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いばらの冠  作者: サモト
薔薇の花冠

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6.

 マスカード伯は寝起きがよろしくない。寝起きはだれが何をいわなくとも、何をしなくとも、初期設定で不機嫌だ。


 そんな主人に、朝一番、開口一番に、昨晩のことを報告するのは、辞表を提出するのと同じことだと、腹心たちはよく知っていた。


「ということで、ロッツ、頼むからこれ着てくれ」

「意味が分からないんだけど」


 翌朝、食堂に出向いたロゼットは、突然差し出されたメイド服に眉根を寄せた。


 食堂の前には、ロゼットとヤナル、エドロット、キートの四人が集まっていた。エセルはまだいない。来るには、もうあと数刻必要だった。


「一つ確認するけど、僕ら、あいつにどう報告するか考えてたんだよね?」

「そうだぜ? ただへさえも昨日の嫌なオヤジの訪問で、伯爵の心がすさんであろうってのに」

「相手がまともでないときたら、ね」


 魔法も怪奇現象も大がつくほど嫌いな伯爵様なのだ。非常にデリケートな扱いを要する事件だ。下手をすれば、貴様のへたなジョークは聞き飽きた、と、うっかり首を斬られかねない。


「で、なんでメイド服なわけ? 意味不明すぎる」

「いいから着てくれ。それで全部が解決するんだよ」


 キートの言葉にエドロットも強くうなずいた。二人はそろって、かわいらしいエプロン付きのメイド服を押しつける。


「それ着て、上目遣いに『ごめんね、伯爵。今日一日、僕のこと好きにしていいから、怒らないで聞いて?』っていったら、伯爵もおまえの殊勝さに感心してたぶんきっと快く聞いてくれるから!」

「どう考えても怒り出すだろ!」


 ロゼットは服を床に叩きつけた。


「バカ、なにすんだよ! 俺らの首がかかってんだぞ!」

「ふざけんな! なんで僕一人犠牲になるんだよ! 君らが着たらいいだろ。あまりに衝撃的過ぎて、伯爵、怒る気も失くすと思うよ」

「んなことしたら、本当の意味で首が飛ぶっつーの!」

「――いつまでもそこに居座っているなら、それも考えるが」


 突然、背後から身も凍るような声をかけられ、キートたちは身をすくませた。恐る恐る両脇に下がり、背後を振り返る。くだんの伯爵様がご降臨あそばしていた。


「朝からこそこそ四人で集まって、なんの相談だ? どうせまた、ロクでもないことだろうが」

「違う違う、今回は意義のある話し合いだって」

「そうそう、ロッツを元通り女装させたらいいんじゃないかっていう話し合い」


 エドロットが床に捨てられたメイド服を拾い上げ、ロゼットの身体にあてた。


「どうよ、伯爵。かわいくね?」

「……馬子に衣装だな」


 エセルは眠たげにいい、かすかに眉根を寄せた。ロゼットを見下ろしたあと、目線を上にやってため息を吐く。


「だが、じゃじゃ馬にはもってこいの拘束具か」

「着せときますっ!」


 ロゼットは当然拒んだが、エセルににらまれた。


「どうせまたトラブルを起こしたんだろう。今度はなんだ」

「僕じゃないよ。突然、魔物みたいなのがあらわれたんだ」

「軽々しく魔物だとか口走らないでもらおうか、ワンダーランドの住人」

「大きな白っぽい狼に似た何かデス!」

「なんか身体が燃えてた気がするけど十分の一厘の確率で見間違いだと思う!」


 寝なおすつもりで回れ右をする主人を、キートとエドロットが決死の覚悟で引き留めた。慎重な言葉選びだった。エセルは朝食を延期して、四人を人気のない図書室へと呼び入れる。


「――事情は分かった。他に目撃者は?」

「いない。逃げ込むなら猟場かなと思って、じーちゃんに聞きに行ってみたんだけど、全然見たことないって。大型の獣が住み着いてる形跡もないっていってた」

「逃がした後に、手分けして館の周り探したけど、影も形もナシだったよ」

「だれかがケガして診療所に来たということもなかったので、他を襲ったりはしていないみたいですけれど」


 部下たちの報告を聞き終わると、エセルはひじかけを指先で叩いていた。ややしてから、分かった、とつぶやく。


「狙いはおまえたち限定だ。だれかに恨みを買ったんだろう。気をつけろ。以上だ」

「はあ!?」

「全然納得いかねえんだけど!?」

「おまえたちといっても、たぶんキートかエドのどちらかだな。もしくは、どちらも。

 バルフォア氏は遭遇してもすぐに襲われなかったようだし、じゃじゃ馬は獣を追い回しても、積極的に獣に襲われなかった。ヤナルについては、恨まれそうなところがないので除外」


 ひいきだ、差別だ、と不品行不方正な部下二人は抗議した。


「気をつけろったって、どうすりゃいいんだよ。相手、獣だぜ?」

「近づくと熱いし」

「バルフォア氏から頂いた物を首からぶら下げていればいいだろう。昨晩はそれで助かったんだろう」

「んなもんぶら下げてたら、変人だろ」


 キートたちは情けない顔でうなだれた。


「じゃ、やる前にやるしかないね」

「簡単にいうなよ。おまえでも敵わなかったんじゃねえか」

「昨晩は準備不足だっただけだよ。とりあえず、武器庫から弩と弓と剣を調達して、キートのおじいちゃんから罠を借りて備えよう。火薬はある? 間近で爆発させれば威嚇になるし、聴覚と嗅覚を鈍らせられる」

「じゃじゃ馬、ここを破壊する気か」


 物騒な策を提案しだすロゼットに、エセルがまなじりをつり上げた。


「貴様は動くな。騒ぎを大きくするな。おとなしくしていろ」

「この拘束具でも着て? 伯爵ってば、そんなに僕のメイド姿が見たい?」

「見たいな。ぜひとも」


 からかいを、エセルは額に青筋を浮かべながらも受け流した。予想しなかった仕返しに、ロゼットは憮然とする。


「冷血漢。かわいい部下が食い殺されてもいいってわけ?」

「実際に見ないことには、対策の立てようがないだけだ。身体が普通になったことにもまだ慣れていないくせに、首を突っ込むな」


 エセルは、不満をありありと浮かべるロゼットの腕をつかんだ。手の甲に包帯が巻かれているのは、昨晩、獣の炎で肌が炎症を起こしたせいだ。


「ここにきて数日の間に、いくつ騒ぎを起こしたり、騒ぎに首を突っ込んだりした。そんな調子では、いくつ命があっても足りない。今にのたれ死ぬぞ」

「君に口出しされる筋合いはないんだけど」

「私の部下のことに手出しされる筋合いもないんだがな」


 ロゼットは手を振りほどこうとして、できなかった。以前であればなんなくできただろうが、魔法を失った今は無理だった。力が拮抗してしまう。


「ここは私の館で、この二人は私の部下だ。おまえは関係ない。手出しするな。従えないなら出ていけ」


 先に手をはなしたのは、エセルの方だった。急に力を抜かれ、ロゼットはかるく本棚にぶつかった。


「とりあえず、具体的な対策を考えるのは食事をしてからだ。おまえたちは、その間に心当たりを思い出しておけよ」

「へえーい」


 情けない部下の返事を背に受けながら、エセルはすたすたと食事に向かった。

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