13.
召使や警備兵にたずねてまわると、カークが城の北側からでて行ったことがわかった。
城の北には川があり、牛や羊が放牧されている。西にむかうにつれ、川にそって森があり、そこに入っていく姿がみえた。ロゼットも小走りに森にかけこむ。
「お嬢ー、帰るぜー」
森に、カークの声がひびいた。だれか探しているようだ。
ロゼットが足元の枝をふむと、カークはこちらをふりむいた。
探している相手だと期待していたのだろう、最初、表情は気安かった。
しかし、ロゼットだと気づくや否や、一変した。顔面に恐怖を浮かべ、後ずさった。
「ついてくるな!」
「ねえ。なんでそんなに逃げようとするか、わけを教えてよ」
逃げるカークに、ロゼットは距離をつめる。
そのとき、わきのしげみから少女が一人、飛び出てきた。あわい金色の髪がこもれびに光る。
「カーク!」
うつくしい少女だった。年のころは十三、四といったところか。身体をおおうほどにゆたかで長い髪が、まるで金色のベールのようだった。
「お嬢」
「大丈夫、私が一緒にいるから。この人ね、カークがいってた、少しまえからみかける危ないのって」
少女は腕に下げたかごから、摘んだ薬草がこぼれ落ちるのもかまわず、カークを後ろにかばった。
ロゼットは目を点にした。
すこしおどかしてやろうと企んではいたが、ここまで悪人のように思われるのは心外だった。
さっさと、当初の目的である落としものを二人にむかって差しだす。
「落としもの、とどけに来ただけなんだけど」
今度はカークが目を点にする番だった。
相手の指からさがるペンダントをしげしげとながめ、間のぬけた声をだす。
「……れ? 生身?」
「そうだけど?」
カークは二の句が継げないといったように、絶句していた。
ロゼットは自分の推測にいよいよ確信を増して、にっと笑った。
「ひょっとして、幽霊にみえた?」
とたん、カークの頬に朱がさした。
「はじめて会ったのは、夜だったね。僕を幽霊と勘ちがいしたから、つきまとうなっていったんじゃない?
二度目は城の庭で会った。つきまとうなっていったのに、城にいたから、幽霊が自分を追ってきたって勘ちがいして、怖がってたの?」
カークは答えなかった。
ペンダントを受け取ると、少女に、行こう、とうながす。
その背にむかって、ロゼットは叫んだ。
「魔法はあるよ! 妖精もいる。魔物もいる。神様もいる。幽霊だって、たぶんいる」
「――おまえ」
「大陸の人たちはみんな、否定するけどね。僕のいた島じゃ、それがふつうだった」
ロゼットはゆっくりと歩みよった。今度は、カークは逃げなかった。少女も警戒をといて、両腕をおろす。
「僕は――ロッツ」
一人称と格好が少年だったので、ロゼットは男名前の方を名乗った。説明する手間はすくない方がいい。
「俺はカークだ。カーク=モンクリフ」
「私は、マリア、です」
人見知りする性格らしい、少女の名乗りはたどたどしかった。ちらちらと、ふしぎそうにロゼットをみてくる。
どうやらこの少女も、カーク同様、ロゼットのことが奇異な存在にみえるらしい。
少女のことも気になったが、ロゼットはひとまずカークに話しかけた。
「君は幽霊が見えるの?」
「……ああ。見えるだけだけどな」
長い逡巡の後、観念したように、カークはみとめた。
魔法のない大陸では、幽霊もないらしい。カークは告白しながら、ロゼットの反応をこわがっていた。
告白しても大丈夫な相手だとわかっていても、身がまえてしまうのは、もはや条件反射のようだ。何度もまわりに幽霊がいると訴え、そのたびに、そんなものはいないと否定されつづけてきた結果だ。
カークはすがるように、ペンダントをにぎりしめていた。
「それ、魔除けなんだってね。効果あるの?」
「ああ。幽霊が見えにくくなるし、寄ってこないし」
「自分で買ったの?」
「昔に、姉貴がくれたんだ。俺が怖いものに遭っても大丈夫なようにって、俺の代わりに親にねだってさ」
極度の緊張から解放されたあとで、心が隙だらけになっているのか、カークはすなおだった。ロゼットの質問にこころよく答えてくれる。
「他の家族は信じてくれなかったけれど、姉貴だけはバカにしなかった。見えはしなかったけれど、俺のいうことを信じてくれた。俺は自分を狂人だと思いこまずに済んだ」
