第25話 敵の飛行機
「いやあ、いい試合だったな!」
となりから上機嫌の声がした。ドミニクさんだ。
ドミニクさんは、アメリカ政府の発表どおり親善試合だと思っている。
ぼく、ウィル、スタッビー、キアーナ、四人の顔は青ざめている。これで一敗。九戦あるうちの初戦を落とした。
いまグラウンドには、メジャーリーグ・オールスターズの選手たちがでてきて、観客にあいさつをしたり、記念品を客席にむけて投げたりしている。
これは事前に決めていた計画だ。さきに異星人の観客、そして異星人の選手たちがスタジアムをでる。
「いっしょに帰るかね?」
声が聞こえたが、あまりに意外すぎて理解するのに時間がかかった。
ふり返り、緑色の顔をした司令官を見る。
「ぼくらが、提督の船で、ですか」
「そうだ。地球のものでは、時間がかかってしまうだろう」
そのとおりで、ここドジャーズ・スタジアムがあるのはロサンゼルスだ。ハワイまでは飛行機で五時間はかかる。
しかも、かれらは小型船でハワイから直接このスタジアムまで飛んできた。ぼくらはというと、いったんロサンゼルスのとなりにあるサンディエゴという街にいく。そこのアメリカ海軍基地から、ハワイへいく軍用機に乗せてもらう予定だ。
「よいのですか、ぼくらが乗っても?」
「かまわんよ。すでに、きみは何回も乗っている」
そうだった。アパートの庭から乗ったのが最初だ。
「すごいな、宇宙船に乗れるのか!」
ドミニクさんが声をあげた。
「ちょっと、タッツ」
キアーナが、ぼくの手を引いた。グリーン提督から離れる。
「わたし、敵の飛行機なんていやよ」
「でも、情報収集にはなる」
なにかぼくも役に立とう、そして政府と協力しよう。今日に強く思ったことだった。
「じゃあ、勝手に帰って。わたしは残るから」
「ひとりキアーナを残して帰れないよ」
女の子ひとりを軍にまかせては帰れない。でも提督の船には乗りたい。
「たのむよ、キアーナ。一回の負けが確定した。残り八戦。なんでもいいから敵の情報を増やすためには、かれらと過ごす時間が必要なんだ」
ぼくらは侵略してきた異星人のことを知らなさすぎる。宇宙にもベースボールがあると知っていれば、第一戦の方法もちがっていたのかもしれない。
「……わかったわ」
しぶるキアーナだったが、今日の戦いで負けたという深刻さもわかっている。
「タッツ、おれは残るよ」
だれが言ったのかと思えばウィルだ。
「まさか、宇宙船が怖いのかい?」
ぼくは怖いけど、ウィルなら平気そうに思える。
「すこし探したい人がいるんだ」
ウィルの言う意味がわからなかったが、ロサンゼルスはよく知る街だとも言う。
ぼくは護衛をしている軍人のひとりに聞いてみた。四人は異星人といっしょに帰る。ひとりは残るので、明日にサンディエゴからハワイにいく便に乗せて欲しいと願いでてみた。
「上官に確認します」
迷彩服の護衛役は、連絡のためにその場を去った。無理かと思ったけど、しばらく待って帰ってきた返事は、意外にもオーケーだった。
「当たらず、さわらず。そんな雰囲気だよな」
ウィルの感想は、ぼくもおなじ。ぼくに手出しができないと知ってから、アメリカ政府のスタンスはあきらかに変わった。ぼくら四人には当たらずさわずだ。
「ほんとに、ひとりでいいんだね?」
「ああ」
「気をつけて」
「タッツたちもな」
ウィルだけを残して歩きだす。
ぼく、スタッビー、キアーナ、そしてドミニクさんは異星人とともに船にむかった。
しかし地球のなかを飛ぶのだから、宇宙船というのはおかしい。でも飛行機と呼ぶのも正確ではない。そんなことを考えながらスタジアムをでると、まえを歩くグリーン提督と護衛の黒ライダースーツが止まった。
スタジアムの外にある広大な駐車場の一角だ。異星人の船団を着陸させるためにエリアを区切った。アメリカ軍がバリケードを作って、一般人を近よらせないエリアにしてある。
