表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/40

第36話 戦闘機

 気づけば、ぼくは、さけんでいた。


 雨のなかで異星人の頭を抱きかかえ、言葉にならない声でさけんでいた。


 大勢のアメリカ兵がきて、もみくちゃにされた。


 緑の兵士さんと引きはがされ、滑走路に押さえつけられる。


 アスファルトは水びたしで、顔をよこにそむけた。


 車両が二台きた。後部部のハッチバックがあいて、なにかをおろしている。ストレッチャーだ。


 ジープのうしろから、ドミニクさんが乱暴に引きずりだされてくる。両腕を持って引きずられ、うめくような声が聞こえた。


 二台のストレッチャーに、マキリさん、ドミニクさん、それぞれが載せられた。ドミニクさんは動いている。マキリさんは、もう動いていない。


 うつぶせで押さえられて動けなかった。視界のなかに革靴があらわれた。ぼくのそばにだれが立ったのか。首をひねって上を見る。


 ギャザリング参謀議長。制帽のつばからは、雨がしたたり落ちていた。


「敵の司令官より入電!」


 聞きまちがえだろうか。敵の司令官、そう聞こえた。ギャザリング参謀議長もおどろきの顔で、声がしたほうへふりむく。


「敵と言ったか!」

「ハッキングされたもよう。地球の代表者をだせと!」


 ギャザリング参謀議長が、ぼくを見おろした。その顔は無表情だ。


「地球の未来を考えるのなら、なにもしゃべるな」


 それだけ言われ、立たされた。


 雨に濡れて水をしたたらせたまま、司令室に連行される。


 司令室は静かだった。多くの兵士がいるのに、だれも口をあけていない。だれもが食い入るように部屋の前方にある大型スクリーンを見つめていた。


 そこに映っていたのは、ぼくが何度も見た異星人の部屋。


 軍人の制服を着ていて、緑色をした顔の異星人。その上半身が映っている。あのアルミ板のようなデスクに座った提督だ。


「グリーン提督!」


 声をだした瞬間に、となりに立つアメリカ兵士に肩をつかまれた。


 この連絡がもっと早ければ。一時間、いや30分、もうすこし早ければ、あのマキリさんは助かったのかもしれない。


 グリーン提督がぼくを見た。そして次に、自身の腕を見た。


 提督は、なにをしているのだろう。見ているのは自分の時計。代表者ふたりがつける時計だ。


 そうか、わかった。ぼくの時計はこわれた。送られるシグナルが止まったか、または異常な電波がとどいた。それでグリーン提督は異変を知ったにちがいない。


 そしてマキリさん、あの緑の兵士さんは言っていた。この時計の位置はわかると。こわれるまえの位置は、ここ司令室だ。だからグリーン提督は、ハッキングして連絡を入れてきたのか。


「勝手に回線をつかうのは、この国では違法行為にあたる!」


 背後から声がした。遅れて司令室に入ってきたのは、ギャザリング参謀議長だ。


 グリーン提督がギャザリングを見た。


「では次回から、気をつけよう」


 返答に違和感を感じた。気をつけようがない。ぼくのほうが故障しているので、地球人とは連絡の取りようがない。


 いや、ちがう。ぼくの腕時計がこわれているのを言わないためか!


