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第24話 ゲームセット

「選手のかれらが、提督の星を占領した異星人ですか?」


 目のまえのグリーン提督に聞いてみる。 


 グリーン提督は顔の色が緑。なのに、いまベースボールをしている選手たちの顔は灰色だ。


 顔の色がちがうということは、別の星の住人。つまり選手のかれらが統治者のほうではないか。


 ところがグリーン提督は首をよこにふった。


「かれらもおなじ、侵略された星の生まれだ。だがまえも言ったように、ふつうに生活はできる」


 そういうことか。今回、地球に侵略してきた異星人は、多くの星をしたがえているのか。地球の歴史でいえば、一時期のローマ帝国、または大英帝国のようなものだ。


「まあ、支配されているぶん、ハングリー精神はあるのかもな」


 ハングリー精神という言葉が、異星人の口からでるとは。ジョークなのか判断に困る。


「最初は、シロウトのような動きでしたが」


 ぼくの問いに緑の司令官は顔をしかめた。


「船がせまいのでな。キャッチボールていどの練習をする場所しかない。さすがのかれらでも、重力と気圧のちがう星でプレイするのは、なれるまで時間がかかったと見える」


 重力のちがい!


 それはそうだ。この太陽系でも、それぞれ星の重力はちがう。火星の重力は地球の40%、逆に木星の重力は地球の2.5倍もある。


 気圧のちがいもあるだろう。高校生のころ、野球部の同級生に聞いたことがある。標高の高いところにある学校では、打ったボールが気持ちよく飛ぶらしい。


 そんなことを考えているあいだに、異星人チームのヒットはつづいていた。あっというまに、二点取られている!


「最初、すべての打者はボールの軌道を見きわめていたようだ」


 グリーン提督の言葉に納得した。三回まで、なぜ異星人チームはバットをふらなかったのか。ベースボールは三つのアウトで終わる。一回で三人の打者、それが三回。九人のすべてが、ボールを見きわめた。これからが、ほんとうの攻撃というわけか!


 四対二。差はたったの二点。これはまずい。ひじょうにまずい。


 思ったとおり、大投手リック・ジョンソンのピンチはつづいた。二点を取られたあとも、ヒットにつぐヒットでノーアウト満塁。


 たまらず監督はピッチャー交代を告げた。


 モニターを食い入るように見ていたドミニクさんが、ぼくへふりむいた。


「ダン・オマリー、鉄壁のストッパーだ!」


 ドミニクさんがさけんだ。


「おい、タッツ。ダンの高速スライダーを見のがすなよ。まるでブーメランと呼ばれる球だ!」


 ドミニクさん、ぼくに対して解説してくれるのはありがたいけど、敵の司令官にも聞こえている。


 いや待てよ。それを言えば、グリーン提督もだ。いろいろと、ぼくに教えてくれている。


「グリーン提督、選手のことを口にしていいのですか?」

「すでに試合は始まっている。いまさら、ここでなにを言っても、もはや勝負には関係がない」


 そうか、異星人司令官の言うとおりだ。もうなにをしても遅いか。


 政府の人と連絡を取ろうと思っていたけど、あきらめるしかなさそうだった。


 スタジアムの熱気に包まれたグランドをながめた。さきほど交代を告げられたダン・オマリーが、マウンドにあがる。


 この投手は、ドレッドヘアがトレードマークらしい。モニターから流れてくるTV中継の解説者が説明していた。


 ダン・オマリーはマウンドにあがると、両手を頭上にあげた。大きくふって手をたたき、観客をあおる。


「楽しむのはいいが、すこし余裕を持ちすぎのようだな」


 となりのグリーン提督が言った。


 それで気づいた。この試合は「宇宙人との親善試合」と政府は発表している。


「グリーン提督、そちらの選手は、この試合が侵略を賭けた戦いだと」

「無論だ。承知している」


 それなら、真剣さが大きくちがう。


 ダン・オマリーがふりかぶった。第一球はストレート。ストライクゾーンのまんなかに、ぴしゃりと決まった。


 ぼくのようなシロウトから見ても速い球だとわかる。わかるけど、ここでまっすぐを投げるのは不用意にも思えた。さきほどドミニクさんも、この投手はスライダーが得意と言っていた。


 二球目もストレート。やっぱり打たれた!


