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第39話 ヒロ空港

「チケット、取れるかしら」


 運転席。ハンドルをにぎる女性が、そう声にだした。


「とりあえず空港までいってみます」


 助手席に座っているぼくは答えた。


「タッツ、もう一個」

「わたし、ストロベリーチョコがいい!」


 後部座席から声が聞こえた。双子の女の子、マナとニナだ。


「その二個だけなんだ。ごめんよ」

「ちょっと、あなたたち、ありがとうでしょ。泣かしたうえに、ドーナツまでせしめて!」


 このふたりに泣かされたわけではないけど、はたから見るとそうだった。


 泣いているぼくの頭を双子がなでていて、そこにあらわれたのが、このお母さんだ。


 家まで送ってあげると言われたのだが、ヒロ空港まで送ってもらうことにした。


 ウィル、スタッビー、キアーナの三人に会いたい。あのキアーナの書きこみでわかった。三人は、ぼくを心配しているはずだ。


 あのマキリさんが撃たれた次の日、ウィルから電話はあった。でも、ぼくは電話にでなかった。送られてきたメッセージは一通だけ。


「元気になったら、また図書館にこいよ」


 それだけだった。キアーナが書きこみをしているということは、三人は知っている。あの日、なにがあったのか。ひょっとしたら、ドミニクさんから聞いたのかもしれない。


「話せないとは聞いたけど、知りたいわよねぇ」


 ハンドルを豪快に切りながら、双子のお母さんが言った。このお母さんも、ぼくを見てすぐに「タッツ?」と聞いてきた。


 ぼくは「そうです」とは答えたが、あまりくわしくは話せないと言っておいた。


 車がまた急カーブを曲がった。年季の入ったジープだった。ジープは島の生活スタイルにあっているのか、ハワイ島ではけっこう見かける車だ。


「すいません。話せるときがきたら、そのときはなんでも」

「そうね。なんだか深刻そう。飛行機乗れるといいわね!」


 その言葉で、前方をむいた。見えてきたのは小さな飛行場、ヒロ空港だ。


 空港まえの長い降車場で、ぼくは車をおりた。後部座席の双子には手をふり、お母さんには感謝を伝える。


 ハワイ諸島から国外は飛んでないけど、島間の便はすこしあると、さきほど聞いた。


 チケットは予約してないけど、キャンセルを待てばいい。そう思ったぼくの予想は甘かった。


 チケットカウンターまでいくと、そのまえは長蛇の列。これではキャンセル待ちも無理か。


「ひょっとして、タッツ?」


 声がしたほうをむくと、近くの待ちあいイスに座った若い女性だ。ハワイアンらしい褐色でふくよかな女の子は、片手に口のあいたチリスナック。もう片方にはスマートフォンを持って、ぼくを見あげている。


「うわあ、ほんとにそうだ。ねえねえねえ!」


 声が大きかったので、あわてて近くに歩みよった。


 掲示板のことを聞いてきたので、くわしくは話せないとあやまった。


「じゃあ、これだけ教えて。異星人が、ハワイアンの子を助けたって、ほんと?」


 ぼくはうなずいた。知っておいてほしい事実だ。


「あと、マウイ島の半分がエイリアンってのは!」


 それは聞く必要があるように思えなかったけど、強く否定しておく。異星人たちは、ヒロの沖に浮かぶ宇宙船のなかだけだと説明しておいた。


 ハワイアンの若い女性は、ぼくの話を興味津々《きょうみしんしん》の顔で聞いていた。その顔がふっと疑問を思いついたような表情に変わり、ぼくのかっこうを見つめてきた。


「タッツは、なにしに空港へ?」


 ぼくはジーンズにTシャツという、着の身着のままの服装だった。たしかにヒロ空港にいるまわりの人を見まわすと、ほとんど人は大きな荷物を持っている。


 ここハワイ島のヒロは、異星人の船に近い街だ。でていく人のほうが多いのだろう。


「オアフ島へいかなきゃならないけど」


 予約なしでは無理かもしれない。そう思っていると、目のまえの女の子は目をかがやかせるような表情になった。


「オアフなの? ちょうどいい、わたしのチケットをゆずるわ!」

「ええ? それは悪いよ」

「いいの。でもひとつ、お願いしていい?」


 なんのお願いだろうと思ったら、おばあちゃんを家まで送ってほしいとのことだ。


「おばあちゃんね、ヒロに住むわたしを心配してきてくれたんだけど、ひとりで帰すのも心配じゃない」


 それはたしかに。いつもならのんびりしたヒロ空港も、いまは混雑していて危険な雰囲気もある。


 ぼくがその祖母を送っていけば、この女の子もオアフまで往復しなくてすむという。


「でも、そのおばあちゃんが、いやじゃないかな。見ず知らずの人と同行なんて」

「それは、だいじょうぶ。きっとよろこぶわ」

「よろこぶ?」


 ちょうどそのとき、トイレにいっていたという祖母が帰ってきた。しわの多い高齢の女性だけど背筋はしっかりしていて、そしてなにより、ぼくにとって身近な顔立ちだった。


「わたしのおばあちゃん。ツルコ・カナカオレ」


 やっぱり。日本人だ。


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