<3-15> 米を炊こう 5
ノアの案内で連れてこられた場所は、城のような風貌の店だった。
高級店が立ち並ぶ地区にありながら、周囲の店よりふたまわりほど大きく、庶民感覚丸出しな俺は、『めっさ儲かってんだろーなー、うらやましい』 そんな感想しか出てこなかった。
「いらっしゃいま……」
そして、俺達が入店した瞬間、店主だと思われる男性店員の動きが止まる。
「ノアちゃん?
……ノアちゃんなのかい?」
「はい。お久しぶりです、おじ様」
どうやら、俺達ではなく、ノアの姿を見て固まったようだ。
ノアに話しを聞いてみると、どうやら親戚が経営しているお店らしく、小さい頃に親に連れられて、何度か来ているそうだ。
「いやー、大きくなったねー。……お店がダメになったって噂を聞いて心配してたんだけど、元気そうで安心したよ。
ミリアちゃんは? 一緒じゃないのかい?」
「大丈夫です。今は一緒じゃないですけど、お姉ちゃんも元気ですよ。
ほんとはお姉ちゃんも来たがってたんですけど、お仕事がたくさんあったので、押し付けてきました」
「ふはは、そうかいそうかい。仕事が山盛りなのはいいことだよ」
そう言って目を細めていた店員の視線が、俺とクロエの方へと動く。
その目は先ほどまでとは異なり、どこか探るような雰囲気で、商人らしいそれだった。
「それで? こちらの方々は?」
「あっ、そうでした。
この方は、あにさ――じゃなかった、ハルキさんです。
私達のお得意様であり、代表であり、生産者であり、責任者、って感じですね。
説明は難しいんですけど、あたし達の面倒を見てくれてる人です。隣に居るのが、ハルキさんの妹さんですね」
ノアの説明じゃ、結局俺は何者なんだよ、なんて感想しか出てこないのだが、正直に『勇者です、この国の敵です』なんて言えないしな。
「……おぉ、そうでしたか。保護してくださった方ですか。
いやー、お恥かしい限りなんですが、私共がこの子達の不遇を知ったときには、すでに行方知れずになってまして。ずっと途方にくれて居たんですよ。
この度はノアとミリアを助けて頂き、本当にありがとうございました。
ノアもハルキ様に懐いているようですし、今後とも良い関係を続けて頂けると幸いです」
「いえいえ、そんな。お礼を言われるほどの事をした訳では無いですから。
むしろ俺の方が助けられてばかりですからね」
えぇ、本当に、謙遜でじゃなく、マジで助けられてますよ。
……あれ? 今思えば、俺、ノアに何かしてあげれたっけ? 仲間に引き入れただけじゃない?
…………うん、まぁ、うん。
「本当に、ほんとーに。彼女には助けてもらってますね。
俺達には彼女が居ないとダメだって言っても、過言じゃないですよ」
「おぉ、そうですかそうですか。
ノアちゃん。本当に、いい人にめぐり合ったようだね」
「はい」
うむ。このぐらいプッシュしておけば大丈夫だな。うん。
さて、変な事を言って俺が無能だって知られる前に、本題に入るとしますか。
「それでですね。ちょっと仕事をお願いしたいんですよ。
ノアから聞いたんですが、植物の品種改良をしていただけるとか」
「えぇ、もちろんです。それが仕事ですからね。
もとになる種はお持ちですか?」
クロエに頼んで、袋にしまってあった米を机の上に置く。そして、本拠地から持参した魔玉も取り出した。
「……っ!!」
すると、なぜか店主が一瞬だけ驚いた表情を見せる。
「……あーすいません。すこしばかり懐が心もとなくて、魔玉持参ってことで、安くして貰えたらなー、なんて思いましてね……」
出発前、勇者国保有の資金をすべて数え直したのだが、魔法の依頼をするにはすこしばかり心もとなかった。ゆえに、材料持参で交渉してみよう、ってことになっていた。
ミリア曰く、魔法が高いのは王都に出回る魔玉が高いためだから、魔玉を持っていったら、普通は安くしてくれるはずよー、とのこと。
まぁ、ダメだったら、魔玉を買い取ってもらえば良いし、ってことで持って来たのだが……。
「あっ、いえ、……魔玉を持って来られるお客様は中々居られないもので、失礼いたしました。
そうですね。そちらの魔玉を使わせていただけるなら、無料で構いませんよ」
「……いいんですか?」
「もちろんですよ。
材料をそちらで用意していただけるのなら、こちらの損失はありませんし、なにより、ノアとミリアがお世話になっているようですからね。
彼女達が一番辛い次期に何も出来なかった私の自己満足染みた罪滅ぼしだと思ってください。
おっと、そういえば、お客様にお茶もおだしして居なかったですね。これは失礼いたしました」
そういって店主は手元に置かれていたベルを鳴らす。
するとすぐに1人の女性が姿を見せた。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
「あぁ。すまないが、お客様にお茶とお菓子を用意してくれ。
1番ランクの高いやつを頼む」
お菓子、その言葉が聞こえた瞬間、俺の隣でずっと大人しくしていたクロエがシュパっと顔をあげる。
「ふふふ、そうだね。お嬢様方も多いし、少しばかりお菓子を多めに頼むよ」
「……畏まりました」
どうやら店主もクロエの反応に気がついたようだ。
いや、ほんと、うちの食いしん坊がすいません。
さて、さて、さて、さて。
さーーーー、お金の心配も無くなったし、心置きなく、美味しいお米が作れるな!!
