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<3-16> 米を炊こう 6

「玄米様ーーーーー!!! ひゃっはーーーーーーーー!!!」


「あまあま、ふわふわ。

 んみゅーーーーー。しあわせー」


「…………ねぇ、ノアちゃん。ちょっと聞いてみたいんだけど……。

 新しい生活は、本当に馴染めているのかい?」


「いや、あの、ですね。普段は2人とも、とっても良い方なんですよ。

 ……なんですけど、食べ物とお米様のことになると、人が変わっちゃいまして……。

 ほんと、ご迷惑をお掛けします」


 今、俺の目の前には、念願のお米様がある。

 見た目だけだった米とは違い、今度のやつは、俺が徹底的に改良した本物だ。


 見た目、香り、艶、食感などの味は勿論のこと、栄養価、焚きやすさ、脱穀のし易さまで完璧な代物だ。


 さらに魔法世界の特色を生かして、どのような気温や土壌でも発育するように改良し、病気に強く、1年を通して生育が可能になっている。言うなればスーパーお米様・改だ。


 まぁ、そうは言っても、痩せた土地で育てれば味は劣化するし、植えた直後に収穫なんてぶっ飛んだ性能には出来なかったのだが、ここまで出来れば十分だろう。


 本当なら今すぐに炊き、味見をしたいところなのだが、生憎とお米様は、俺の手が握れるだけの量しか出来なかった。そのため、食べるわけにもいかない。

 本拠地に持ち帰り、田んぼを作って植え、世話をして収穫、食べれるのはその後だろう。

 

 まぁ、それでも、ずっと食べれないと思っていたご飯を食べれるんだ。そのぐらい待つさ。


 ……あー、いや、でも、一粒くらい、なら…………。


「……な、なぁ、クロエ」


「んふゅう? ほうひあんでふは?」


「…………い、いや。なんでもない」


 右手にフレンチトースト、左手に大きなクッキーを持ち、頬袋を膨らませたクロエは、とっても幸せそうな顔をしていた。

 そんな彼女の手を止めさせ、お米様を取り出させるなんてことは、心に迷いがある俺には出来なかった。


 たぶんだが、これはこの世界の神が俺に与えた試練なのだろう。

 よろしい、ならば俺は、死力を振り絞り、耐えて見せよう。勇者と呼ばれた俺の全身全霊で、この苦行を絶えてみせる。


「俺は、絶対にやり遂げてやる。絶対に耐えてみせるさ。

 待っていろよ、こめーーーーーーーーーーー!!」  


 …………、あ、やべ。声に出てた……。

 おぉう。……店主とノアの視線が痛い……。


「あ、いや。あの。うん。

 ……すいません。あまりにも良い出来だったので、テンションが上がりすぎました……」


「……い、いえ。いいんですよ。

 私も商人です。新しい商材を手にた感動はわかっていますから」


 おぉう。哀れみの篭ったフォローって、余計に痛い……。


「いや、ほんと、すいません」


「ははは、いいんですよ。

 それよりも、お菓子の方はどうですか? お口に合いましたでしょうか?」


「あ、はい。とっても美味しいですよ。

 それこそ、クロエがあんな状態になってしまうほどに」


 この世界に来て食べた物は、どれも味付けが薄い物ばかりで、『なんかちょっと寂しいな、けどあれか、素材の味が生かされてるから、これはこれでおいしいのか』なんて思っていたのだが、ここで出てきたものは、しっかりと甘く、美味しかった。


「そうですか、それは良かった。

 ……と、言いたいのですが、お世辞抜きでお願いできますか?

 一応、こちらの物もうちで扱う商品なんですよ。なので、正直な感想をお聞かせください」


 ……おぉう? どうしてばれた。

 これはあれか? サラが前に『知ってたかい? キミって表情が顔に出やすいんだよ』なんて言ってたけど、その関連か?


