第28話 異星人のボート
異星人の空飛ぶ小型船は、高速で進んでいる。
しばらくして、速度がゆっくりになった。
「映像をだします」
緑の女兵士が言った。よく見ると女性のなめらかな曲線が目立つ黒のライダースーツ。緑色の顔に肩よりすこし上の茶色い髪。目はきりりと大きい。この女性は、とってもきれいな人だ。
その女兵士は壁にある制御盤のなにかひとつを押した。船内の空中に、100インチぐらいの映像が浮かんでくる。
外はまっくらだ。そう思ったら、この船のライトが海面を照らした。
「転覆してる!」
スタッビーが声をあげた。
そのとおりで、クルーザーと思われる小型船の底が見えていた。そのまわりの海面に、四人ほど人間が浮いている。ライフジャケットは着用しているようだ。
ぼくは丸い窓に近よった。外を見る。
この空中で停止している異星人の船から、ななめにライトはでていた。ここで停止しているということは、おそらく真上にはいけない。
転覆しているところまで、まだ30mはあるか。
「その右上の子を拡大できるか!」
ドミニクさんが映像に近づく。壁の操作パネルまえにいる女兵士がなにかを動かした。
映像が動く。海面にただようひとりにクローズアップした。
「メリア、おれの姪だ!」
たしかに15か16、そのあたりの若い女の子だった。ライフジャケットで浮かんではいるが波が高い。頭から波をかぶり、そのたびに海面へ必死で浮かんできているようだった。
「メリア」とは、たしかハワイ語で「プルメリア」だ。小さな白いプルメリアの花が波にもまれ暗い海に沈んでいく。そんな不吉さが頭をよぎった。
「司令官、スーツの許可を」
言ったのは、あの若い兵士だ。
「着用を許可する」
グリーン提督の返事を聞くと、若い兵士は壁にむかった。その壁には取っ手のようなものがある。扉だろうか。
取っ手をまわし扉をあける。そこは部屋ではなかった。なかはすぐ壁があり、人型のくぼみがある。ミラクルメッツのユニフォームを着たまま、兵士はくぼみに入ると扉をしめた。
ほんの数秒して扉があく。そこからでてきたのは、あの黒いフルフェイスに黒いライダースーツのような格好だった。
ぼくは壁ぎわにいる女性の兵士を見た。フルフェイスはつけてないが、かのじょも黒いライダースーツを着ている。胸の曲線がわかるので、からだにはフィットしている。でも、服よりはぶあつい。
「服じゃない。強化スーツだ。それも着がえる時間はなかった。装着したのなら、ナノマシンだ!」
思わずつぶやいたので、グリーン提督がぼくを見た。
「安心したまえ。これをスポーツで着ることはない。ほぼルール違反となるだろう」
そんな心配を思いついたのではない。ただただ、テクノロジーに感心していただけだ。
「救命ボートを投下します!」
コックピットから声が聞こえた。船の外から、鉄のきしむような音がする。そのあとボートを発射したのか、船内がすこしゆれた。
丸い窓から外を見ると、海面に救命ボートが浮いている。それは地球のものと変わりなかった。
空気によってふくらんでいく。見る間に黄色いゴムボートのような形状になった。
次に大きな音がして、壁の一部がひらき始めた。外はすごい風だ。風が入ってきて宇宙船が大きくゆれる。あわてて地球のみんなが部屋の中央にある座席にしがみついた。
非常扉のように細長く外への出口があいた。
あいさつをすることもなく、全身が黒の強化スーツを着た兵士が走りだした。あけはなたれた非常口から海へと飛ぶ。
非常口はとじられた。それでも風は強くなる一方なのか、けっこうゆれる。
船内に映しだされていた映像が変わった。さきほどの救命ボートだ。すでに黒い強化スーツの兵士が、ボートのへりまで到達している。
「司令官、そろそろ出発しませんと、燃料がわずかです!」
コックピットから声が聞こえた。
「こちらは問題ありません!」
船内に無線を通したような雑音まじりの音声が流れた。声はあの若い兵士だ。かぶっていた黒いフルフェイスには、無線機能もあるのか!
「これより救助を開始。そのコーストガードやらが到着後、引きわたします」
ぼくは窓の外を見た。救命ボートに見えたが、やはり異星人のボートだ。船外機がついているように見えなかったのに、海面の上を進んでいる。
「なにかあれば、すぐに知らせ。無理はするな!」
「了解しました!」
グリーン提督と兵士との会話のあと、ぼくらの乗る船は上昇を始めた。
「母船にいちどもどり、それから送ろう」
あらてめてグリーン提督を見つめた。
「なんと感謝を言えば」
「礼にはおよばない。後日に、多少の書類にサインを」
「そこですが、地球より進んだ技術がありながら、電子サインではないのですか?」
「重要な公式文書は、すべて紙の書類だ。それにより偽造や改ざんをふせぐ」
「コピーガードは?」
「電子錠のことかね。それをやぶる技術のほうが、いまは優位だ」
なるほど。なんだかそれは、何十年後かに地球が直面しそうな問題に思えた。