 あのマキリさんは言ってなかったか。腕の時計は一時間ぐらい、周辺を録画していると。だから代表者には手がだせないと。


 思わず左腕をそっと動かした。数字の消えた表面を内側にむける。いま録画されていないと知られたら、ぼくはどうなるのか。


 異星人の司令官はかしこい。むこうはこちらの状況がわからない。だから余計なことは言わないのか。


 そのグリーン提督がギャザリング参謀議長を見て、口をひらいた。


「私の部下を返してほしい」


 胸が締めつけられた。その人はもういない。ギャザリン参謀議長はどう答えるのか。背後にいる参謀議長を見ると、眉をよせて顔をしかめている。


「悲しい事故が起きた」


 ギャザリングがそう口をひらくと、数人のアメリカ兵があらたに入ってきた。小さなモニターが運ばれてくる。


 数人のアメリカ兵が機敏に動いていく。モニターはスチールの台に乗せられ、ノート型のパソコンに接続された。


「いま、その映像をだす」


 ギャザリングが言い、モニターにでたのは、ついさきほどの光景だ。遠くからの望遠で録画しているのか、画面がぶれる。ぶれるけど、ぼくらの姿はくっきり見えた。


 黒いライダースーツのマキリさんが、片手でぼくのえりくびをつかみ持ちあげている。そしてもう片方の銃をかまえた。ぼくは目をとじた。見たくない。銃声。


「やむを、えなかった」


 ギャザリングの声で、ぼくは目をあけた。映像は終わっている。


「宇宙人は、地球の民間人二名を人質にして逃走。うち一名が負傷」

「そんな、ドミニクさんも、ぼくも!」


 ギャザリングがぼくをにらんだ。


「ミスター・オチは、民間人ではない。地球の代表」


 スクリーンのスピーカーから聞こえた。ふり返ってみると、グリーン提督は無表情だ。


 ぼくは地球の代表。そのとおりで、ぼくを盾にするのは無理だ。ぼくを殺せば侵略者側の負けになる。こんな言い訳、あきらかに不自然だ。


 そうだ、時計。こわれる一時間まえからの記録があるのではないか。


 考えこんでいたところ、ギャザリングが、ぼくの肩をつかんだ。


「地球人として、なにか言うことはあるか」


 ギャザリングの言葉で、われに返った。


 地球人。ぼくは地球人で、かれらは侵略してきた異星人。


 言葉に詰まった。かれらは敵であって、ぼくが協力するのは、地球側。


「仲間の遺体を回収する」


 ふいにグリーン提督が言った。


「そちらの基地へ、着陸の許可を」

「それはこまる。地球の民間人が攻撃された。その犯人の遺体だ」


 グリーン提督が間を置いた。ギャザリングを見つめている。


「きさまは軍人か?」


 提督の口調が変わった。言われたギャザリングが、むっとしたような顔をした。


「私は十八から、軍人をしている」

「ならばわかるだろう。軍人にとって仲間は家族だ。家族の遺体が傷つけられるのを、だまって見ていると?」


 ギャザリングが、ぼくを押しのけてまえにきた。


「おどすつもりか」

「武力を辞さない、そう言っている」

「大統領の居場所はつかめんぞ。攻撃はさせん!」

「われわれが攻撃するなら、そこではない」


 グリーン提督がデスクから立ちあがった。カメラのほうへ歩いてくる。そして、おそらくカメラを持ちあげた。


 ぼくの腕時計についていたカメラでも、豆つぶほどの大きさだった。デスクのまえに置いていた小さなカメラを手に取ったと思われる。


 映像はぶれていて、よくわからない。それでも歩く音は聞こえた。


 あの母船の通路だ。それはわかった。


 グリーン提督はしばらく歩き、立ち止まる。灰色をした鉄のドアが自動的にひらいた。


 広がった景色に、こちらのだれもが息を飲んだ。


 宇宙船の巨大な空間。それを高い位置から見おろしている。


 にぶい灰色をした宇宙船の床と壁。黄色く塗装された部分が通路か。通路は、まっすぐ奥までのびている。


 左右の壁には大きな穴がならんでいる。発射口にちがいない。大きな穴のまえには、戦闘機らしき機体がある。三角形のうすい機体に、中央のふくらみがコックピットだ。


 戦闘機は何台あるのか。巨大な空間のむこうまでならんでいる。


 カメラが、さらに下をむいた。兵士たちがならんでいる。あの黒いライダースーツと、フルフェイスのような戦闘服。100人、いや200人はいる。


「これより、アメリカ海軍基地への攻撃をおこなう!」


 巨大な空間に、グリーン提督の声がひびいた。


「ノーフォーク海軍基地! サンディエゴ海軍基地! メイポート海軍補給基地!・・・・・・」


 アメリカ国内の主要基地を大声であげていく。ここハワイは入っていない。


「グアム海軍基地! グァンタナモ海軍基地! ナポリ海軍支援施設!・・・・・・」


 国内だけではないのか。海外にある基地の名も、グリーン提督は次々とあげていく。


 すでに、どの兵士が、どこの基地を攻めるのか決めていたのか。基地の名があげられるたびに、整列していたなかから黒ずくめの異星人兵士が走りだす。


 ずらりと壁の穴にならぶ戦闘機の一番手前。うすい三角形の鉄のかたまりが、うしろに火をふいた。さらにほかの戦闘機にもエンジンが点火された。轟音とともに戦闘機が次々と発進していく。


 くるりとカメラのむきが変わった。緑色の司令官が、こちらを見つめている。


「私の直属の部下は、たった二八九名。だが全員が戦闘機乗りだ。それぞれの基地へむかうのは三機ほど。だが、そちらの軍事力では一機も落とせないだろう。それぞれの基地にいる隊員へ、避難命令をだしたまえ」


 ぼくのななめまえに、ギャザリング参謀議長は立っていた。言葉を失い、顔は青ざめている。


「せ、戦争を始める気か」

「ケンカだ。私は家族の遺体を返せと言っている。だが、そちらの海軍が返さない」

「無茶な、基地には多くの人がいる。非人道的だ!」

「非人道的だと?」


 グリーン提督が、けわしい視線でにらんだ。


「きさま、軍人だろう。もはや芝居がかった口調はよせ。こちらが引く気はない。落とし所は仲間の遺体をわたせと言っている!」

「わ、わたしに指揮権はない。アメリカ軍の最高指揮権は」

「あの無能と交渉するひまなどない。きさまが決めろ!」


 ギャザリング参謀議長は、いまにも倒れそうな表情だ。


「決められんのなら、基地へ退避命令をだせ、きさまの部下、何万人が死ぬぞ!」


 司令室に無言の静けさが流れた。だれも動かない。


「わたす。引きわたす」


 ギャザリング参謀議長が言った。グリーン提督が小さくうなずく。


「では小型輸送船をそちらに送る。わが軍の兵士の遺体。身につけていた衣服、そしてわれらが使用した救命ボートもだ」


 ギャザリングがうなずくまえに、さらにグリーン提督は言葉をつづけた。


「こちらの兵士が負傷させた二名、ミスター・オチと民間人。その二名の治療はこちらでおこなう」


 いっしゅん頭が混乱した。いや、グリーン提督は昨日にドミニクさんとは会っている。これは、ぼくとドミニクさんが危険な状況だと判断したのか!


「グリーン提督、四名です! ランドル、セドウィク、両名の治療も希望します!」

「わかった。治療は四名、許可する」


 ドミニクさんの弟ふたりも、ここから連れだしたほうがいい。


「小型船はすぐに着く。到着後、地球標準時間で五分以内に離脱する。準備をおこたらぬように」


 われに返ったように、ギャザリング参謀議長が口をひらいた。


「勝手に決めてもらってはこまる!」


 いまいちど、グリーン提督がギャザリングを見つめた。その緑色した顔は無表情だ。


「こちらが、どれほど譲歩していると思うのか。それとも公平にするか。そちらもひとり、兵士をわれらに差しだしてみるか。不毛なやり取りはしない。すみやかに動きたまえ。いつでもこちらは攻撃を再開できる。以上だ」


 それだけ言うと、グリーン提督の通信は切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