<3-17> 米を炊こう 7
「なっ!!! アルフレッド王子!? 親衛隊!?
……し、失礼しました」
「いいよいいよ、跪かなくても、今の僕は御忍びだからね。
それで? 勇者らしき者が居るんだって?」
「はい。あそこにあります店の主より、客として勇者が来た、との通報を受けました。
顔を知る者が確かめたところ、髪の色は違うが勇者によく似ている、とのことです」
城内にて書類の作成に飽きを感じていた第2王子は、部下からあがってきた目撃情報を耳すると、書類を放り出して城下へと飛び出した。
彼の机の上には、王子本人のサインが必要な書類は山ほどあり、もしそれが滞れば、国全体が苦労をすることになるのだが、そんなことはお構いなしだ。
だって書類仕事って、面白くないんだもん。それが王子の言い分だった。
どう考えても、国の重要なポジションに着かせるべき人間では無いのだが、血筋に優れ、使える魔法が有能であり、そしてやる気を見せたときの優秀さが群を抜いているため、第1王子ですら彼を蹴り落とすことが出来なかった。
面白そうなものにはとりあえず首を突っ込み、騒ぎを起こしては周りを巻き込む。そのため彼の親衛隊は、いつどのようなタイミングで指令が下されるか、トップである親衛隊長でも、予想すら出来ないレベルだ。
そして今日もまた、護衛対象が城を飛び出したと通達され、必死に後を追いかけるのだった。
「……王子。申し訳ございませんが、城を出る祭は、私に一言申していただきたいと何度も――」
「あー、ごめんごめん。けど、今日は急ぎだったからさ――おっ! 出てきた出てきた。
へー、あれが勇者かぁー。見た目は普通なんだね。もうちょっと面白い人を想像してたんだけどな。そう思わない?」
「……はぁ。……今後は気をつけていただきますよう、宜しくお願いします。
……勇者の見た目に関しては、同意権ですね。女性受けが良さそうな顔をしていますが、武力に関してはダメそうな印象さえ受けます」
親衛隊の到着と同時に、件の店から3人の男女が飛び出してきた。そして、一目散に走り出す。
見張りの兵士などは、物陰や屋根裏などに隠れて様子を伺っていたのだが、走り去る相手の様子を見るに、こちらの存在が事前に知られていたのだろう。
「ここは通さねぇ――がは」
「っち、遠距離の魔法使い――っつ!!」
店の前の大通りを門の方へと走る3人の前に、行く手を押さえるべく配置されていた2人の兵士がすかさず前へと立ちはだかったものの、勇者だと思われる男性がその手に持った金属製の物体を握り締めると、パン、と言う騒音と共に、片方の兵士が、足から血を流して、その場に倒れこんだ。
そして勇者が残る兵士の方に向き直ると、またしても騒音と共に、足から血が流れる。
「なっ!? …………くっそ。
……何をしている。追え!!」
2人が足止めできた時間は、10秒も無かっただろう。
そんな光景に思わず呆気に取られていた兵士達は、上司に叱咤されると、及び腰になりながらも、逃がすまいと勇者の追跡を開始した。
「ははは、いやー、華麗に逃げられちゃったねー。
あれが勇者の魔法かぁ。遠距離で詠唱なし、連続使用も可能。うーん、中々な性能みたいだね。いやー、さすがさすが」
「いや、笑い事ではございませんよ。
武勇の欠片も感じないと思っておりましたが、見た目に反して、中々骨が折れそうな相手ではありませんか……」
結局勇者は、王子と親衛隊が隠れていた路地とは反対側へ走っていったため、彼等は高みの見物である。
そんな彼等のもとに、現場の責任者の男が、顔を青くさせてやってきた。
「……誠に申し訳ございません。
包囲が完了する前に察知されるだけでなく、あの2人が一瞬で抜かれるなどとは……」
「いやいや、いいよいいよ。僕も勇者の能力にはびっくりしたからね。仕方ないよ。
それにどうせ王都からは逃げられないんだしね。お粗末な変装は解けちゃったからさ」
王子の言葉通り、店から出てきたときには灰色の髪だった勇者だが、いつのまにか艶のある黒髪に変化していた。
「……ありがとうございます。お手数をお掛けしました」
「いやー、勇者との鬼ごっこは楽しいねー」
目の前で敵の大将に逃げられたというのに、なぜか楽しそうな王子は、現場の責任者に『それじゃ、勇者が見つかったら教えてね』と言い残して、勇者が訪れた店へと向かった。
「んーっと? 君が店主? 通告してくれた人?」
「は、はひ」
いきなり現れた国のトップ2に驚く店主。
その表情には、はっきりと恐怖の2文字が泳いでいる。
「いやー、ありがとねー。なかなかに面白いものを見させてもらったよー。
その御褒美に何かあげようと思うんだ。えーっと、何がいい? 王家御用達の看板でもあげよっか?」
魔法の国でナンバー2の権力を持つ彼が叶える事の出来る願いの幅は広い。それこそ魔法のランプにお願いするレベルだ。
いきなりそんな幸運が舞い込んだ店主は、すこしだけ頭を下げると、はっきりとした口調でその願いを口する。
「ノアとミリア。
勇者に騙され、その部下となっている私の姪っ子、2人の助命をお願いします」
もともとそれが、情報提供時に軍に約束させた内容だった。
ノアは商品部門の責任者、ミリアに至っては勇者の妻である。鶴の一声でも無い限り、処刑は確実だった。
王家御用達の看板は、商売をする者なら全員が憧れる最高の称号。店を継いでからずっと願い続けた物ではあったが、あの子達の命以上の物では無い。それが店主の偽らざる気持ちだった。
そんな店主の懇願にたいして、わかったよー、と言い残し、王子はその場を後にした。




