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いばらの冠  作者: サモト
薔薇の花冠

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8.

「お疲れさまです、ご主人さま。お茶になさいます? 昼寝になさいます? それとも散歩?」

「だれかこの不審なメイドをつまみ出せ」


 私室で待ち構えていた金髪のメイドに、エセルは冷たい視線を向けた。本当にメイドの制服に着替え、茶器の盆を持ち、清楚に従順にたずねたロゼットは、貼り付けた笑顔を引っぺがす。


「ひどいなあ、君がどうしても見たいっていうから、こんな格好してやってるのに。何が気に食わないんだよ」

「ロゼット、駄目ですよ。三つ目の選択肢は、散歩ではなくて、それとも私? っていわないとー」

「おっと、そうだね。ごめんね伯爵、選び直していいよ」

「貴様らの師匠はくだらん漫才までうまく仕込んだらしいな」

「人生を二倍楽しむ方法を教えてくれただけだよ」


 弟子二人は共同戦線を張って、氷点下を切っている寒々しい伯爵様の態度に耐えた。


「で、なんの用だ。まだ何か用があったのか」

「前夜のことで、私から追加のご報告が」


 クレイオは長身を情けなく丸め、おずおずと申し出る。


「非常に申し上げにくいことなんですが。今回の騒ぎは、どうも私が持ち込んだ物が原因のようで」


 クレイオは使い魔の入っていた容器を差し出し、事情を説明した。どんどん冷えていく空気に、クレイオは冷や汗をかき、何度も汗を拭いた。


「いや、本当に、使い魔なんてふざけたお話、信じていただけないかもしれませんが、どう考えてもこれしか心当たりがないものですから。

 すみません。本っ当に申し訳ございません。今後は充分気をつけますので、どうか何卒、ご寛恕のほどを」


「ぜひ、そうしていただきたいものですね。非常識なことは、あの島だけで充分ですから」


 エセルの声には抑揚がなかった。強面が怒るのも恐ろしいが、顔立ちが整いすぎているのも、怒ると凄みがある。クレイオは弟弟子の小さな背に回り込み、長身を縮こまらせた。


「でさ。館中探して、メイドさんたちにも聞いてみたけど、落とした筒は見つからなかったんだよね。

 昨日の夕方から館にいた人たちの中で、筒を拾った可能性のある人っていうと――君のおじさんだけだ。帰り際、何か拾ってなかった?」


「さあ。見送りには出なかったからな。その使い魔は、筒を空けたやつに従うものなのか」


「らしいよ。こいつの手帳にメモしてあった内容によると、使い魔は呪術師によって筒に閉じ込められていて、筒を開けたやつの命令に一つ従うと、筒から解放されるんだって」


「では使い魔も必死だな」


「昨日、使い魔は魔よけのせいで引かざるを得なかった。命令を果たせたのか果たせなかったのか、微妙なところだな」


 エセルの背後で、キートとエドロットは青くなった。二人とも、手には後生大事に怪しげな魔よけのメダルを持っている。


「ひでー。俺はただ、シャツについてる口紅、今度は皿洗いのメイドのコのやつとなんですねっていっただけなのに」

「俺だって。奥さんに色目使われているのは、この俺の抑えきれない色気と美貌のせいなだけなのに」


「伯爵、もういいかげん、あのおっさんなんとかしてくれよ。逆恨みもいいとこだ」

「いつまで黙ってるつもりなんだよ。一方的にやられてばっかりなんて、あんたらしくねえぞー」


 二人は拳を上げて抗議した。が、エセルは聞いていない。振り向きもしなかった。


「バルフォア殿、お話はよく理解しました。こちらでどうにか片付けますので、どうぞお部屋にお戻りを」

「大丈夫ですか。常識では考えられない相手ですよ。私も及ばずながら協力しますから」

「妙なことを妙なことで解決されては、困るのですよ。当家の名に傷がつく。どうぞお戻りを」


 エセルは半歩下がって、クレイオを促した。有無を言わせない態度だった。クレイオは看守の前を通る囚人のようにちぢこまって、廊下へ出て行った。


「呪術師の作った使い魔か。長生きしすぎて化生になった動物か何かだろうな。なら、物理的な攻撃は効くだろう。万が一来てもなんとかなる。よかったな」

「よくねえよ、伯爵。まさか、よかったよかったの一言で終わらせるつもりじゃねえよな」


 珍しく、キートがじとっとエセルをにらんだ。


「なんといって糾弾するつもりだ。よくも使い魔を使って襲ってくれたなとでも? 頭が湧いたと笑い者にされるだけだぞ」

「今回は俺らだったけど、次はあんたかもしれないんだぞ」

「領民たちも、伯爵のことを心配しています。放置はしないでください」


 エドロットも甘い顔立ちを険しくし、ヤナルまでもが口を出す。部下たちは、そろってエセルのやる気のなさを詰った。


「やめなよ、三人とも。伯爵は自分の心配は自分でするって言ってるよ」

「ロッツ、おまえ」

「魔法が解ければ、金の馬車はかぼちゃに、馬もネズミにもどる。君が魔法で作り上げた金や地位や信頼も同様。だから、この状態は当然で仕方ない。至極まともな状況――そう思っているんだろ?」


