0029
午前中のお仕事で残っている物は、面接だけだ。
こんな言い方をすると仕事が早いと思うかもしれないが、仕事がないだけだ。
もうちょっと正確に言うと、トリムがいないと書類仕事ができないのだ。
「……んー、やっぱり覚えられない」
書類仕事といっても、経費とかプロジェクトの申請書を処理するわけじゃない。
実家で書類仕事すれば、そんなのばっかりなんだけどね。でも王都だと、申請してくる家臣や部下がいない。トリム達がいるから多少はあるんだけど、片手間で終わる量なので隙間時間で処理してる。
じゃあ何やってんだよって言うと、手紙だ。
貴族とか商会とかに対して、次期子爵直筆の手紙を送ることが仕事なのだ。
「貴族の手紙ってのは、なんでこう、複雑なんだろうか? 要約するれば5行で済む話に、便箋を何枚も使うとか正気の沙汰じゃない」
意味があるのは知ってるよ。
教養のない人に対しての秘匿性を高めるためとか。比喩表現でどれだけ嬉しいか、怒っているのかを伝えたりとか。でも、貴族当主で読めない人が珍しくないくらい複雑で、筆写官と呼ばれる専門職がいるくらいだ。
幼馴染3人の中だと、トリムが筆写官の技能を持ってたりする。
「けど、最低限は読めるようになっとかないとな。トリムが近くにいるとは限らないから。――っと、何?」
腕輪から取り出し、腰に差していた魔剣グロリアの柄に右手を置いた。
「出したなら使えって言いたいの? 夜に使うから、それまで我慢して」
しぶしぶ了承するような感情が、柄を通して伝わってくる。
無機物に話しかることに抵抗感を感じるけど、反応しないとグロリアは拗ねる。拗ねると腕輪から取り出した瞬間に、勝手にマナを吸い取って疲労困憊してくるお転婆さんだから、反応しないなんてありえない。
ちなみに、魔剣には例外なく意思が宿る。
十把一絡げに作られる量産品でも、グロリアのような伝説級の魔剣でも変わらない。ただ、意思の強弱や伝えられるか否かは、魔剣ごとに異なる。なんとなくでも意思を伝え、性格が分かるほど個性があるグロリアは、間違いなく強い部類だ。
同格の魔剣ブレイブが量産品と変わらないくらい自我が弱いことを考えれば、例外的に強いと言える。
「……グロリアは、僕が所有者で不満はないの?」
否定も肯定もしない、まったくの無反応だ。
別に珍しいことじゃない。グロリアは自分から意思を伝えるとき以外は、ただの魔剣だ。
最初に意思を伝えてきたのは、初めて手にしたとき。試し切りのための攻撃魔法が吸収できるよ、と伝えてきた気がしたのだ。一応、父上にそのことを伝えた時に、魔剣には例外なく意思が宿るって話を聞いたんだったな。
もしかして、グロリアの意思を聞いたって言ったから、使えないのに寄こしたのかも。
「まあ、使えって言ってくるくらいなんだから許容範囲なんだろうけど、僕、弱いよ? グロリアは魔剣なんだから、父上やアンリみたいな強い剣士に使われ――にゃっ!?」
マナをゴッソリ吸われて、いきなり水風呂に入ったような冷たさに襲われた。
「――もしかして、言わせるなバカ、とでもいいたいの?」
やっぱり無反応。
でも否定してくれたことは、少し嬉しい。すごくじゃなくて少しなのは、僕がなるのは剣士じゃなくて領主だから。
「何も言ってくれないなら勝手にそう思っとくけど、1つだけ言っとくよ。僕は父上のような剣士でも騎士でもない。だからこれまでみたいなお稽古事か、緊急事態くらいしか使わない。使わないときは、ずっと腕輪の中にしまっておく。つまりは、飾っておくのと変わらないと思うけど、イヤならマナを吸ったりみたいな反応がほしいな」
5分ほど、柄に手を置いてまま待った。
でも、これまで通り何の反応がなかった。
「じゃあ、僕が死ぬまでか、グロリアが僕に愛想をつかすまでよろしくね」
柄から手を放して、万年筆を手に取る。
貴族が使う慣用句などの解説書とノートに目線を移し、勉強に戻る。
魔剣グロリアから多少なりとも認められ、機嫌と調子が良くなったので、時間を忘れて没頭した。その集中は、ネリーがドアをノックされるまで続く。
「セドリック様、お客様をお連れしました」
「少し待って」
引き出しを開けて、急いで机に出した勉強道具をしまう。
同時に、面接に必要な書類を机に並べて、息を整えるために深呼吸をする。
「入れ」
「失礼します」
ドアを開けたのは、面接のためにやってきた女性だ。
ネリーは彼女を扉の前に連れてきた時点で、勉強会の方に戻っていたのだろう。
「お初にお目にかかります。私は、王立学校魔法科3年、フレデリカと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
フレデリカと名乗る女性を見て、心臓が跳ねた。
心拍数が普段よりも上がり、熱が出たように頭がボーっとする。
今すぐ彼女の側に駆け寄ってきめ細やかな肌に触れたい衝動を誤魔化すために、魔剣グロリアの柄を握り締め、
(……何、ピンク……色?)
気持ち悪いくらいに、視界が一色で塗りつぶされた。
頭が茹るように熱くなるのとは裏腹に、背筋と首筋が凍り付いたように冷たい。この冷たさは山に置き去りにされた時や、剣で斬られそうになった時に感じる、危機感的なものだ。
「……グロリア、このピンク色、吸って……」
グロリアの柄を握った瞬間に色が付いたなら、グロリアからの警告かもしれないと思い小さくつぶやく。すると、徐々にではあるがピンク一色の世界から、普通の世界へと戻った。
頭の熱も引き、心拍数も通常通りだ。
「あの、何か言われましたか……?」
グロリアが吸ったということは、魔法による干渉と考えるべき。
フレデリカが入った瞬間から変化があったから、彼女の仕業と思うべきだが。
「いえ何も。どうぞお座りください」
理解してなさそうな顔を見ると、彼女が原因とは思えない。
真偽を確かめるためにも面接をした方がいい気がするので、結論は後回しにしよう。決して、問題の先送りではありませんからね。




