<3-13> 米を炊こう 3
「おにーちゃーん。
ご飯がー、……じゃなかった。街が見えたよー。早く行くよー」
「ふふ、クロ姉は相変わらず元気ですね。
兄様、王都が見えました。もうちょっとですから、頑張ってくださいね」
「……あ、あぁ。……まかせろ」
お前が出来る仕事なんてねぇから!! と言われて、本拠地を追い出されてから3日。
俺は、疲労困憊の体を引きずるように、王都に向けて歩いていた。
本拠地から王都へは、本来なら1日で到着する距離なのだが、敵に知られては拙い、と言うことで、道を使わずに樹海の中を進んできた。
足元は根っこが盛り上がり、目線の高さでは、枝が通せんぼするかのように立ちふさがる。
時折現れる熊や猪などの動物達は、草陰から容赦の無い攻撃を仕掛けてきた。
まさに未開の地。そんな場所を歩いてきたのだが、付き添いの少女2人はずっと元気一杯だった。
飛び出してくる動物相手に、おいしそー、今夜はこれにするね、とコンビニでスイーツでも選ぶような雰囲気で討伐、解体、調理。
1時間ほどで、幸せそうな笑顔を生み出す料理になりました。
いや、ほんと、逞しいね。うん。
あ、そうそう。この世界で初めての買い食い、恰幅の良いおばちゃんが売ってたラビッドベアーの串なんだけど。そのラビッドベアーに出会いました。
あの時は、熊なの? うさぎなの? なんて悩んだりしたけど、出合った今なら即座に答えが出せる。あれは完全に熊だね。
日本に生息しているであろう熊との違いは、ただ1つ、耳がうさぎのように長い。ただそれだけ。
手を伸ばせば届きそうなくらいの距離から見た俺が言うんだから、間違いは無いね。うん。
あと、あれだ。熊が可愛いだなんて、完全な妄想だぞ。
いきなり爪で引っかいてくるし、牙の生えた口で食べようとするし。
クロエが助けてくれなかったら、確実に殺されたね。うん。
「ふぅ……。到着したか……」
「お疲れ様でした。
それじゃ行きましょうか」
俺の腕をひくノアの視線の先には、門を守る兵の姿がある。
王都に入場しようとする者1人1人を呼びとめ、話を聞いている姿から想像するに、入国審査をしているのだろう。
「…………」
「んー? どうしたのお兄ちゃん?
早くいこー?」
「……あぁ」
なんの躊躇いも無いクロエに促されるままに、兵士の前へと足を進める。
恐らくはここが、今回の旅において1番の難関だろう。
槍のような武器を持った兵士が、前後左右に計8人。
俺が勇者だと知られれば、一瞬にして死が待っている。
「はい、次のひと。
入場の目的は?」
「商品の仕入れです」
当たり障りの無い質問に、事前に示し合わせていた答えを返す。すると兵士は、そうですか、と言って、俺達の姿を眺めてきた。
出来る限り平然を装っては居るものの、見破られるのでは無いかと、勝手に鼓動が早くなる。
大丈夫、変装は完璧だ。写真もない世界なんだ。敵が俺の顔を知ってるはずがない。
「……子供が3人で、ですか。
怪しいですね。勇者の手の者ですね?」
なっ!!! は!?
勇者の手のものですね!???
はぁ???
やばい、やばい、やばい、やばい。
どうしてばれた?
あれか? 俺の勇者らしさのせいか? ほとばしる勇者らしさのせいか?
どうする? とりあえず逃げるか?
……いや無理だな。俺の足はもう限界だ。
……よし、誤魔化すか。
「いや、その――」
「ふふ、勇者だなんて。
そんな儲けにならない場所には行きませんよー」
慌てて取り繕うとした俺の言葉を遮って、クロエが兵士に近づく。
そして胸ポケットから、手のひらサイズの袋を取り出した。
「勇者、勇者って、兵士様もお疲れなんでしょ?
少ないんですけど、これで何か食べて、あたし達の事を守ってくださいね」
そんな言葉と共に差し出された袋を手に取り、中を覗き込む。
その後、軽くゆすって、中身の音を聞いた兵士は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「いやー、しかしな。
門番としては、怪しい者を通すわけにはいかんのだ。
とくに、ほれ、そこの灰色の髪の男なんて、特に怪しいじゃないか」
門番がまっすぐに俺のことを指差す。
勇者の証である黒髪は、本拠地近くで採れる白い樹液を塗って誤魔化してあった。
「……あー、そういえば、……王都の門番に世話になったから渡しておいてくれと言われて、預かってるものがあるんでした。
えーっと、……あ、ありました。
これですね。中身は知らないのですが、受け取ってください」
背負っていた鞄の中から、同じような袋を取り出したノアは、兵士から見えるように銅貨を数枚入れ、兵士へと差し出した。
「……ほほぉー、そうかそうか。心使い感謝する。
疑って悪かったな。行っていいぞ」
「ありがとうございます。
兄様、クロ姉、行くよー」
「はーい。
ごはん、ごはんー」
「……あ、あぁ」
そして、何事も無かったかのように門を通過し、無事に王都への潜入を果たした俺達は、兵から見えない位置まで移動し、ほっと息を吐き出す。
「…………ふぅー。
いや、悪いな。俺としたことが、予想以上に焦った。
ありがとな、ノア」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
賄賂の要求なんて、一般的じゃ無いですからね。
念の為って思って、用意しといてよかったです」
難癖をつけて賄賂の要求。
あの兵士は、俺が勇者だなんて微塵にも思っておらず、ただそれらしい言葉を発して、お金を巻き上げたかっただけだったらしい。
いきなり勇者だと言われて、焦った部分はあるにせよ、可能性の一旦として考慮しておくべきだったと思う。
本当に、ノアには感謝だな。
「おにいちゃん、おにいちゃん。
あそこで、めずらしいお肉売ってるよ!!」
「……あー、はいはい」
ヒヤッとした部分はあったが、なんとか王都に入ることが出来たし、結果オーライ、そういうことにしておこう。