「えーっと、魔玉に手を当てて、作りたい植物を想像すればいいですか?」
「え、えぇ、そうですね。それから、そちらの種も一緒に手に持って頂きます。右手に魔玉、左に種って具合ですね。
えっと、早速始められますか? お茶の到着を待ってからゆっくりと、でも良いんですよ?
それに、私事で申し訳ないのですが、最近のノア達の話しもお聞かせ願えれば、なんて思うのですが……」
「あー、そうですね。……別に急いでる訳では無いのですが、お菓子が到着すると、慌しくなる者が居りますので、出来れば先に作ってしまいたいんですよね」
高級店で一番ランクの高いお菓子。うん、確実にクロエが暴走するね。
「近況報告については、その後で、ってことでどうですか?」
「……そうですね。わかりました。
先に仕事を終わらせてしまいましょう」
さぁ、仕事だな。
ヒャッハーーー。お米、おこめ、お・こ・めーーーーーーーーー。
右手、魔玉、よーし。
左手、お米、よーし。
「いきます。
始めてもらえますか?」
「わかりました。私が詠唱を始めましたら改良後の姿を想像してくだい。それではいきます。
心に宿る神よ、かの者の呼び声に答え…………」
えーっと、一番重要なのは、やっぱりふっくらもちもちだよな!!
水分をたっぷりと中に閉じ込めて、噛んだ瞬間のなんとも言えないあの食感。そして、その後に広がるほのかな甘み。
主役でありながら、おかずの味をさらに引き立たせる脇役でもあるあの味。炊き立ての芳醇な香り、あの幸せな香り。
一粒一粒が存在感を保ちつつも、程よい粘り気で一塊となったものを口にいれ、それが徐々に解け行くあの舌触り。
いやー、どれか1つ足りとて欠けて居る訳にはいかないね。すべてが完璧であってこそのお米様ですよ。
サイズは大きくも無く、小さくも無く、色は艶やかな方が良いに決まってる。それに――
「ハルキ様!! 御止めください!! ハルキ様!!」
「……っは」
店主に声をかけられ、妄想の世界から現実へと戻ってきた俺は、自分の左手が異様な光を放っていることに気がついた。
虹色の光りが、米を握り締めた手の中から漏れ出ているようで、『うわ、なんだよこれ、え? めっさ光ってんじゃん』などと思っている合間に、ゆっくりと光りが弱くなり、そして消えていった。
「……ふぅ。……どうやら魔玉の力が足りなかったようですね。
ハルキ様が生み出そうとしている物は、かなり強力な物のようです。
そうですね。今の具合を見るに、魔玉があと2つほど必要、って具合ですかね」
「そうですか。足りませんでしたか。
……クロエ」
「うん」
お菓子と聞いてから、ずっと笑顔が絶えないクロエに頼み、もう2つ、魔玉を取り出してもらう。
「……いやはや、沢山の魔玉をお持ちなのですね」
「えぇ、職業柄、魔玉は手に入り易いので……。
さぁ、続き、行きますね」
小金色の宝石を実らせて頭を垂れる姿は惚れ惚れするよな。
秋と聞いて思い浮かぶのは、あの光景――あ、でも、あれか。折角魔法の世界なんだから、秋じゃなくて、一年中収穫できるようにしたいよな。
そしたら、ずっと新米が食べ放題ないか!! いやー、すばらしい。
けど、あれか、そうすると連作障害とか心配だよな。それ考えると、病気に強いほうがいいよな。うん。
それと……。
「ハルキ様!! ハルキ様!!」
「……クロエ」
「あぃー」
そんなやり取りが、高級御菓子が届くまで続けられた。




