<3-5>崩れ去る村 3
「……勇者様。我々をお救いください」
誰かがぼそっと呟いた言葉をキッカケに、村の集会場は重苦しい空気に包まれた。
誰しもが同じ思いを抱いてはいたが、その一方で、現実もしっかりと見えている。
一度は差し伸べられた勇者の手。その手を振り払ったのは他でもない、自分自身なのだ。
「……勇者様は我々を助けようと為さってくれた。
それを拒絶したのに、困ったときだけ頼るなんて虫がよすぎるさ。
ついて行った者が利口で、俺達がバカだった、それだけの話だな」
「……そうさね。国王は勿論、勇者様にも頼れない。
あとは神様に頼るか、自分達でやるか、なんだろうね」
正しい道は確かに用意されていた。選ばなかった自分が悪い。
もし戻れるならあの時に戻りたいが、いくら魔法の世界といっても、ここにはそんな大規模な魔法を使える者などいない。
そんな重たい空気の中、突然、場違いに明るい老人の声が入口から聞こえてきた。
「ほほほ、勇者様は2度までなら許してくださるそうじゃよ。
3度目は無いかもしれんがのぉ」
そこに居たのは村長と重役の2人。
遅れて集会場へと顔を見せた彼等は、朗らかな表情を浮かべている。
「……親父、それは、どういう意味だ?」
「なぁに、勇者様は我々を見捨ててなど居らぬと言う事じゃ。
ほれ、と言って、懐から取り出した紙を見せびらかすように皆の前で天に掲げて見せた。
「あの御方は出発前にワシのもとに来られての、彼等の国までの道のりを記した地図を手渡してくれたのじゃ。
もし王国に攻められるようなことがあれば頼れ、との御言葉と共にの」
「…………、ぉ、おお!!」
逃げ道がある。頼れる場所がある。頼れる人が居る。
1枚の紙切れを前に事の次第を飲み込んだ人々は、喚起の渦を巻く。
勇者を称えるもの。感謝の言葉を叫ぶもの。安堵から泣き崩れる者。
結果的に今住んでいる場所を捨てることになるのだが、そんなことに不安を感じれるだけの余裕がある者など皆無であり、皆が一様に喜びを抱いていた。
(ふぅ……。どうにか、のせることには成功したようじゃのぉ…………)
絶望に満ちた空気を払拭した村長だったが、その笑顔の下では、助かる道を全力で模索していた。
(一致団結したまま逃げたいとこじゃが、足止め役は残さなければな)
逃げ出すための場所はある。移動手段も徒歩で問題は無い。
しかし、敵はすぐそこまで迫っているのだ。
相手の移動手段は馬であり、進みにくい林道であるとは言っても、徒歩である自分たちより敵の方が早いのは確実だった。
闇雲に逃げ出したところで、追いつかれて殺される可能性が高いのだ。
(途中にある村で匿って貰うのは危険性が高すぎるな。ワシが頼られる方の村長じゃったら、自分達の安全のために密告するじゃろうし……)
地図に描かれた勇者国までの道のりは、まっすぐに伸びた1本道。
舗装されていない土の上を20人を超える団体が移動すれば、それなりの痕跡が残る。
その足跡を辿られれば、早々に捕まるだろう。
しかし、だからと言ってバラバラに逃げようにも地図は一枚しかない。
複製しようにも書くものが無く、木にナイフで彫るには時間が足りない。
そしてなにより、戦時中の国家にとって最重要ともいえる地図を複製する訳にはいかなかった。
周囲の森に逃げ出し、息を潜めて遣り過ごす。
そんな計画も村長の脳内に浮かんできたものの、生憎と季節は冬に近い。雪が降る土地では無いものの、最近では、朝晩がかなりの冷え込みを見せるようになってきていた。
勇者とその仲間達とは異なり、体温調節付きなんていう魔法の服を持たない彼等では、森の中で一晩を過ごすだけでも命がけであり、追っ手のせいで安易に火を焚けないとすれば、それこそ雪山で遭難するようなものだ。
やはりここは数人が村に残り敵の足止めをする。
それが最善の策ではあったものの、果たして軍を相手に素人がどれほど時間を稼げるのか。
多く残せばそれだけ犠牲者が増える。逆に少なくし過ぎると全員が犠牲になる。
正解など、すぐに見えるようなものではなかった。
(半数を残し、半数を生かす。……ダメじゃな。
いっそ、5人ほどだけを選出して……)
自分達老人組みは残ろう。
それだけは早々に決めた村長は、誰を生かすべきか、誰を残すべきか。仕分けと言って差し支えない目で、住民一人一人に視線を送る。
悟られないように優しい微笑みを浮かべながらも、人の生き死にを選ぶ仕事に対し、ぐっと力を込めた。
村長としての最後の仕事。誰にもその非道とも言える重役を渡すつもりは無かった。
「……なんだ、親父の所にもかよ。
実はな、俺の所にも勇者様が来られてな。連れて行く者の家に蓄えてあった油を預けると言われて、その隠し場所を聞いたんだ」
ただ、村長の決意の篭った思考は、次男の一言で白紙へと戻ることになる。