 打球はライトのフェンスまで飛んでいく。ライトの守備が追いかけた。フェンスぎわでジャンプ。だがボールはグラブのさきに当たり、観客席へぽとりと落ちた。


 ホームランだ。これで逆転された。四対六。


 三塁側のスタンドが、いっせいに総立ちとなった。異星人用に区切った席。


 そうだ、今日は異星人のほうも観戦にきている。


 事前の契約で、TVカメラは客席の異星人をアップでうつさないという取り決めがされた。


 それでも会場にいれば異星人たちのようすを見れるだろう。ウィルやスタッビーたちとそう話をしていた。


 ところが、そうはいかなかった。試合観戦にきた異星人たちは、みんな頭から黒い布をかぶり、すっぽり全身をかくしている。


 全身をかくす黒い布は、目の部分だけ穴があいている布もあれば、サングラスのような黒いフィルムで目までかくしている異星人もいる。


 自分たちの姿を見せない。それは恥ずかしいからではないだろう。


 異星人たちは、観客も選手も、これは戦いなのだと理解している。それにくらべ、こちらの地球側はお祭りさわぎだ。


「自分の席にもどります。なにかあれば呼んでください」


 グリーン提督にそう伝え、仲間のもとに帰る。


 やはり「親善試合」というかたちにしたのは、まちがいだったのかも。


 アメリカ政府が決めたことだ。しかたがない。そうも思う。でも、ぼくは地球の代表だ。そのぼくが、なにも力になれない。それがもどかしい。


 席へもどったぼくに、みんなが注目した。「なにを話したの?」と聞きたがっている顔だ。


「あとで話すよ」


 この特別席には、とうぜんながら防犯カメラもある。ぼくらとグリーン提督のことは録画されているだろう。いま話せば、アメリカ政府の悪口を言いそうな気分だ。


 ぼくは銀河憲章によって守られているが、アメリカ政府から無視されてもいる。それは理解できることで、へたにぼくを相手にすれば、なにを言われるかわからない。


「ワイキキビーチのホテルで、スイートを用意しろ。でないと異星人へ連絡しないぞ!」


 そんな要求をしても、通りそうな気がする。でもだめだ。それだと勝てない。敵の異星人は一致団結いっちだんけつしている。ぼくら地球人も協力しあわないと。


 ぼくはもっと、政府に取り入るべきではないのか。国防長官は電話での口調はやさしかった。あの人と仲よくできないか。


「ストライク、スリー!」


 モニターから審判の声が聞こえ、試合に意識をもどした。


 ホームランを打たれた投手ダン・オマリーは、気迫のスイッチが入ったようだ。次のふたりを三振に打ち取った。


 しかし四回の表、地球側は六失点だ。


 メジャーリーグ・オールスターズは、気合を入れなおしたようだ。選手の雰囲気がちがう。でも一歩遅かった。


 スコアは四対六。二点こちらが負けている。


 そこからは白熱した投手戦になった。この戦いはリーグ戦ではない。一試合だけだ。どちらのチームも、打たれると即座にピッチャーをかえた。


 四対六。二点リードされたまま、気づけば九回の裏。


 めずらしいことに、地球チームがベンチのまえで円陣をくんでいた。打順は一番から。これが最後の攻撃となる。


 だが一番はキャッチャーフライに倒れた。打ちあげた瞬間、自分をしかるように、なにかをさけんだ。


 いまとなっては遅い。その気迫が最初から必要だった。


 二点リードされたまま、ワンアウト。残りふたつのアウトで、地球が負ける。


 地球の二番バッターは、ねばりにねばった。「フルカウント」と呼ばれる状況。2ストライク3ボールからの一球。


 敵の球は外角の低め。


「ボール、フォア!」


 ストライクに入らなかった。フォアボールを勝ち取った。場内から拍手がおこる。地球の打者は一塁に進んだ。


 四対六のこの場面で、一死一塁。ホームランが一発でると同点となる。


 そこでバッターは三番。ドミニクさんのお気に入りレニー・チャン。昨年、この人が打率のもっともよかった「首位打者」というタイトルを持っているらしい。


 灰色の顔をしたピッチャー。第一球。


 走った!


