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いばらの冠  作者: サモト
忌み枝

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18.

 水筒の中身は、蒸留酒の一種のようだった。一口飲むと、飲むと喉が熱くなった。

 変わった風味がついているが、悪くない。慣れればクセになりそうだ。


 ロゼットは機嫌よく水筒をかたむけたが、突然、取りあげられた。


「のどが渇いているなら、ミルクあげるから」

「お、けっこう上物じゃん。ってか、これ、ひょっとして、城の貯蔵庫から失敬してんじゃね? あいつ」

「ドクターストップがかかったんじゃあ、仕方ねえよな。俺らが飲んでおいてやるよ」


 ヤナルとキートとエドロットが、みごとな連係プレーでロゼットから酒を没収した。


「……いつからいたの、君ら」


「さっきからずっと、あっちで見てたけど」

「クレイオさんが、おまえがカークを説得しにいったっていうから、心配になってさ」

「こじれたときを想定して、準備万端で」


 ヤナルは心配しただけのようだったが、キートとエドロットに至っては、縄や網といった捕縛道具をかまえていた。


「一応確認するけどさ。それって、どっちを捕まえる用?」

「うん、それは、まあ」

「ヤボなこと聞くなよ」


 二人はそそくさと後ろ手に道具を隠した。


「一人で大丈夫だったのに。あいつがつっかかってきても、どうにかする自信あったし」

「はいはいはいはい」

「分かってる分かってる分かってる」

「おつかれさま」


 三人がかりで、ぐりぐりわしゃわしゃ、頭をかきまわされ、あちこちつつかれ、もみくちゃにされる。

 ロゼットは、痛い、と不平をいったが、されるに任せていた。


「うまくいったんだよね? 伯爵に報告しに行こう」

「万事心配なしって伝えといてよ。今、マジであいつぶん殴りたいから顔見たくない」

「何、喧嘩中? あいつ説得しに行っておきながら?」

「本当に好きだよなあ、喧嘩」


 もめていると、ロゼットー、とクレイオがやってきた。三人にもみくちゃにされているのを見て、胸をなでおろす。


「心配なさそうですね」

「何だよ。何か用?」


「伯が、協力してくれるっていってくれたので。一応、ロゼットにお礼をいっておこうと思って」

「協力? 君らに? いったいどんな風の吹きまわしだ」


「ふふ、聞いてください。私、あの後、あなたの発言をフォローしたんです。私の人生最高、まれにみる出来のフォローですよ。

 『今のロゼットの発言は、全部、魔法使いの伯爵はめちゃくちゃかっこいいっていってるのになんでわかってくれないのプンプン! の暴力的表現です!』とフォローしたら、オッケーもらえました!」


「なんて誤訳しやがる失言王!」


 ロゼットはクレイオの襟元をつかみ、締めあげた。


「だって、要約したらそういうことでしょう」

「なるか!」


「だって、ロゼット、伯に自分の魔法を信じろっていっていたじゃないですか。

 そういったのは、あなたが、伯の魔法がすばらしいと思っているからなんでしょう?

 自分が魔法に苦しめられてきただけに、伯が魔法を嫌う気持ちもわかるから、なかなかいえなかっただけで、本当は伯に魔法使いでいて欲しいのでは?」


「……」


「昔、島で武術の大会があったとき、おじいさまも出場を頼まれたことありましたよね。

 おじいさまは、自分の武術が『人を効率よく殺すだけの卑しい技だから』って出場断っちゃって、あなた、すねてましたよね。『すごいし、きれいなのに』って。あのときとそっくり。

 おじいさまは自分の技を卑下していましたけれど、おじいさまの技は美しかったですものね。多くの屍を産んだ果てにある技だとしても、極限にまでみがかれた達人の技というのは、もはや善悪の彼岸にある一種の芸術です。