カークは大事そうに、ペンダントをポケットにしまいこんだ。めくれた袖から、腕の刺青がみえた。複雑な紋様だった。どことなく、エヴァンジェリンの文字に似ている。
「その刺青も、魔除けの一環?」
「昔、戦地先でさ、まじない師ってのに彫ってもらったんだ。たんにアクセサリーとして彫っているみたいだから、バレねえだろ?」
笑うと八重歯がみえた。けだるげでつかれた男の顔に、一瞬、少年のような活気が浮かんだ。
つられて、ロゼットも少し笑う。
カークは目をほそめ、もう一度、まじまじとロゼットをながめた。
「こうして落ち着いてよくみると、ちゃんと生きた人間だな。戦地であった化けモンと雰囲気も似てたから、びびったんだよな」
「どういう化物?」
「動く死体。仲間は全員やられて、一人で逃げ回ってよ。この刺青のおかげで助かったんだけどさ。あれはいまだに悪夢だ」
「動く死体かあ。まあ、半分正解かもなあ」
その場に座りこんでいたカークが、少し腰を浮かせた。ロゼットの発言に不安を誘われ、マリアの方を見上げる。
「お嬢、こいつ、人間に見えるけど。ちがうの?」
ロゼットはぞわりと、首筋の産毛が逆立った。
こちらを見上げるマリアの目は、尋常でなかった。
感情の読めない瞳。ここではないどこかをみている、遠いまなざし。
魔法使いであるときのエセルと同じものだ。
「カークのあった化け物と同じように、この人も魔法じかけでうごいてる。
でも、かかってる魔法は、カークがあったのとはまったく別物。私の知識が足りないから、どういう仕組みかはくわしく分からないけれど――
カークのあった化け物にかかっていた魔法が、人形に糸をつけて動かすような魔法なら、ロッツさんのは、死にかけの魚のからだを、魔法でおぎないながら、水でつつんで地上で生かしてる、みたいな。そんなむちゃな魔法。外法だわ」
マリアはロゼットの手をにぎり、心の底から痛ましそうにした。
「ひょっとして、あの人に試されているの? こんな、治す気もない、死ぬにも死ねないだけの魔法、ひどすぎる」
「あの人――っていうのは?」
「ここの領主様よ。銀髪の伯爵様。あなたは、あの人に魔法をかけられているんでしょう?」
ロゼットは目線をななめ上にやり、明言を避けた。
が、マリアとカークはとまらない。
「カーク、やっぱりあの人は魔法使いよ。それも悪い魔法使いなんだわ。マスカード家も、魔法を使ってのっとったのよ」
「そういや、おまえ、最初会ったとき、エセルの家にちかくにいたもんな。そうか、やっぱりやつはお嬢のにらんでいた通り、本当に魔法使いだったんだな」
「魔法は人を救うためのものなのに。あなたにこんなおかしな術をかけたあげく、きっとこき使っているのね。許さないんだから」
「道理で何もかもがあいつにとってうまくいくわけだ」
憤慨する二人を前に、ロゼットは言葉を窮した。
多少の弁明すらはばかられる状態だ。
どうしたものかと迷っていると、森に声がひびいた。
「それを捕まえろ!」
「伯爵」
「おまえの手をにぎっているそれが、魔法使いだ」
エセルがキートを連れてやってきていた。
が、先ほどからの成り行きもある。
ロゼットがマリアをとらえることを躊躇すると、マリアが思いもよらない行動に出た。抱きついてきたのだ。
「大丈夫、もうあんな人のいいなりになんか、ならなくていい」
「へ?」
ロゼットはらしくもない、頓狂な声をだした。
そのくらいマリアの行動は予想もつかないことだった。
「解放してあげる。体も、魂も、心も。不法にあなたをつなぎ留めておくことなんて、許されない」
マリアの唇が独特のリズムにのっとって、神秘の言葉をつむぐ。
ロゼットは空気がふるえるのを感じた。ガラスがひび割れるような音とともに、自分のまわり満たしていたものがぬけていくのがわかる。
息が、くるしい。身体の奥から、ぞわりと大きな波が襲ってくる。
視界で光が爆ぜた。指先から、足先から、頭の先から、どんどん力が抜ける。
魔法が解けていく。
少女のどこまでもやさしい、慈愛に満ちた微笑が、雄弁に語りかけてくる。
――どうか安らかに眠って
こんなにやさしい殺人宣告ははじめてだ、とロゼットは思った。




