第30話 ケンカか戦闘行為か
朝になった。
昨日は弟さんが運転していた車だが、今日の運転は長男のほう。
ドミニクさんに車で送ってもらい、ハワイ大学へいく。
大学の敷地は広く、いくつかの区画に分かれている。
敷地には、だれでも入れた。日本の大学みたいに門や壁があるわけでもない。
図書館に近い道路でおろしてもらった。
「休校中だろう、入れるのか?」
「図書館の鍵を借りています。政府を通じてお願いしたので」
「なるほど、さすが地球の代表だな」
「ドミニクさん、そのことを大きな声では」
「わかってる。おれも機密保護の書類にはサインした」
そうだった。ドミニクさんには、ぼくが異星人との窓口になっていると説明してある。ただし、ただの「窓口」としか説明していない。それ以上の細かいことは伝えてなかった。
「タッツ、なにかわかったら、すぐ知らせてくれ」
「はい、かならず」
姪っ子のメリアちゃんは、まだ両親のもとに帰ってきてないらしい。
ぼくは地球の代表のはず。それなのに、この無力さはなんだろう。
道路を背にし、大学の敷地に入る。芝生のあいだを通る小さな歩道を歩いた。
「タッツ!」
声のしたほうへふりむいた。背が低く、すこし太めな学生が駆けてくる。遠目からでもシルエットでわかった。スタッビーだ。
駆けつけてきたスタッビーは、あきらかに寝不足な顔をしていた。
「いろいろありすぎて、寝つけなかったよ。あれから、なにかあった?」
「それが、なにも」
「そうか、みんな無事だといいな」
スタッビーがため息まじりに言ったが、ぼくもおなじ気持ちだ。
ふたりで図書館にむかって歩く。ふいにスタッビーが口をひらいた。
「腕の時計、リセットされた?」
ぼくはうなずき、異星人の時計を見せた。表示されている数字は「982」だ。
昨晩にあった第一戦、ベースボールの試合が終了すると自動的にリセットされ、また動き始めた。
「第二戦の申請まで、一ヶ月ぐらいか」
「そうだね、この999が000になるまで、そのぐらいだね」
時計の数字が「000」になるまえに、第二戦の申請をしないといけない。できなければ自動的に第二戦は負けとなる。
スタッビーがひとけのない大学の敷地を見まわした。
「あいつらがきて、もう一ヶ月以上か」
「ごめんよ、巻きこんで。ほんとなら休校中だから、好きに遊べるのに」
「おれはいいって。どうせ、エサやりで毎日こなきゃいけない」
「それを気にしてるの、スタッビーだけだよ」
スタッビーは生物学部で、研究室で飼っている生物に毎日エサをやりつづけている。
でも、それならおなじ研究室の学生や教授を見かけてもいいはずだ。それなのに、異星人があらわれ大学が休校になると、だれの姿も見ない。
そういえば。ぼくは立ち止まり、まわりを見まわした。
「タッツ、どうかした?」
「いや、政府の人間でもいないかなって。連絡を取りたいんだ」
大学の大きな建物、芝生のはえた広大な敷地、どこにも人の気配はなかった。
「尾行や監視をことわったの、タッツ自身だろ」
「そうなんだけど、ウィルは、かくれて監視はしているだろうって言ってた」
護衛をつけると言われたのだが、護衛どころか監視もことわった。
アメリカ政府としては、異星人たちが地球人に変装して襲ってくると力説した。だけどそれは考えにくい。バレたら一発で敵は負けになる。九回の戦いとは無関係に、代表者を殺害すれば、九回全敗とおなじあつかいだ。
それに、異星人たちはすべて巨大な宇宙船のなかだ。昼も夜もハワイのローカルTV局が撮影をしつづけている。こっそり地表へおりるのは無理だろう。
敵が襲ってくることはない。あとはおなじ地球人に襲われる心配だけど、これも低いというのが、ぼくら四人の感想だ。ぼくが地球の代表であるという事実は、アメリカ政府が必死にかくしている。
地球の代表となったぼくだが、ぼくが地球人に殺されると地球の負けだ。だからアメリカ政府も、ぼくには手がだせない。銀河憲章は、かなりの文字数をつかい代表者ふたりに危険がおよばないよう工夫されている。
「人に見られる生活なんて、たまったもんじゃない。そう思って護衛をことわったのが、逆に苦労するなんて」
「まさか電話、通じないのか」
おどろいた顔をしたのはスタッビーだ。
「そう、国防長官、アメリカ軍参謀議長、NASA長官、昨日から三人の電話番号へかけているのに、だれもでない」
スタッビーが顔をしかめている。
「それってさ、ひょっとして・・・・・・」
「わかるよ。国が関与してるんじゃないか、そう言いたいんだろう」
あの若い兵士は、アメリカ軍につかまったんじゃないか。どうしてもそれが頭をよぎる。
ぼくらは大学の公園内に入った。南国の木々がしげる緑あふれる公園だ。
かつてのハワイなら学生の姿や、一般人の姿も多い公園だが、いまは静かだった。
公園をぬけて図書館のまえに着く。ぼくはポケットから図書館の鍵をだした。
