第36話 戦闘機
気づけば、ぼくは、さけんでいた。
雨のなかで異星人の頭を抱きかかえ、言葉にならない声でさけんでいた。
大勢のアメリカ兵がきて、もみくちゃにされた。
緑の兵士さんと引きはがされ、滑走路に押さえつけられる。
アスファルトは水びたしで、顔をよこにそむけた。
車両が二台きた。後部部のハッチバックがあいて、なにかをおろしている。ストレッチャーだ。
ジープのうしろから、ドミニクさんが乱暴に引きずりだされてくる。両腕を持って引きずられ、うめくような声が聞こえた。
二台のストレッチャーに、マキリさん、ドミニクさん、それぞれが載せられた。ドミニクさんは動いている。マキリさんは、もう動いていない。
うつぶせで押さえられて動けなかった。視界のなかに革靴があらわれた。ぼくのそばにだれが立ったのか。首をひねって上を見る。
ギャザリング参謀議長。制帽のつばからは、雨がしたたり落ちていた。
「敵の司令官より入電!」
聞きまちがえだろうか。敵の司令官、そう聞こえた。ギャザリング参謀議長もおどろきの顔で、声がしたほうへふりむく。
「敵と言ったか!」
「ハッキングされたもよう。地球の代表者をだせと!」
ギャザリング参謀議長が、ぼくを見おろした。その顔は無表情だ。
「地球の未来を考えるのなら、なにもしゃべるな」
それだけ言われ、立たされた。
雨に濡れて水をしたたらせたまま、司令室に連行される。
司令室は静かだった。多くの兵士がいるのに、だれも口をあけていない。だれもが食い入るように部屋の前方にある大型スクリーンを見つめていた。
そこに映っていたのは、ぼくが何度も見た異星人の部屋。
軍人の制服を着ていて、緑色をした顔の異星人。その上半身が映っている。あのアルミ板のようなデスクに座った提督だ。
「グリーン提督!」
声をだした瞬間に、となりに立つアメリカ兵士に肩をつかまれた。
この連絡がもっと早ければ。一時間、いや30分、もうすこし早ければ、あのマキリさんは助かったのかもしれない。
グリーン提督がぼくを見た。そして次に、自身の腕を見た。
提督は、なにをしているのだろう。見ているのは自分の時計。代表者ふたりがつける時計だ。
そうか、わかった。ぼくの時計はこわれた。送られるシグナルが止まったか、または異常な電波がとどいた。それでグリーン提督は異変を知ったにちがいない。
そしてマキリさん、あの緑の兵士さんは言っていた。この時計の位置はわかると。こわれるまえの位置は、ここ司令室だ。だからグリーン提督は、ハッキングして連絡を入れてきたのか。
「勝手に回線をつかうのは、この国では違法行為にあたる!」
背後から声がした。遅れて司令室に入ってきたのは、ギャザリング参謀議長だ。
グリーン提督がギャザリングを見た。
「では次回から、気をつけよう」
返答に違和感を感じた。気をつけようがない。ぼくのほうが故障しているので、地球人とは連絡の取りようがない。
いや、ちがう。ぼくの腕時計がこわれているのを言わないためか!
あのマキリさんは言ってなかったか。腕の時計は一時間ぐらい、周辺を録画していると。だから代表者には手がだせないと。
思わず左腕をそっと動かした。数字の消えた表面を内側にむける。いま録画されていないと知られたら、ぼくはどうなるのか。
異星人の司令官はかしこい。むこうはこちらの状況がわからない。だから余計なことは言わないのか。
そのグリーン提督がギャザリング参謀議長を見て、口をひらいた。
「私の部下を返してほしい」
胸が締めつけられた。その人はもういない。ギャザリン参謀議長はどう答えるのか。背後にいる参謀議長を見ると、眉をよせて顔をしかめている。
「悲しい事故が起きた」
ギャザリングがそう口をひらくと、数人のアメリカ兵があらたに入ってきた。小さなモニターが運ばれてくる。
数人のアメリカ兵が機敏に動いていく。モニターはスチールの台に乗せられ、ノート型のパソコンに接続された。
「いま、その映像をだす」
ギャザリングが言い、モニターにでたのは、ついさきほどの光景だ。遠くからの望遠で録画しているのか、画面がぶれる。ぶれるけど、ぼくらの姿はくっきり見えた。
黒いライダースーツのマキリさんが、片手でぼくのえりくびをつかみ持ちあげている。そしてもう片方の銃をかまえた。ぼくは目をとじた。見たくない。銃声。
「やむを、えなかった」
ギャザリングの声で、ぼくは目をあけた。映像は終わっている。
「宇宙人は、地球の民間人二名を人質にして逃走。うち一名が負傷」
「そんな、ドミニクさんも、ぼくも!」
ギャザリングがぼくをにらんだ。
「ミスター・オチは、民間人ではない。地球の代表」
スクリーンのスピーカーから聞こえた。ふり返ってみると、グリーン提督は無表情だ。
ぼくは地球の代表。そのとおりで、ぼくを盾にするのは無理だ。ぼくを殺せば侵略者側の負けになる。こんな言い訳、あきらかに不自然だ。
そうだ、時計。こわれる一時間まえからの記録があるのではないか。
考えこんでいたところ、ギャザリングが、ぼくの肩をつかんだ。
「地球人として、なにか言うことはあるか」
ギャザリングの言葉で、われに返った。
地球人。ぼくは地球人で、かれらは侵略してきた異星人。
言葉に詰まった。かれらは敵であって、ぼくが協力するのは、地球側。
「仲間の遺体を回収する」