 盗塁だ。キャッチャーはあわてて二塁へ。ぎりぎりセーフ。これには会場からどよめきがおきた。


 盗塁というものがあるのを、すっかり忘れていた。


「やると思ったぜ」


 となりのドミニクさんが言った。あとで言うならなんでも言える。ぼくは思わず、うたがいの目で黒スーツを着た巨漢の警備員を見た。


「ほんとうに思ったんだぜ。ここまで、あの敵のピッチャーがよすぎる」


 言われてみれば、いまのピッチャーになってから、ヒットを打った場面を見ていない。


 敵の守備位置が動いた。野球の守備には内野と外野がある。内野を守る四人、ファースト、セカンド、ショート、サード。この四人がすこしまえにでた気がする。


 ピッチャーは盗塁をされたからか、二塁を気にしつつすばやいモーションで第二球を投げた。


 バットに当たる音がしたが、打った球にいきおいはない。二塁と三塁のあいだにボテボテところがる。ここを守るのはショートだ。ショートの守備にいる選手が打球へと走った。これはだめか。打ったレニー・チャンが必死で一塁に走る。 


 わあっ、と観客から歓声ではなく悲鳴のようなものがあがった。見れば敵の選手。ショートとサード、ふたりの選手が倒れている。交錯こうさくしてぶつかったのか!


 走者は一塁と三塁でストップ。グラウンドには担架たんかが入り、場内は騒然そうぜんとなった。


 ぶつかった両方が立てないようだった。かわりの選手がふたり入る。ショートの選手に目がいった。


 このチームは、灰色の顔をした異星人だった。いま交代で入ったサードの選手もおなじ。でも、ショートに入った選手だけは、グリーン提督とおなじ緑色の顔だった。


 異星人チームが守備位置につく。審判が試合再開の声をあげた。


 登場するバッターは四番。ぼくでも知っている昨年のホームラン王、ホセ・オルティスだ。


 点差は二点。現在ワンアウト。地球チームのランナーは一塁と三塁のふたり。ここでホームランでもでれば一挙に三点で逆転勝ち。


 絶好の機会だ。期待をしたいが、ホセ・オルティスは一回にホームランを打ったきり。そのあとはヒットもない。


 となりのドミニクさんが、身を乗りだすようにして注目している。なにかあるのだろうか。思えば、この人は本当にベースボールが好きだ。ぼくがつかまったときも、ベースボールの中継を見ていた。


「注目の第一球……」


 スピーカーから聞こえたアナウンサーの声にモニターを見あげた。


 灰色のピッチャーがふりかぶる。投げた。きれのある球が高目に決まる。


 いや、走っている! 盗塁だ。一塁走者のレニー・チャンが二塁をねらう。


 キャッチャーがいそいで二塁へ送球。もういちど歓声があがった。なんだろう。わかった、ホームベースだ。三塁の走者がホームベースへと走っている!


「まさかのダブルスチール!」


 スタッビーが声をあげた。タブルスチールというのか。二塁はアウト。ホームベースはセーフ。一点が入った!


「めずらしいな」


 となりのドミニクさんがつぶやいている。


「選手に、みょうな雰囲気があったから、なにかあると思ったが、ダブルスチールとはな」


 聞けば、メジャーリーグでは、あまりダブルスチールはしないらしい。それにバッターは昨年のホームラン王であるホセ・オルティス。


 バッターとしては、盗塁のために一球捨てることになるそうだ。たしかにワン・ストライクがついている。


 ひょっとすると、政府のほうから監督になにか連絡があったのか。思えば、さきほど円陣をくんでいた。日本の高校野球なら見かけるけど、メジャーリーグではめったにないシーンだ。


 真相はわからない。でも最後にきて、なにがなんでも勝とうとしている。


 五対六。地球チームは一点追いついた。状況はツーアウト、走者なし。ワンストライク。打席は四番のホセ・オルティス。


 異星人のピッチャーが投げる第二球。引っかけた。内野ゴロ。でも強い打球だ。


 打球はショートに飛んだ。ショートにいるのは交代で入った緑色の異星人。その手前で打球がバウンドした。緑の異星人がひざをついてしゃがむ。からだをたてにして球を受けた。胸のまえでグラブにおさめる。ひざをついた体勢のまま一塁へ送球。


 アウト。ゲームセット。


 五対六。メジャーリーグ・オールスターズの負けだ。それはつまり、地球を賭けた戦いの第一戦に負けた。


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