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いばらの冠  作者: サモト
薔薇の花冠

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25/58

4.

 窓を開けると、初夏のさわやかな風が吹きこんできた。広大な庭園を保つべく、数人の庭師がいそがしげに働いている。パチ、パチ、と単調に花鋏の音がひびいていた。


「クレイオ、突っ立ってないで、上着脱いでかけて。シーツ敷いて。荷物片づけて。クッションもってきて。君が使う部屋なんだから、君が動け」


 枕を手に取り、ロゼットはバルコニーに出た。長いこと使っていないため、客室にはうっすらほこりが積もっている。かるく掃除が必要だった。


「奇跡だね。あれだけ失言の連発だったのに、泊めてもらえることになるなんて」

「ええ、本当に。ロゼットのおかげですかね。ロゼット、結構、伯に気に入られているんですね」

「んなわけあるか。変人は手近で監視しておくに限るってことだ」


「え? 変人?」

「ここのやつらに島のこと聞いて回るなよ。追い出されて領地に立ち入り禁止ならいいけど、二度とここから出られなくなったら嫌だろ」

「……胆に銘じておきます」


 早く、と急かされ、クレイオはクッションを抱えた。二人はぱたぱたと、枕やクッションや敷物をはたく。


「でも、ロゼット、あなたに質問するのはアリですよね」

「質問するのは君の自由だけど、僕に答える義務はないからね」

「そんなあ。教えてくださいよ、どうして、どうやって冠が取れたのか」

「一族全員この手で全滅させたら取れたよ。それでいい?」


 口調は変わらないものの、ロゼットの新緑色の目はおどろくほど冷たい。クレイオは口ごもった。


「あなたが敵のはずの伯のところにいるのって」

「考えてる通りだよ。伯爵に加担した」

「そう、ですか」


 ほこりを払う音は、それぞれの手からばらばらに発せられた。


「師匠はきっと今頃、怒ってるだろうな。師匠はずっと僕に復讐なんてくだらないことはするなっていっていたから」

「やられたらやり返したいと思うのは、人間の当たり前の感情ですよ。人が皆、聖人になれるとは限らないんです」

「……そうだね」


「おじいさま、いつ亡くなったんです?」

「三年前。君が島から旅立って、すぐくらい」

「私が旅立つ時に、もう二度と会うことはないだろうといっていましたけれど……早かったですね。早すぎる。あなたが生きている間は大丈夫だろうと思っていたのに」


 クレイオはそっと息を吐いた。


「おーい、馬に積んであった荷物も持ってきたぞー」


 毛布と荷袋を抱え、キートが足で扉を開けた。はたく手を止め、クレイオは身をひるがえす。


「すみません、ありがとうございます」

「イエイエ。ロッツの友達って? めっずらしー。俺、キートな。俺もロッツの友達」

「クレイオです。クレイオ・バルフォア。どうもロゼットがお世話になっております」

「これはどーもご丁寧に。いつもお世話してますよ、ハイ」


 しずしずと頭を下げたキートに、ロゼットはクッションを投げつけた。


「――ってか、バルフォア? どっかで聞いたことあるようなするんだけど」

「『ハルベルト将軍』の方が通りがいいかもしれませんね、うちの祖父」


 クレイオが異名を口にすると、キートがポンと手を打った。ロゼットは首をかしげる。


「れ? ロッツ、知らねえの? 槍の名手だぜ?」

「自分のことを話さない人だったから」


 自分が知らなかったので、ロゼットは口をへの字に曲げた。ハルベルトとは槍の一種で、突くだけでなく斬ることもできる武器のことだ。扱いが難しいため、使うには熟練を要する。


