3.
ゆっくり味わうひまもなく、ロゼットは朝食を終えた。
人がホールに集まっていることには、食堂にくるあいだに気づいている。さっさと皿を空にして、となりのホールにうつった。
予想どおり、華麗な庭園をながめられるホールには、十数人があつまっていた。
数すくない椅子に座っているのは、地元の名士だろう。知っている顔もあれば知らない顔もあったが、服装で知れた。
彼らに遠慮して立っているのは、マスカード家の家令や軍の指揮官たち。
あつまった人々のまえに立っているのが、エセル。
そして、エセルの叔父――コシモ=モンクリフだ。
コシモは背後から、キートとエドロットに見張られていた。
それもそのはず。彼はマスカード家の乗っ取りを画策した主犯だった。
コシモは、エセルが遠征をおこなっているあいだに、他の親戚と画策して、エセルから領地の管理権や軍事権をうばった。
長年マスカード家につかえ、領地の維持管理や人事をになってきた家令を、退職に追いやった。
エセルに忠実な軍の指揮官たちを、軍の維持費が膨大なことを理由に解雇した。
エセル本人は、家督を継いですぐに遠征を強行したことを身勝手と非難し、評判をおとしめた。
さらには、遠征からもどってきたエセルを、本拠地であるアイスバーグ城からこの館へ追放した。
コシモのもくろみは大成功だった。
コシモは、未熟な当主の補佐という名目で、マスカード家の実質的な権限をにぎったのだ。
しかしながら、うまくいっていたのは、つい最近までのこと。
先日、コシモはうっかりエセルの逆鱗にふれてしまった。
当主の座を奪いかえすと奮起したエセルに、虜にされてしまった。
立場は逆転。今は、共犯たちへの人質となり、エセルに運命をにぎられている身だ。
「――で、叔母のメリナ=モンクリフに当主権限の復権をもとめるべく、アイスバーグ城からの立ちのきを要求したが」
エセルの声がホールにひびく。
ロゼットがホールに参上したときには、話はすでにはじまっていた。
色ちがいの大理石をくみあわせた床の上を、足音をたてずに移動する。
陽光がおおきなガラス張りの窓からそそぎこんできて、すこしまぶしい。
「叔母は、これを断った。今後は夫に代わり、自分が当主としてふがいない私をささえていくと」
「なんだと!」
ホールのなかで真っ先に反応したのは、コシモだった。
エセルの手にある手紙をにらむようにする。
「どうやら奥方には見捨てられたようですね、叔父上」
「な――っ、あの女! わしがいなければ、なにもできないくせに!」
「あなたに代わるだれかが、できたのでしょう」
「そこそこおつむのデキがいい愛人とか、爵位継承権をもてる自分の息子とか? それだけいりゃあ、ま、十分だよな」
エドロットが一片の同情も見せずにとどめをさす。
エドロット同様に、ほかの面々も冷淡なものだ。
家令や指揮官は、一度自分たちを追い出したコシモを当然嫌っていたし、他の面々も、事情はさまざまだが、コシモの私欲のために不利益をこうむっている。
今の場所に、コシモに味方はいなかった。
「思った以上に、あなたに利用価値はなかったな」
「ホント、残念なこって」
キートがこれみよがしに剣で肩をたたく。
価値をうしなった人質は、必死の形相でさけんだ。
「待って、待ってくれ! 命だけは!」
「炭鉱で働くかい? 爆発と落石の危険ととなりあわせで。その膨らんだ腹もさぞかし引っこむだろうなあ」
エドロットも追い打ちをかける。
コシモから冗談にならない嫌がらせを受けたので、二人ともここぞとばかりにおどかす。
「頼む! なんでもする。なんでもするから。これからはおまえに逆らわないと約束するから!」
「もっとましな命乞いをしてほしいものですね」
エセルは椅子に腰かけ、冷ややかにコシモを見下した。
「ひざまずいて靴をなめたっていい!」
「はいつくばって床をなめろクズ」
「落ちつけ伯爵!」
「踏んでもただのご褒美になるだけだから!」
キートとエドロットが、全身に鳥肌を立てる主人をなだめた。
話がすすまない。
エセルに代わり、ロゼットはコシモのまえに進みでた。
「で、コシモ叔父さん? 叔父さんの奥さんは、なんだってそんな強気なワケ? こっちと本気でコトをかまえて、勝てるだけの自信はどこからくるの?
このままいくと、あっちとこっちで戦争するかもしれないわけだけど、叔父たちの方につく人間って、そんなに多いの?」
最後の方は、なかばここに集まっている面々にむけてだった。
全員が不可解そうにする。
最年長の家令が、全員の答えを代弁した。
「今までは、旦那様が静観しておいででしたから、旦那様のために働きたくとも、ことを起こせないでおりました。
しかし、旦那様が奮起なさったとあれば、話は別です。マスカード家の正統な当主であらせられるエセル=マスカード様の旗のもとに、皆、はせ参じることでしょう」
「武力で簒奪ってよくある話なの?」
「爵位は王より授かるもの。勝てばよいというものではございません」
「君の奥さんは、伯爵を暗殺でもするつもりなのかな?」
コシモは当惑し、せわしなく目を動かした。
不穏をじかに感じて、全員の目線も落ちつかなくなる。
「命乞いするなら、奥さんがこれからするであろうことを教えろっていいたいんだよね、伯爵サマは。悪知恵働くんだから、このくらいは察そうよ」
エセルは平常心を取りもどし、また冷然と人質を見下していた。
コシモは自分に集中する視線の強さに押しつぶされるように、うなる。
「……………………わ、からん」
「嘘くさいなあ。なに、奥さんに未練? かばってるの?」
「ちがう、あんな女に未練なんぞあるもんか! 貴族であることを鼻にかけた、高慢ちきの女。伯爵家の娘でなければ我慢なんぞするもんか」
「じゃ、いってもよくない?」
ロゼットはしゃがんで、顔をのぞきこんだ。
コシモは頑として視線をあわさない。
まったく何もわからないという反応ではなかった。
「今は、何も思いつかないということにしておきましょうか。叔父上」
エセルは、キートとエドロットに、コシモをもとの通り監禁しておくよう命じた。
「とりあえず、館まわりの警備の強化を。領地の状態と叔母の身辺をくわしく洗ってくれ」
エセルの命令にうなずき、人々は散っていった。
最後にロゼットだけがのこる。
「仕事が欲しいといっていたな」
「暗殺?」
ロゼットは慣れた手つきで短剣を操ってみせる。
たちまちエセルの眦がつりあがった。
「冗談だよ。内偵?」
「おまえはまともに暮らす気があるのか」
「めんどうな手順を踏んでいるより、頭をつぶした方が早いと思っただけだよ。軽口にいちいち目くじら立てるなよ」
「夜に出歩いたり、中身がよくわからない薬を使うのも、おまえなりの冗談か?」
「……べつに。それはただの退屈しのぎ。暇つぶし。一時のお遊びだよ」
「まじめに答えろ」
「まじめに答えてるよ。伯爵様は、どういった返事がお望みなの?」
エセルは息を吸ったが、のみこんだ。もういい、と話を打ち切る。
「おまえは、根本からどうしようもないやつらしいな」
「は?」
ロゼットはいい返そうとしたが、エセルはもう背をむけていた。
舌戦が不発に終わり、口が中途半端に開いたままになる。
「……で、結局、何するの? 僕」
ロゼットはホールに飾られている甲冑にたずねてみたが、もちろん、意味はなかった。