 でも、おじいさま、わかってくれないから、あなたすねちゃって。楽しみにしてた大会も、見に行かないなんて言いだしちゃって。

 いやー、最後は自棄になる性格、全然変わってな――」


「あれは師匠の代わりに君がでることになったから、見に行きたくなかっただけだ。師匠に恥かかせやがって」


 さらに襟首を締めあげられ、クレイオは顔面が青くなりはじめる。

 キートとエドロットは、ロゼットにむかって縄と網を投げた。


「では、伯、どうぞよろしくお願いしますね」


 後からやってきたエセルに、クレイオが満面の笑みをむけた。

 エセルの方は、愛想のかけらも見せず、そっけなく言い放つ。


「くれぐれもいっておきますが。全面的に絶対協力すると約束してはいませんので」

「暇と余力とやる気があればやれる範囲で、ですよね! わかってます!」

「絶対やらない、の同義語だぞ、それ」


 体よく追い払われてるじゃないか、とロゼットはあきれた。


「そんなことないですよ。あなたに手いっぱいなのは、逃げているわけでもなく、事実みたいですし。わずかでも譲歩してくれたのは、ありがたいですよ」

「前向きだねえ」


「だって、前向きに解釈したなら、あなたにかけてる魔法の方をおろそかにするようなことはできない、という誠実な回答でしょう」

「……どうだか」


「もっと人の好意を信じて大丈夫ですって。


 ねえ、伯。ご心配いただいているのに、この子ときたら、すべてスルーしてすみません。

 気遣われることに慣れていないもので、朝一番に顔を出せという言葉が、朝一番に元気な顔を見せろという意味だということすら、理解できないんです。


 自分のヤケが、どれだけ伯のご心痛の一つになるかもわかっていないようで。

 あとでコンコンと、伯がどれだけあなたのことを気遣ってくださっているのか、説いて聞かせます。

 伯はご自分が、本当の意味であなたを救える方法をもっていたら、とまで思い悩んでくださっているのに――」


「おい、クレイオ、そろそろその誤訳を止めろ。伯爵が『お望みどおり口封じの魔法でも見せてやろうか』って顔してるぞ」


 ロゼットはクレイオの口に縄をかませ、エセルを横目にした。

 ぽりぽりと頭をかき、向き直る。


「さっきはいいすぎたと思ってる。悪かったよ。僕も自棄を控えるし、ちゃんと、まともな人生がどんなものかを検討するから。それでいい?」


「こちらこそ悪かったと思ってる。まともに生きる気があるのかといったが、そもそも、ざっと二百年は文明に差のある辺境の野蛮な古代人と現代人とでは、常識に差があるからな。まともがちがってあたり前だ」


「クレイオ、止めるな。こいつやっぱ殴る」


「しかし、いくら差があるとはいえ、寝起きに人に物を投げるな。夜にむやみに出歩くな。人からもらった怪しいものを使うな」


「……伯爵様の仰せのとーりに」


「力づくでの解決もやめろ。部屋にいくつも武器を隠すな。携帯する武器も一つにしろ」

「君、やっぱ僕に死ねっていってるだろ」


「どこがだ! それから、暑いからといって外で水浴びするな!  人前で気軽にぬぐな! 机に足を乗せるな座るな、口に物を入れてしゃべるな、足で戸を閉めるなものを動かすな!」


「……伯爵」

「なんだ」

「眠い」


 エセルの忍耐が臨界点を突破した。


「もういい。わかった。きっちりしつけてやる。まともがどういうものか、貴様の骨の髄まで叩きこんでやる!」


 やってられるか、やれ、と不毛なやり取りがはじまった。取っ組み合うさまは、猛獣と調教師に似ている。


「俺、猛獣が檻をやぶって脱走に銀貨一枚」

「俺は調教師が匙を投げるに銀貨一枚だな」

「じゃあ、俺は折り合いがつくに銀貨一枚」

「おじいさまといたときは、ちゃんとしてたんですけどねえ。みごとに野生化して、あーあー。

 私は、皆さんの間をとって、どちらもさじを投げた後、折り合いがつくに銅貨五枚で」


 キートとエドロット、ヤナルとクレイオは、いつも通りの光景を、なまあたたかい目で見守った。


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