 ……まぁいいや、気にしないでおこう。


 たしかに、お菓子は甘くて美味しい。美味しい、のだが……。


「えーっとあれですね。ちょっと、贅沢にお砂糖を使いすぎですかね。

 贅沢を言わせてもらえれば、お砂糖を控えめにして、その代わりに香りを加えたら、より美味しくなると思いまして……」 

 

 この世界で砂糖は高級な物。だから、より多く使った方が高級。ゆえに、クッキーもフレンチトーストも俺には甘すぎた。


 砂糖を控えめにして、シナモンとかココアパウダー、バニラエッセンスを加えてやるべきだと思った訳なんだが、まぁ、それらの物がこの世界にあるか知らないから、そこまでは口には出さないけどな。


「香り、ですか……」


「えぇ、お砂糖は甘くて幸せになる味ですが、その分、香りが薄いのですよ。なので、植物の種や葉っぱなんかで香りが良いものを加えてやれば、舌だけじゃなく、鼻腔にも幸せを伝えられると思うんです」


「香りにも気を使う、ですか。それは考えもしなかったですね。

 いやー、さすがは――」


 そんな話の途中、不意に店主が言葉に詰まった。


「ん? どうかされましたか?」


「あ、いえ。さすがはハルキ様だなと、そのように感心致しました」


「……はぁ、そうでうか。

 まぁ、素人の意見ですから、お気になさらずに」


 どうにも、店主の受け答えがぎこちない気がするが、まぁ、気にしなくてもいいか。


 なんて思っていると、隣でお菓子を頬張っていたクロエが、服の裾を引っ張り、俺だけに聞こえるような声で『お兄ちゃん、見張られてる』と呟いた。


 ん? は? え? 

 見張られてる? 何で? え?


 ……いや、あれか。俺達が見張られる理由なんて、俺が勇者だからってこと以外に無いよな。

 だとすると、兄のどちらかに居場所がばれたのか!?


 ……いや、でも、何故だ? 何故このタイミングで?


「…………」


「あの? どうかされましたか?」


「……あっ、い、いえいえ。

 っと、そういえば、ノア達の最近の話しでしたね。

 えーっと、そうですね。あー、なんなら、本人から話してもらいますかね。

 そんなわけで、ノア、よろしく」


「はーい、了解しました。えっと、あんまり詳しくは言えないんですけど、最近は商品の開発なんかを……」


 とりあえず、店主はノアに任せるとして、今後、どうするか、だな。


 冷静になって考えれば、何故俺達の場所がばれたかなんて、1つしかない。この店が通報したんだ。


 俺達がこの店に入ってから、すでにクッキーが焼きあがるくらいの時間は経過している。もし仮に、街中に居た誰かが俺達の事を知っていて、通報したにしては、敵の動きが遅すぎる。


 店主はノアと知り合いなのだから、事前にミリアとノアの行方を知っていたとしても、おかしくは無い。


 店主の言葉を信じるなら、助けようとして居場所を探ったが、見つけたときにはすでに勇者国の一員だった。

 逆に、最低の人間としたなら、不幸な姉妹の不幸な行く末を探って笑っていたら、どーもテロリストにまでなってた、いやー、あいつ等、落ちるとこまで落ちたな。


 と言ったところだろう。


 通報のタイミングは、御菓子を頼んだとき。大量の御菓子で場を繋ぎ、軍の到着を待つ作戦なんだろう。

 

 ノアは、勇者国の幹部の1人だ。その情報を掴んでいたとすれば、ノアが尊敬する相手イコール勇者。そんな構図も出来上がる。


 テロリストの捜査に協力して王族に恩を売る代償が、高級菓子なら安い物だろう。

 逆に、久しぶりに会った親戚に出す物としては、1番高い物ってのは、すこしやりすぎだ。


 それにさっきの詰まった言葉。『いやー、さすがは』って言葉。あれはたぶん、さすがは勇者様だ(・・・・)とか、そんな言葉が繋がっていたのだろう。


 俺達は現在、目立たないことを目的として、平民と貴族の中間くらいの服を身に着けている。貧乏では無いし、金持ちでもない。そんな服だ。

 ゆえに、大富豪である店主の目から見れば、金の無い貧乏人に見えるだろう。


 そんな奴が、高級菓子について意見をし、さすがですね、ってのはおかしい。食べなれない物だからで終わりだろう。

 だが、事前に俺が勇者、つまりは知恵者だと知っていれば、店主が意見を聞いてきたことにも納得できる。


 現在部屋には、俺達と店主だけ。カラスを使って確認したが、店の周囲に居る怪しい奴は1人だけ。

 扉は閉まっているが、出口は俺達の後ろ。


 とりあえずは、お米様を握り締めてっと。……うっし、逃げますか。


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