すでに異星人の船は、次々に出発していた。観戦にきていた異星人だろう。台形のようなかたちをした鉄のかたまりだった。その底から炎が噴射され、ロサンゼルスの夜空へと飛び去っていく。
黒いフルフェイスをかぶった護衛の異星人に守られ、ぼくらとグリーン提督も船に近づく。
何隻か残る船のひとつ。タラップ兼ハッチである外壁の一部がひらき、坂道になった。これに乗るのは三度目になる。
「中央の客席をつかいたまえ」
グリーン提督に言われた。あの席は、お客さん用なのか。
船にあがり部屋の中央。東西南北と背中あわせに置かれた四つの席だ。ちょうどぼくらは四人。
座席に座ると、黒いフルフェイスの護衛がきた。シートベルトらしきものを装着してくれる。
グリーン提督たちは、ちがう部屋にむかった。
「コックピット!」
スタッビーがつぶやく声が聞こえた。そう、おそらくコックピット、操縦席だ。
コックピットの入口と思われるドアはひらいていた。計器類などが見える。見えるけど、それがなにかは、まったくわからない。
すぐに飛び立つのかと思いきや、船のハッチはひらいたまま。
待っていると、駆けこんできたのは今日に見たユニフォーム。ミラクルメッツの白いユニフォームだ。あの最後にショートを守った選手。
「軍人だったのですか!」
灰色の異星人のなかで、なぜひとりだけ緑色がいるのか、その意味がわかった。臨時の選手だったのだ。
駆けこんできた選手は、壁のなにかを押した。ガコッ! という大きな音がして座席がでてくる。ぼくらが座る座席にくらべると、ひとまわり小さい。補助席みたいなものか。
「では出発する!」
コックピットからグリーン提督の声が聞こえた。
船のタラップ兼ハッチがしまる。しまりながら、鉄のかたまりは浮かび始めた。
壁にはいくつか丸い窓があり外が見える。ロサンゼルスのきらびやかな夜景が、ほんのいっしゅんだけ見えた。
「ナイスゲームだったな!」
座席のうしろから声が聞こえた。噴射の騒音がするなかで、ドミニクさんが補助席に座る異星人にむかって言ったようだ。
おそらく20代だと思う。緑色した顔に、みじかめの茶色い髪。見た目は地球人とさほど変わらない。若い異星人は、人のよさそうな笑顔を見せた。
「ありがとうございます。最後に出番があり、よかったです!」
流れでる言葉に感心した。この若い異星人もグリーン提督とおなじだ。完璧に英語をマスターしている。ぼくより上手そうだ。
「今日は助っ人か?」
「はい。選手のひかえが風邪を引いてしまって」
そのとき、スタッビーが小さな声で「タッツ!」と呼んだ。
スタッビーがなにを言いたいかはわかる。これはけっこう重要な情報だ。
SFの古典、ハーバート・ジョージ・ウェルズが書いた「宇宙戦争」では、異星人は地球のウイルスによって全滅している。
ところが、さきほど若い異星人はなんでもないことのように「風邪を引いて」と言った。地球人とおなじように、からだに免疫があることを意味する。
「そこまでだ」
気づくと、グリーン提督が立っていた。
「あまり、われわれのことを話してはならん」
若い緑の異星人は肩をすくめた。それから、なにかを思いだしたかのように、口をひらいた。
「司令官、あのモニターの画面を見ましたか」
「おまえの言いたいことはわかっている。ESPN。ここの星の文字のことだろう」
「ええ、あの映像、けっこうふつうに見ます。ここの放送局だったのですね」
「どこかの業者が中継しているのだろう。この星の衛星があやしいな」
この星の衛星といえば、月のことだ。
グリーン提督が、ぼくへふりむいた。
「この星は、ほかの星との交流がない。そこにつけこんで、おそらく衛星にかくされた違法中継機があると思われる。本国に帰ったら、私のほうから報告しておこう」
ぼくはうなずいたが、心のなかで思ったことは「ワオ!」のひとことだった。




