第35話 マキリ
暗闇のなかで戦闘の音が聞こえた。
「タッツ、でるぞ!」
腕をつかまれ引っぱられた。声はドミニクさんだ。
廊下にでる。非常灯がついていた。赤い電灯でうっすら見える。そして廊下のさきにいたのは、黒いライダースーツに全身をつつんだ緑の顔をした兵士だ。
兵士さんの両手首には、手錠はある。でもどうやったのか、つなげる鎖は左右で引きちぎられていた。
「出口まで誘導する!」
ドミニクさんの声に、緑の兵士はうなずく。
三人で走った。廊下のさき、曲がりかどからアメリカ兵がきた。
「近づくと撃つぞ!」
ドミニクさんは天井にむかって二発拳銃を撃った。アメリカ兵が退避する。そのすきにドミニクさんを先頭にして走った。
赤い非常灯だけの暗い廊下をぬける。外にでた。
「止まれ!」
目のまえにジープに乗ったアメリカ兵がふたり。手には自動小銃。
「タッツ、すまん。動くなよ!」
ドミニクさんが、ぼくのこめかみに銃をつきつけた。
「銃をおろせ、この少年を撃つぞ!」
ふたりのアメリカ兵がひるんだときだ。まるで猫が飛びだしたかのように早く動いた人影があった。
動いたのは緑の兵士。ジープの荷台にいたアメリカ兵に飛びつく。ふたりはからまり地面に落ちた。さきにすばやく立ちあがったのは緑の兵士。手には自動小銃を持っている。からまった瞬間にうばったのか!
「銃を捨て、車からおりろ!」
緑の兵士は、大声でどなった。地面によこたわるアメリカ兵に銃口をむけている。ジープの運手席にいたアメリカ兵が、銃を置いてジープからおりた。
「いくぞ、タッツ!」
ドミニクさんに言われ駆けだす。三人でジープに乗りこんだ。運転席に乗りこむのはドミニクさんだ。座ってすぐにアクセルを踏む。
ジープが急発進した。
ぼくはうしろをふり返った。さきほどの建物から、多くの兵士たちがあふれでてきている。
「追っかけてきそうです!」
ぼくのあげた声に、ドミニクさんが首をひねってふり返った。
「前方!」
言ったのは異星人の兵士。ぼくもドミニクさんもあわてて車のまえを見る。
まえからジープ。ドミニクさんはハンドルを右に切った。
しばらく走ると十字路。まえからアメリカ兵を乗せたジープ。さらに右からも。
荷台のほうに乗っていた緑の兵士さんが動いた。さきほど、うばい取った自動小銃をかまえる。相手のジープではない。空にむかって乱射した。むかってくるジープ二台が急停車する。そのすきにドミニクさんはハンドルを切った。左の道に入る。
この道を思いだした。ぼくは何度もヘリコプターで連れてこられた。
「このままだと!」
言い終わるまえに道がひらけた。滑走路だ。
ドミニクさんはブレーキを踏んだ。でも後方からアメリカ兵たちが駆けてくる。たまらずドミニクさんは再度アクセルを踏んだ。
「ぼくはヘリから見たことがあります。このさきは海です!」
「それでも、引き返せねえぞ!」
うしろをふり返った。走ってくるアメリカ兵や、軍用ジープ、それに戦闘車両までが滑走路にむかい各方面からでてきている。
滑走路は長かった。ドミニクさんはジープをひたすら走らせる。
もういちど背後を見た。アメリカ兵である迷彩服の集団は、いそいで追いかけてはこない。滑走路をふさぐように広がり、じりじり追い詰めるように進んでくる。
ドミニクさんがジープを止めた。
数メートルさき、滑走路が切れている。
ドミニクさんと緑の兵士さん、ふたりは車からおりて駆けた。ぼくもつづく。
三人で滑走路が切れるところまで走り、下をのぞきこんだ。
断崖絶壁だ。海面までは遠く、飛べば岩場に落ちて死ぬだけだ。
乗ってきたジープまでもどった。でも、遠くから横一線にならんだアメリカ兵が、ゆっくりと近づいてくる。
「この車を、よこに動かしてもらえますか」
異星人の兵士が言った。ドミニクさんが運転席に乗りこみ、ジープをすこしバックさせる。
次にハンドルを切って前進させた。ジープは滑走路に対しよこになって止まる。
ドミニクさんがジープからおりると、今度は緑の兵士さんがジープに近づく。助手席にあった自動小銃と拳銃を取ると、それは地面に置いた。そしてスーツの腰あたりでなにかを押した。
「盾のかわりにしましょう」
なんのことかと思う間もなく、ジープの車体に近づく。しゃがんで車体をつかみ「ふっ!」と強く息をはいて力を入れると、なんとジープがひっくり返った!
「すごい、強化スーツだ!」
ぼくの言葉に緑の兵士さんは笑みを見せた。腰にボタンがあるのか、もういちど押す。
「ただの道具です。さすがにこれを使用しても、一個小隊にも勝てない」
そうなのか。ぼくにはスーパーマンに見える。でもそうか、ひとりを倒しているあいだに、ほかから撃たれれば終わりだ。
ひっくり返ったジープのタイヤ、そして車の下側を目のまえにして、三人で座った。
ドミニクさんが、ジープのよこから滑走路をのぞいている。
「じりじり、近づいてくるな」
つぶやいたドミニクさんの表情はあせっている。反対に緑の兵士さんは、冷静に座った体勢で小さな拳銃をさわっていた。
「なるほど、こういう構造ですか」
「拳銃か。あのえらそうなやつから、ぶんなぐって取ってきたぜ」
ぶんなぐった相手は、きっとギャザリング参謀議長だ。ドミニクさんはベースボールにはくわしいけど、政治家はくわしくないらしい。
「すまねえな。助けられなかった」
ドミニクさんはそう言うと、兵士さんのとなりにきて座りなおした。
「ミスター・オチ、腕のタイマーを」
緑の兵士さんに呼ばれたので、ぼくも近くに移動して座りなおす。
兵士さんが、ぼくの左腕を取った。腕の時計を見ている。
腕の時計は数字の表示が消えていた。
「こわれましたね」
「さきほど、言われませんでしたか、こわれないのでは」
「物理的な衝撃では、という意味です。司令官に連絡をするのは無理ですね」
しまった!