ふいにグリーン提督が言った。
「そちらの基地へ、着陸の許可を」
「それはこまる。地球の民間人が攻撃された。その犯人の遺体だ」
グリーン提督が間を置いた。ギャザリングを見つめている。
「きさまは軍人か?」
提督の口調が変わった。言われたギャザリングが、むっとしたような顔をした。
「私は十八から、軍人をしている」
「ならばわかるだろう。軍人にとって仲間は家族だ。家族の遺体が傷つけられるのを、だまって見ていると?」
ギャザリングが、ぼくを押しのけてまえにきた。
「おどすつもりか」
「武力を辞さない、そう言っている」
「大統領の居場所はつかめんぞ。攻撃はさせん!」
「われわれが攻撃するなら、そこではない」
グリーン提督がデスクから立ちあがった。カメラのほうへ歩いてくる。そして、おそらくカメラを持ちあげた。
ぼくの腕時計についていたカメラでも、豆つぶほどの大きさだった。デスクのまえに置いていた小さなカメラを手に取ったと思われる。
映像はぶれていて、よくわからない。それでも歩く音は聞こえた。
あの母船の通路だ。それはわかった。
グリーン提督はしばらく歩き、立ち止まる。灰色をした鉄のドアが自動的にひらいた。
広がった景色に、こちらのだれもが息を飲んだ。
宇宙船の巨大な空間。それを高い位置から見おろしている。
にぶい灰色をした宇宙船の床と壁。黄色く塗装された部分が通路か。通路は、まっすぐ奥までのびている。
左右の壁には大きな穴がならんでいる。発射口にちがいない。大きな穴のまえには、戦闘機らしき機体がある。三角形のうすい機体に、中央のふくらみがコックピットだ。
戦闘機は何台あるのか。巨大な空間のむこうまでならんでいる。
カメラが、さらに下をむいた。兵士たちがならんでいる。あの黒いライダースーツと、フルフェイスのような戦闘服。100人、いや200人はいる。
「これより、アメリカ海軍基地への攻撃をおこなう!」
巨大な空間に、グリーン提督の声がひびいた。
「ノーフォーク海軍基地! サンディエゴ海軍基地! メイポート海軍補給基地!・・・・・・」
アメリカ国内の主要基地を大声であげていく。ここハワイは入っていない。
「グアム海軍基地! グァンタナモ海軍基地! ナポリ海軍支援施設!・・・・・・」
国内だけではないのか。海外にある基地の名も、グリーン提督は次々とあげていく。
すでに、どの兵士が、どこの基地を攻めるのか決めていたのか。基地の名があげられるたびに、整列していたなかから黒ずくめの異星人兵士が走りだす。
ずらりと壁の穴にならぶ戦闘機の一番手前。うすい三角形の鉄のかたまりが、うしろに火をふいた。さらにほかの戦闘機にもエンジンが点火された。轟音とともに戦闘機が次々と発進していく。
くるりとカメラのむきが変わった。緑色の司令官が、こちらを見つめている。
「私の直属の部下は、たった二八九名。だが全員が戦闘機乗りだ。それぞれの基地へむかうのは三機ほど。だが、そちらの軍事力では一機も落とせないだろう。それぞれの基地にいる隊員へ、避難命令をだしたまえ」
ぼくのななめまえに、ギャザリング参謀議長は立っていた。言葉を失い、顔は青ざめている。
「せ、戦争を始める気か」
「ケンカだ。私は家族の遺体を返せと言っている。だが、そちらの海軍が返さない」
「無茶な、基地には多くの人がいる。非人道的だ!」
「非人道的だと?」
グリーン提督が、けわしい視線でにらんだ。
「きさま、軍人だろう。もはや芝居がかった口調はよせ。こちらが引く気はない。落とし所は仲間の遺体をわたせと言っている!」
「わ、わたしに指揮権はない。アメリカ軍の最高指揮権は」
「あの無能と交渉するひまなどない。きさまが決めろ!」
ギャザリング参謀議長は、いまにも倒れそうな表情だ。
「決められんのなら、基地へ退避命令をだせ、きさまの部下、何万人が死ぬぞ!」
司令室に無言の静けさが流れた。だれも動かない。
「わたす。引きわたす」
ギャザリング参謀議長が言った。グリーン提督が小さくうなずく。
「では小型輸送船をそちらに送る。わが軍の兵士の遺体。身につけていた衣服、そしてわれらが使用した救命ボートもだ」
ギャザリングがうなずくまえに、さらにグリーン提督は言葉をつづけた。
「こちらの兵士が負傷させた二名、ミスター・オチと民間人。その二名の治療はこちらでおこなう」
いっしゅん頭が混乱した。いや、グリーン提督は昨日にドミニクさんとは会っている。これは、ぼくとドミニクさんが危険な状況だと判断したのか!
「グリーン提督、四名です! ランドル、セドウィク、両名の治療も希望します!」
「わかった。治療は四名、許可する」
ドミニクさんの弟ふたりも、ここから連れだしたほうがいい。
「小型船はすぐに着く。到着後、地球標準時間で五分以内に離脱する。準備をおこたらぬように」
われに返ったように、ギャザリング参謀議長が口をひらいた。
「勝手に決めてもらってはこまる!」
いまいちど、グリーン提督がギャザリングを見つめた。その緑色した顔は無表情だ。
「こちらが、どれほど譲歩していると思うのか。それとも公平にするか。そちらもひとり、兵士をわれらに差しだしてみるか。不毛なやり取りはしない。すみやかに動きたまえ。いつでもこちらは攻撃を再開できる。以上だ」
それだけ言うと、グリーン提督の通信は切れた。