「アメリカ政府だって銀河憲章を読んでいる。馬鹿なことはしないと、期待したいよ」
「そうでもないのよ」
背後から声が聞こえた。スタッビーとともにふり返る。
うしろにいたのはキアーナだ。胸のまえにかかえているのは、大きくて、ぶあつい本。あの銀河憲章だ。
「どういうこと?」
「入ってから説明するわ」
三人で図書館に入り、手分けをして電気をつけた。窓もあけ、南国特有のゆるい風が入ってくる。
いつもぼくらが座るのは、貸しだしカウンターの近くにある大きなテーブルだ。
ぼくとスタッビーが席につくと、コーヒーメーカーをセットし終えたキアーナがむかいに座る。ぼくらは自由に図書館を使用していいと政府から許可をもらったので、調子に乗ってコーヒーメーカーを置いている。
「無関係の人に対するプロテクト、それはないのよ」
キアーナはそう言うと、テーブルの上に置いていた銀河憲章を指でトントンとたたいた。
「無関係の人?」
「そう、タッツと、あのグリーン提督。この代表者ふたりは厳重に守られてるわよね」
それはよくわかってる。大きくうなずいた。
「それから、これから戦いに参加する人、いまの場合はスポーツなので選手と言ってもいいわ。これも危害を加えることは禁止されてる」
それはそうだろう。あのベースボールが上手だった灰色の異星人チーム。かれらを殺してもいいなら、銀河憲章の意味がない。
「ところが、それ以外の人、これについては記述がないのよ」
「なんだって?」
「ああ、待ってね。正確に言うわね」
正確に言うとはなんだろう。太陽と地球の距離は、おおよそ一億五千万kmだ。それを正確に言っても、あまり意味はない。
「九回の戦いが始まると、それ以外の戦闘行為は禁止されてるわよね」
もちろん知ってる。ぼくはうなずいた。
「でも個人個人のあらそいやケンカ、これについては書かれてないってこと」
「ケンカって、それで死んだら戦闘行為じゃないか!」
「それはけっこう解釈によって変わるわね」
また解釈だ。どういうことだろう。木星を解釈したら火星になった、そんなことは天文学にはない。
「ケンカか、戦闘行為か。それが解釈によって変わるってこと?」
「そういうこと」
まったく、納得しがたい。
「タッツとスタッビーが、わたしに聞きたいのは、アメリカ政府があの敵の兵士を捕縛したとする。それが銀河憲章に違反になるかってことよね。細かくなるから結論を言うと、あのときの状況が特殊だから、裁判してみないとわからない」
そんな馬鹿な。地球人を助けてくれた異星人なのに。
「待てよ、キアーナ」
となりに座るスタッビーが口をひらいた。
「あの緑色の兵士さんは、ベースボールの選手でもあったんだぜ。危害は加えられない、そうだろ?」
キアーナはテーブルの上にある銀河憲章をひらき、ページをめくった。
しばらくページをめくりつづける。書かれてる字は、馬鹿みたいに細かい。キアーナはよく読めるなと感心したころ、かのじょの手が止まった。
「ここね、銀河憲章第七条、第二四八項」
「二四八! そんなにあるんだ!」
「この本って、第七条だけの本なのよ」
第七条だけで、このボリューム。ぜったいにぼくは、宇宙の弁護士になれない。
「戦いの申請をおこなうさいに、選手のリストも申請したでしょ?」
申請する作業は、代表であるぼくしかできない。
「おぼえてるよ」
「そのときから、選手たちは守られる権利が発生する。その権利は、戦いが終わるまでなの」
あのとき、ベースボールの試合は終わっている。あの若い兵士に手をだすのは可能なのか。
となりでスタッビーが、くすくす笑っている。おもしろいことなど、なにもないのに。
「スタッビー、笑える状況じゃないよ」
「いや、おれは天才だ。地球を救う方法を見つけた」
「なにそれ、教えて!」
スタッビーが、にやりと笑って腕をくむ。同時にキアーナが口をひらいた。
「まさかとは思うけど、地球の人類すべてを選手として登録するとかじゃないわよね。そんなスポーツがあったらよかったのに」
スタッビーが腕をくんだまま、口をあけて固まった。図星らしい。
申請するスポーツは、ぼくが異星人とコンタクトをするまえから存在していなければならない。
「でも考えたくないけど、政府がからんでたら、まずい状況よねぇ」
キアーナのつぶやきに、ぼくもうなずいた。
「そのとおりだよ。地球人を助けたのに、地球人につかまるなんて!」
「それもあるけど、部下の兵士がつかまったら、あの司令官、大統領のおしりを撃たないかな」
なにかあれば、きさまのケツを撃つ。そうグリーン提督は言っていた。
「ははっ、さすがにそれは」
ぼくはキアーナに笑いかけようとしたけど、キアーナは笑っていなかった。
ケンカという解釈。大統領のケツを撃つというのは、ケンカなのだろうか。
ほんとうに、大変なことになってきた!