「ぼくのミスです!」
「いえ、あの状況では、正しいと思います」
「でも、グリーン提督に連絡できれば、助けを呼べるのに!」
緑の兵士さんは、水平線のかなたを見つめた。
「私は長く船に乗せられました。ここは母船のある島ではないでしょう」
「オアフ島です。あなたの母船があるのはハワイ島の沖」
「では、呼んでも間に合わない」
それなら、まえもってグリーン提督へ連絡をしておくべきだった。異星人との戦闘になる。そう思うと連絡できなかった。
銃声音がしてびっくりした。いつのまにかドミニクさんが移動している。よこ倒しのジープを盾にするようにして、はしから手をだして自動小銃を乱射していた。
すこしだけ乱射すると、まだもどってきて座る。
「こっちに近づこうとしてたんで、ちょっとおどかしてやった」
緑の兵士さんは、空を見あげた。ぼくも空を見る。空は曇っていた。スコールがきそうだった。
「このあたりのようです」
兵士さんの言葉がわからなかった。なにが、このあたりなのだろうか。
「もういちど、つかまる気は?」
ドミニクさんが聞いた。緑の兵士さんは首をふる。
「どこかへ移送と言っていました。閉じこめられたくは、ありません」
「そうだな、解剖されるだけだな」
「解剖ですか」
緑の兵士さんがぼくを見た。ぼくはなんとも言えず、目をふせた。
「メリアを助けてくれて、ありがとうよ」
「私のほうこそ、助けていただき、感謝を申しあげます」
ドミニクさんと緑の兵士さん。ふたりが見つめあっている。
「どうする、崖から飛ぶか、戦うのか」
ドミニクさんの言葉で、ふたりがなにを話しているのかやっとわかった。
「だ、だめです!」
「タッツ、おまえは残れ。さっきの感じじゃ、政府はおまえに手がだせねえ」
「待っていただきたい。ミスター、私だけで」
緑の兵士さんが発した言葉を、ドミニクさんはさえぎった。
「ここまですりゃ、おれも重罪よ。長く刑務所に入るなら、ぱっとちるさ」
「ふたりとも待ってください!」
そんな馬鹿な。ふたりを見た。ドミニクさんは半笑いだ。緑の兵士さんは、ドミニクさんを見つめている。
ドミニクさんは緑の兵士さんにむかって手を差しだした。
「おれはドミニク・クムカヒだ。あんたの名は?」
問われて緑色した顔は、考えこむ表情になった。
「わたしの星の言語は、この星のかたには発音しにくく……」
そこまで言うと、はっと顔をあげた。
「これは、こちらではなんと呼びますか?」
空中に指をさしている。なんのことだろう。耳をすました。遠くで、ごろごろと雷が鳴っている。
「雷鳴のことか。ハワイ語では、マキリという」
「ではそれで」
「わかった、マキリ。姪の命の恩人だ。忘れねえ」
「私も、ドミニクという名を忘れません」
ふたりが握手をかわした。ぼくはどうしたらいいのか。なにも考えが浮かばない。
「いい、グラブさばきだったぜ」
ドミニクさんの言葉に、マキリさんが笑った。
ふたりは手と手をしっかりとにぎっていた。その次の瞬間、手をにぎったまま緑の兵士マキリさんが動いた。あいた手に持つ拳銃をドミニクさんの肩に押しつけ撃ちぬいた!
「ぐあっ!」とさけび声をあげ、ドミニクさんがのけぞって倒れる。
「マキリ、おまえ!」
倒れたドミニクさんが、撃たれた右肩を押さえている。
「異星人におどされていた、そんな理由を考えてください」
緑の兵士は立ちあがり、腰のボタンを押した。ぼくのえりくびを持つと、軽々と片手で持ちあげる。
そのままジープの陰からでた。
「近よると、この地球人を撃つ!」
「うそだ!」
緑の兵士さんは、ぼくを撃つことはできない。撃てば侵略側の負けになる!
マキリさんが、ぼくにむかってほほえんだ。
「ええ、うそです。ですが、さきほどわかりました。一般の兵士は、銀河憲章を知らない」
あのドミニクさんがぼくに銃口をつきつけたときだ。
「撃たないでくださいです。これはうそです!」
さけんで手足をばたつかせた。でも持ちあげられていて、手足は空を切るだけだ。
雨がいっせいにふってきた。スコールだ。
大粒の雨だった。滑走路のアスファルトに雨が打ちつけ水しぶきをあげる。
緑の兵士さんが、左手に持つ銃を動かした。近づいてくるアメリカ兵にむけた。
「だめだ、撃っちゃだめだ!」
銃声がした。ぼくのからだが地面に落ちる。
「マキリさん!」
駆けより頭をかかえ起こした。後頭部から大量の血が流れている。
必死で押さえた。必死で押さえているのに、スコールの雨が赤い血を洗い流していくだけだった。




