に返った親衛隊長が、慌ててその後を追いかける。
「ちょ、王子!!
すこしお待ちください。相手は――っく!!」
伸ばした腕が王子の肩に触れる、そう思ったとき、勇者の立て篭もる倉庫から、パン、と勇者が魔法を放つ音が周囲に響いた。
そして、倉庫から飛び出した1発の魔法は、真っ直ぐに王子の額へと吸い込まれ、その場に真っ赤な血が噴出す……かに思われたが、王子は何事も無かったかのように、親衛隊長の方へと振り向いた。
「んー? どうかした?」
勇者の遠距離魔法の効果は、通報があった店の前で見ているものの、王子に慌てた様子は一切無い。
「ふぅ、……。いや、どうかした? ではありませんよ。
相手は勇者なんですよ? 何かあったらどうするのですか?」
「まぁまぁ、そんな怖い顔しないよ。
それに大丈夫だったじゃん。鉄壁の王子の名は伊達じゃないって評判が上がったでしょ?」
「……いや、まぁ、そうなのですが」
そんな会話をしている間にも、蔵の方からは数回の爆発音が聞こえている。だが、王子や親衛隊長が血を流すことは無い。
鉄壁。それが第2王子の通り名だった。
「相手は勇者なのですよ? もし王子の魔法が効かないなんて事があったら……」
「いやー、だって、こんな面白い行事なのに、後ろで見てるなんて退屈じゃんかー。
それに、何も無かったでしょ」
勇者が放った魔法は、王子に当たる直前に、見えない壁にでも阻まれるかのように、跡形も無く消え去っていた。
魔法の範囲はかなり広く、王子達の様子を見ていた兵達が、『さずが王子だ』などと口々に近寄って来ていたが、そちらに向けて放たれた勇者の魔法も、王子によってかき消されていた。
「いや、まぁ、そうなのですが……。
いいですか? 王子は現在、御忍びなのです。あまり派手な行動はしないでください」
「……あー、そうね。御忍びね。そういえば、そうなってたね。
うーん。……まぁ、これで勇者は手も足もでないし。後は皆に任せてもいいかな。
……あ、でも、突撃の号令だけはやらせてよ。そのくらいならいいだろ?」
「……わかりました」
渋々頷いた親衛隊長を尻目に、王子は無邪気な笑顔を見せる。
勇者 VS 王子の魔法対決は王子に軍配が上がり、その威力を完全に封じ込めた。
敵の戦力は未知数とはいえ、あちらは子供が3人、こちらは成人が200人。
もし仮にこの中を抜け出したとしても、黒髪では門を抜けることは出来ず、高い塀を越えるにしても、昼間では相当に目立つ。
最早、こちらの勝ちは確定していた。
「王国の精鋭達よ。今君達の前には、勇者を語る不届き者が立て篭もっている。
たしかに、敵の魔法は強力だったが、いまや、その威力は見る影も――ん?」
演説の途中で突然言葉を区切った王子は、徐に手を伸ばし、蔵の方から飛んできた何かをその手で受け止める。そして、ゆっくりと手を開き、その中に握られてた物を周囲に見えるように、高く掲げた。
「あー、もぉー、演説中に攻撃するとか、普通ありえないでしょ。ここからが見せ場だったのになー、あーぁ、しらけたー。
……えーっと、勇者だなんて言ってるけど、攻撃が効かないからって石を投げてくるような人間だよ?
どう考えても偽者でしょ。癇癪を起こして小石を投げるなんて、子供だよ、子供。そう思わない?
第2王子の名で約束しよう。あそこに居る偽勇者を捕まえたら、その者には貴族の称号を与える。……まぁ、どの席になるかは、その者次第だけどね。
それじゃ、全員の首を僕の前に持ってきて。突撃ーー!!」
「おぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉ」
ある貴族曰く、貴族と平民では、人間とゴブリンくらいの差がある。そんな言葉が飛び出すほど、貴族はどんな場面でも優遇されていた。ゆえに、夢のような褒美を前にした平民達は、我先にと蔵の中に流れ込む。その様子は、福袋に殺到する乙女達のようだ。
そんな平民共を眺め、溜息を吐き出した後で、無邪気に笑う王子に苦言を呈す。
「……よろしいのですか?
私の記憶違いでなければ、情報提供者である店の者に、助命を約束していたと思うのですが……」
「んー? あぁ、そんなこともあったねー。
けど、いいんじゃない? だって、僕、どの子が助命対象か知らないし。
それにあれだよ? あの男、身内だって言ってたでしょ? なら、連座で死刑だよね。それを情報のお礼に助けるってことで、良いんじゃないかな」
「…………そうですね。畏まりました」
重大な犯罪を犯した者は死刑。その者が住んでいた村の住民は、全員が死刑。その者の一族が処刑されることはあまり無いが、過去に例が無い訳ではない。
故に、王子が死刑だと言えば、死刑は確実だった。
平民の命など、所詮その程度の物であり、死刑囚との約束など、1枚の紙よりも軽い。
「報告いたします。
突入部隊より、報告が着ております」
「おっ、早いねー。勇者の首は?」
それから5分後、王子のもとに予想外の成果が届いた。
蔵の中に人影は無く、怪しげな穴があるだけだったと。




