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<3-11> 米を炊こう

「……えーっと、これでいいのかな?

 兄様ー。出来ましたよー。……これでどぉですか?」


「お? ……おぉぉぉ!! これこれ!!

 ……うん。バッチリだな」


 ノアにお願いしてから、30分程度。

 いま、俺の手の中には、おひとりさまにちょうど良いサイズの土鍋がある。


 お米を炊くって言った瞬間、ノアが汚物でも見るような目で俺の事を見てきたけど、そんなことは気にもかけず、むしろ御褒美とばかりに、テンションあげあげで土鍋を作ってもらった。


「さすがノアだな。

 ほんと、感謝するよ」


「そぉですか?

 ……うーん。……まぁ、兄様がよろこんでくれるなら、頑張ったかいがありました、……ってことにしておきますね」


「なんだよー。お米様の何が不満なんだよー」


「……いえ、不満という訳では、ないのですが……。えっと……」

 

 粘土質の土を形成して、窯にいれてー、なんてことは一切せず。魔玉を持ってきて、ノアが魔法を唱えただけのお手軽土鍋だ。


 この世界にも、土から作った鍋はあるらしく、俺が思う土鍋のイメージを伝えると、比較的簡単そうに作り上げてくれた。


 さーて、やりますかね。


「ごめん。お水出してもらっていい?」


「いいですよ。

 いま作った鍋の中に入れればいいですか?」


「うん、よろしく。

 あ、そうそう。何回かに分けて、水を出してもらうから」


「はーい」


 お米様に水を加えて-、綺麗な水を吸わせたあとにシャコシャコしてー、……うん。こんなもんだな。


「……兄様。……本当に食べるんですか?」


「ん? あぁ、食べるよ? なんで?」


「あ、いえ。……いいんです。なんでもないです」


「そぉ?」


 ほんと、何を言ってるんでしょうかこの子は。

 何故お米を食べるかって? そこにお米があるからに決まってんじゃん。


「はじめちょろちょろ、なかぱっぱだな」


「……なんですか、それ?」


「料理の極意じゃないかー。ふははははー」


「…………」


 うん、いい感じの香りがしてきたなー。ってか、ノアさん? 何故そんな白けた目してるの?

 さっきからずっとテンション低めだけど、なんで?


  ……んー、まぁいいか。冷めた目したノアもかわいいしな。うん。


 ってか、山ガールって言葉が流行った頃に、サバイバルの知識を知ってたら、可愛い子と御近づきになれるかも!! なんて思って覚えた知識が、まさかこんなところで役に立つなんてな。

 ほんと、人生に無駄な知識なんて無いんだな。


 ん? 山ガールとは御近づきになれたのかって? ……この知識、使うの初めてですけど、なにか?


「うん。もうそろそろいいかな」


 火をつけてから1時間ほど。

 蒸らしてる時間もずっと鍋の前から動かず離れず、はやる気持ちを抑えながらじっくりと待った。


 ぬらしたタオルを手に、鍋の蓋を掴み、ぐっと持ち上げる。


 ボワンという音が似合いそうな湯気があがると、周囲に炊き立てのご飯の香りが広がる。

 鍋の中には、真っ白な幸せが詰まっていた。


「ぐぅぅぅぅぅぅううううう!! 炊けたーーーーーーー!!」


「…………そうですね」


「ヒャッハーーーーー」


「…………」


 木を削って作ったしゃもじをなべ底に入れひっくり返し、切るようにご飯を混ぜる。


「あー、ちょっとこげちゃってんな。

 まぁ、けど、初めてにしては上出来だろ」


 残念ながら、底の方は若干焦げてしまっていた。だけど、そんなに酷い焦げでは無いので、食べれないことは無いと思う。


 いや、むしろ、真っ黒でも食うけどな!!


「ご飯がご飯がススムさん~。ご飯がご飯がススムちゃん~」


「……大丈夫ですよ、兄様。

 あたしは、兄様が何を食べていたとしても、兄様の事が大好きですから……、うん、絶対。絶対大好きですから」


 ノアが自分に言い聞かせるように何かを言っているような気がするが、そんな些細な事は後回しだな。


 この瞬間のために作っておいた箸を手持ち、箸先にご飯をのせ、ゆっくりと持ち上げて見る。


 真っ白で艶やかな重み。

 夢にまで見た、日本人の魂がそこにあった。


 心を込めて。いただきます。


 …………。



「……ふぇ? 兄様。どうしたの!?」


「……ん? ……どう、した、……って?」


「えーっと……。

 泣いてる、よ?」


 ノアに促されるままに、目元に手をやる。

 そこには確かに、水が流れていた。


 ……たぶん、俺、酷い顔してんだろうな。


「……悪い、……ちょっと、1人に、してくれるか?」


「…………うん」


 土鍋を傾け、掻きこむように口に詰め込んで、強く噛みしめる。

  

 硬くてぱさぱさした食感に、焦げ付いた臭い。うすい味。

 

 美味しいなどとは言えない物だった。


「あいつら。元気なのかな……。

 俺が居なくなっても、馬鹿な事やってんのかな……」


 それでも、サラと出会う前の記憶を呼び起こすには、十分だった。


「もう、あの味は、食べれないんだろうな……」


 思い出されるのは、母が握ってくれたおにぎりの味。

 塩だけなのに、最高の味。


 見た目は日本で食べていた物とまったく同じなのに、全然違うその味に、本当に遠くへ来たんだな、と心の底から感情が湧き上がってくる。


 焚き方ではなく、米自体が違うんだと思う。


 見た目は日本のお米なのに、味はタイなどのお米をさらに硬く甘みを減らしたかのような感じで、苦味もすこしだけあった。


 それでも、箸を持つ手はとまらない。


 悔しいのか、寂しいのか、恋しいのか、切ないのか、苦しいのか。


 そのどれとも言えない感情をじっくりと噛み締めた。


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