第33話 ぼくの解釈
あわてて、ぼくは電話をかけなおす。
ドミニクさんは電話にでなかった。
最悪だ。どんどん事態がこじれていく!
「タッツ」
呼ばれてふりむいた。目のまえに車のキーがある。手をのばし差しだしているのはウィルだ。
「つかっていい」
「ありがとう、借りる!」
「停めたのは、いつものところ!」
「わかった!」
キーをもらい図書館をでる。大学の駐車場まで走った。
今日まで、ウィルとはひと月ぐらい同居させてもらっている。何度も乗ったウィルの車はすぐにわかった。
キャデラック社の大きなSUV。ブラックメタリックで新車の車体は、だれも停めていない駐車場でひときわ輝いていた。
留学するために車の国際ライセンスは持っている。それでも日本の車と大きくちがうキャデラック社の操作にとまどった。
なんとかエンジンのボタンを見つけて押す。日本ではあまり聞かない地響きのようなエンジン音をさせ、駐車場をでた。
めざすのは今日の朝までいたドミニクさんの実家だ。
交通量がすくないのがよかった。ワイキキのメインストリート、カラカウア通りでも道ゆく車はまばらだった。ビルの一階にあるブランド店やレストランは、のきなみ休業中になっている。
ホノルルの中心地をぬけて郊外にでると、さらに車の量はすくなくなった。
いまハワイ州は、アメリカ政府によって住民以外は入れなくなっている。旅行者のいないオアフ島は、こんなにも人がすくないのかと、しみじみ思うばかりだ。
何度か道をまちがいながらも、昨晩に泊まった家、白いペンキのはげた一軒家に着いた。
家のわきにある小さな空き地には、二台の車が停まっている。一台は、あのTOYOTAのピックアップ・トラックだ。ドミニクさんは家にいるかも。
いそいで家のまえに車を停めた。車をおりると異様な雰囲気に気づいた。
ここの家は階段をあがるとポーチがある。そこのソファーに親子がいた。地元のハワイアンらしい中年女性が母親だろう。その腕に抱かれた若い女の子。あの子がメリアちゃんか。
ふたりとも沈んだ顔だ。お母さんらしき女性は、娘さんを胸に抱き、そっと頭をなでている。夫婦ゲンカをしたあとのような、そんな雰囲気だ。
ぼくは階段をあがり、ソファーに座るふたりのまえに立った。
「ドミニクさんは、いますか?」
娘をかかえた女性のほうが、あけはなたれた玄関の扉を見た。奥のキッチンから男の声が聞こえる。ドミニクさんらしき声も聞こえた。内容はわからないけど、なにか切迫したようすだ。
ぜったいに、ただごとではない。ぼくはそのまま家に入った。キッチンにむかう。
「タッツか・・・・・・」
ぼくがキッチンに入ったとたん、銃口をむけた人が言った。ドミニクさんだ。
キッチンには、三人の男性がいた。ひとりはドミニクさん。もうひとりは昨日も会った三番目の弟、ランドルさんだ。するともうひとりは二番目の弟、メリアちゃんのお父さんだろう。
キッチンの大きなテーブルには、いくつもの野菜が入った木箱。そしていくつもの拳銃、それに弾のこめられた弾倉があった。
「だれかと思った。あせらすなよ」
ドミニクさんが銃口をおろした。
「兄貴、こいつは?」
「タッツだ。こいつにも世話になった。話しただろ、あの日本人だ」
初めて会った男の人は、やはり二番目の弟だった。名をセドウィクと名乗った。
セドウィクさんは、娘を助けてくれてありがとう、そうぼくに礼を言ったけど顔を曇らせた。
「しかし、ジャポネ。勝手に人の家に入るとは」
「すいません、玄関の扉があいていたので、入らせてもらいました」
ぼくがそう言うと、今日に初めて会うセドウィクは舌打ちした。
「カトリーンのやつ、だれも入れるなと言っておいたのに」
会話から察するに、この三人はアメリカ軍基地にいこうとしている。それで夫婦ゲンカになった。きっとそうだ。
玄関にいこうとしたセドウィクを、兄であるドミニクさんが止めた。
「もういい。準備はできた。いこう」
三人は、いくつかある野菜の入った木箱の下に拳銃をかくしていく。
「ドミニクさん、無茶です」
「おれたちゃ野菜の納入業者として入る。入口のゲートまで、調理場で働く親族のやつがむかえにくる。だいじょうぶだ」
三人が木箱を持ち、キッチンにある裏口からでようとする。ぼくは思わずドミニクさんの腕をつかんだ。
「さきに、車へつんでてくれ」
ドミニクさんがそう言うと、弟のふたりは裏口から去っていった。
「なあ、タッツ」
かつて、ぼくをつかまえた警備員だった。ドミニクさんは、あのときとはちがう口調でぼくの名を呼んだ。
「おれは、ハワイアンがどうだの、あのとき船内で演説ぶったよな」
ドミニクさんは両手でかかえる木箱をテーブルに置く。そしておれがつかんだ手をやさしく引きはがした。
「海の民ポリネシア人は、目のまえで溺れる人がいたら、人種は関係なく助けるとかな。あそこまで言いあげて、今度は命の恩人を助けません。そりゃねえだろう」
ドミニクさんは、ふたたび木箱を持ち、おれに笑いかける。そして裏口のあいた扉にむかった。
「敵なんです、かれらは!」
思わず口からでた。でも、もはや言わないといけない。
「停戦というのは嘘で、いま地球を賭けて戦ってます」
「おいおい、まさか親善試合も、そのうちのひとつって言わねえよな」
「一回目の戦いでした」
ドミニクさんが口をあけ、なにか言おうとしたけどやめた。返す言葉に困っているようだった。
ぼくの話は、見ず知らずの人が聞いたら信じないだろう。でもドミニクさんは、ぼくが地球の代表と知っている。うそではないとわかるはずだ。
考えこむドミニクさんは、キッチンの窓から外を見つめながら口をひらいた。
「聞きたくなかった話だな」
「いえ、さきにぼくが言っておけば」
なにかに気づいたように、外を見ていたドミニクさんが、ぼくへとふりむいた。
「あの兵士さんは、おれらが敵だと知ってて地球人を助けたのか」
今度は、ぼくが返す言葉に困った。
「タッツの話を聞いても、いや聞いたからこそ、いくしかねえわな」
そう言い捨て、ドミニクさんは裏口からでていった。
キッチンに残されたのは、ぼくひとりだけ。
あいたままの裏口から、車のタイヤが砂地をこする音が聞こえた。一台の車がでていく音がして、さらにもう一台。
なにもできない。あたりまえだ。ぼくはただの天文学生だ。それが異星人からの信号に答えたばかりに、こんなことに巻きこまれている。
「いや、ちがう!」
思わず声がでた。玄関にむかって走った。
ぼくは今回の騒動に巻きこまれたと思っている。でもそれは、ぼくの考え。それこそ、ぼくの解釈だ。
あの早朝の駐車場で、警備員のドミニクさんに声をかけたのは、このぼく。そしてベースボール観戦の護衛をたのんだのも、このぼくにほかならない。
ドミニクさんを巻きこんだのは、このぼくだ。ぼくが止めないと、だれが止める。
玄関からでて、道路への階段をおりた。
ウィルから借りた車に乗りこむ。ぼくはアメリカ軍基地にむけ、車を発進させた。