 エセルは何も言わなかった。ただ、にらむようにした。


「はたから見たらかわいそうな状況かもしれないけど、本人、満足してるんだよ。ようやくまともになれてさ。少し、ほっといてあげたら?」


 いつもなら真っ先に鋭い切っ先を向けるロゼットが一言も責めないので、エドロットたちは当惑した。ぽかんとする。握っていた拳がゆるんだ。


「君らの身が危ないことについては、僕が責任取るよ。元はといえば、クレイオのせいだからね。何とかするよ」

「なんとかって?」


 ロゼットは半分腰かけていた机から立ち上がり、エセルと向かい合った。


「伯爵、疫病神って呼び出せるよね? あいつは君に、いつでも呼んでっていってた。魔法が使えなくなっても、呼び出すくらいのことはできるはずだ」


「断る。妙なことはごめんだ」


「いいから呼んで。呼ぶだけでいい。君が金輪際、魔法なんてものを使いたくないことも、あいつとかかわり合いたくないことも承知だ。あいつとは僕が話をする」


「お前が頼むのか? 使い魔をどうにかしてくれと」

「いいや、どうにかするのは使い魔の方じゃない。僕の方」


 エセルは怪訝にした。ロゼットは茶器を机に置くと、代わりに、後ろにおいていた槍を取った。かろやかにくるりと回す。


「以前同様の身体に戻してもらうのさ。残りの寿命を代償に。そうすれば、あんな使い魔だってあっという間だ」

「は――?」


 エセルは呆け、それからすぐに怒気をあらわにした。


「バカいうな! なんのために人が助けてやったと」

「君が僕を助けたのは、戦を手伝ったら、その代償に命は助けるっていう契約があったからであるはずだよ。恩着せがましく言うな」


「おまえな――」

「僕自身もうっかりしていたんだけどさ。ラヴァグルードって魔力ないから、常人離れしていた身体を、寿命を代償に維持していたんだよね。だから短命。僕の場合、たぶん後十年」


 胸倉をつかむ勢いだったエセルは、止まった。逆にロゼットは、エセルのタイをつかんで引き寄せる。


「君のいう通り、旅に出たら危険だらけだろう。後十年も持つかも分からない。だったら、寿命を代償にしてでも、確実に五年なら五年、三年なら三年にしてもらった方が目標が立てやすいんだ」


「そういう問題か! おまえは自分の命を何だと思ってるんだ」

「前にいったよね? 僕は死ぬことが一番ひどいことだなんて思ってないって。つまらない気休めと偽善を吐くくらいなら、望みをかなえて」


「そ――そもそも長くないかどうかなんて、分からない。自棄で無茶をいうな」

「決心がつかない? なら、いいもの見せてあげるよ」


 おもむろに、ロゼットが机にどかっと乱暴に足をのせた。スカートをまくりあげ、白い肌をあらわにする。


「足をおろせ!」

「見ろ」


 ロゼットはタイを引っ張り、無理やりエセルの視線を固定した。ふくらはぎや大腿に、むざんな傷跡がついていた。最近のものではない傷跡が。


「……それは?」


「僕はあの時、一命を取り留めた。でも、傷は消えなかった。すぐには死なない程度に身体は治ったんだろうけれど、あいつの力をもってしても、完治はできなかったんだろう」


「バカな。そんなこと、あるわけない」


「あるわけないっていったって、実際、そうなんだよ。島を出ていくとき、短い命なんだから体を大事にねってわざわざいってきたよ、あの野郎」


「待て。早まるな。島一つまるごと復活させられる輩が、人一人、完全にもどせない? ありえない。嘘だ」


「嘘? そうだねえ。本当は、できるかもしれない。じゃあ、なんでしないんだろう」


 ロゼットは揶揄するように笑った。


「一応言っとくけど、君に責任は一切ないからね。君は約束を守った。僕の今後について、何かを思う必要はない」


 足をおろし、裾を元にもどし、ロゼットは改めて問う。


「呼んでくれる?」

「……断る」


 拳を握り、目をそらし、エセルはいった。ロゼットは少し悲しそうな顔をした。


「そう。なら仕方ない――一つ、苦労するしかなさそうだ」


 窓を破って、白い獣が飛び込んできた。

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