「ウチのじーちゃんの飲み友達だ。意外な縁だな」

「キートのおじいちゃんも二つ名があったりするわけ?」

「『歌って踊れる戦場のトリック・スター』」

「戦いは」

「その節は、うちの祖父がそちらの祖父に大変お世話になりましてー」


 キートは慇懃に礼を述べた。その祖父ありにしてこの孫ありというべきか、この孫ありにしてその祖父ありというべきか。血は争えないらしい。


「ってことは、クレイオさんも強いんだよな。俺らの練習相手になってみねえ? 武器庫にしまってあるハルベルト、出してくるからさ」

「いやー、私はー……」

「無理だよ。クレイオは、兄弟子とは名ばかりだから」


 すっかりその気になっているキートに、ロゼットがあっさり言い放った。クレイオは及び腰で、すみませんー、と頭をかく。


「私は武器よりペンを持つのが好きな性質でして」

「見た目ハルベルト将軍様っぽいのにな」

「見た目だけはね。中身は全然ダメ。本当にダメ。ひとかけらも似てない」

「おまえ、お師匠様ラブなんだなあ」


 師匠への敬愛が溢れるがゆえ、ロゼットの評価は遠慮もお世辞もなく辛辣だった。


「もう一個荷物あるけど、馬繋いだらエドが持ってくると思う。なんかゴトゴト音してたけど、壊れやすいモン?」

「そうなんです。雑多なものが入ってまして。自分で運びますよ」


 三人がホールヘ降りると、ちょうどエドロットが荷物を運んで来るところだった。クレイオは礼をいって受け取り、蔓で編まれたカゴを慎重に抱える。


「重そうだね。一体、何が入ってるの?」

「色々ですよ。壺とか素焼きの人形とか動物の骨とか石とか――」


 クレイオは荷を持ち直そうとし、手をすべらせた。蓋がとれ、中身がこぼれる。階段を転がり、あたりに雑多な物が散らばった。


「げっ! 大丈夫か?」

「うわ、壺割れた」

「いいですよ。大したものではありませんので」


 キートたちはあわてるが、クレイオは鷹揚としていた。ロゼットが散らばったものを拾い、呆れる。


「ホント、たいしたもの入ってないね」


 錆びた銅の鏡や、木のナイフ、貝殻など、よくわからないものがたくさん入っていた。


「ってか、ガラクタ?」

「違いますよう。地方色豊かな品々ですよ。ロゼット、これあげます。お腹を押すと笑う招福人形。このふっくら顔がなんとも」

「いらない」


 ロゼットは二つ返事で人形をカゴにぶちこんだ。


「お二人もよかったら、お近づきの印に。魔よけの護符です。表面の絵は強力な魔物の顔で、そのおかげで災難が寄ってこないらしいんですよ」

「それ自体が災難だと思う」


 変な顔の彫られたメダルを、キートたちは明らかにもてあましていた。


「相変わらず好きだよねー。そーゆー怪しげなもの。僕の島に来たのも、そういうことを調べにだったし」

「だって、魔法とか、夢があるじゃないですか」

「この筒は何? 空っぽだけど」

「それは中に使い魔が入っていたんですよ」

「へー。入ってたんだ」

「疑ってますね!? ちゃんとまだ入っているらしいものもあるんですよ!?」

「らしい、ねえ」


 クレイオは散らばったものを拾うため、階段を下りていく。ホールに、来客がいた。四十がらみの、仕立ての良い服を着た男だ。


 目が合うと、クレイオはかるく会釈したが、男は怪訝そうにしただけだった。葉巻の煙を吐き、床に灰を落とす。通りかかったメイドに、客の前に姿を見せるな、と怒鳴り散らした。


「げえ。また来たのかよ」

「面倒くさいのが来たな」


 キートとエドロットは、長身なクレイオの影に隠れて、うんざりしていた。落ちたものを手早く拾い集め、ロゼットたちを二階へ急かす。


「何? だれ、あれ。なんかあるの?」

「あれはな、伯爵のとーちゃんの妹の婿。つまりおじさん」

「で、伯爵をここにおいやった張本人」

「あれが?」


 ロゼットは目を丸くした。男は、まだメイドにからんでいる。


「へえ。あれがねえ。やるじゃんって、挨拶でもしてきてやろうかな」

「やめとけよ。おまえ、絶対三分であのオヤジをひねりあげるぞ。すでに俺らも睨まれてるくらいなんだからさ」

「そーそー。婿養子のくせに、やたら威張りくさるヤなオヤジだからな。伯爵にはネチネチネチネチ絡むし」

「評判悪いねえ」


 耳を澄ませば、花鋏の音も途絶えている。庭師たちも一斉にどこかへ身をひそめたようだった。


「伯爵もなんだって大人しくしてんだか。意味わかんねえよ。あの業突く張りがこのままで終わるワケねーじゃん。今に身ぐるみ剥がされるぞ」

「同感。でも、伯爵様はケッペキだからねえ。やむなしとか思っちゃってんじゃない?」


 部下二人は渋い顔をしたが、仮にも客の前だ。愚痴は早々にひっこめた。


「クレイオさん、今日の夕食は俺らとどう? じいちゃん同士が呑み仲間だった仲だしさ。夜番あるから詰所になって悪いけど、一緒に食わねえ?」

「いいんですか? ぜひ、ご一緒させてください」

「決まりだな。食料調達してくるわ。ロッツ、夕方になったら詰所にクレイオさん連れてこいよ」

「分かった。――クレイオ、何してんの?」


 クレイオがカゴを抱え、階段からホールをのぞきこんでいる。きょろきょろと、何か探していた。


「何か拾い忘れたものがあった?」

「そんな気がするんですが……」


 男が今度は執事と何か言い合っているので、クレイオはそろそろと身を引っ込めた。


「いいです。確認してみて、なかったらまた探します」

「それがいいと思うよ、失言王。あの人とまでトラブル起こしたら、今夜の宿が無くなるからね」


 キートたちが食料調達に去っていくと、ロゼットたちも部屋に引っ込んだ。

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