ゼイ・アー・プラネターズ 2
「うーわ、きったねえ……」
「キッチンペーパーとってきますねっ!」
「おう。頼む」
「もしかしてだけれど、昨日の夜掃除した後に、精度調整せずに使ったんじゃあないかい?」
「あ、やってねぇ……」
「やっぱりか」
原因が自分の手抜きのせいであると判明し、垂れそうなケチャップを舐めて留めているザクロは、非常にバツが悪そうにそう言う。
「ちゃちゃっと直しておくよ」
「おう。頼む」
「ついでにアップデートもしておくよ」
「お前それ、ついでの範疇で良いヤツなのか?」
「野菜のクオリティを上げるだけだから朝飯前さ。もう食べたけれどね」
タブレット端末を置いたミヤコは、額に乗っていたゴーグル型ヘッドマウントディスプレイを装着して、プリンターに近づいていき自身の通信端末を繋いだ。
いくつか操作した後、プリンターが作動して灰色の豆腐状のテスト品を印刷していく。
「はいっ、どうぞ」
「おうサンキュ。そういや、これってどんな味がすんだろうな」
「吐しゃ物だね」
「ほーん。――いや食ったことあんのかよ」
「好奇心が抑えきれなくてねぇ。おかげで一晩ぐらい腹痛に苦しんだよ」
「普通にそれ有毒だったんじゃ……?」
「いや? 成分分析はしたけれど、脂肪分と食物繊維が多すぎるだけで安全ではあったね」
「消化不良起こすようなもんのどこが安全なんだ。どこが」
ボクの消化器官が貧弱なだけで理論上は安全さ、とクスクス笑いながら言うミヤコをザクロは呆れ顔で見ていた。
キッチンペーパーでケチャップを拭っていたが取れず、ザクロは服を着替える羽目になった。
それから約3時間後の午前10時。
ソウルジャズ号を駐めている駐艦場『西』19-98の前に、大型輸送船・TCR-1421〝プラネター号〟が横付けで停まった。
前後から見ると8角形の左右を引き延ばしたような箱型形状で、その外周にエンジンが対角線上に4発付いていた。
前方にはトラックのカーゴの様に付いている、一軒家程の大きさの部分は艦橋兼居住スペースとなっている。
「ごめんください。こちらプラネター号代表、アイナ・ベラス・ロペス」
堅い印象を受けるやや低めの声で、アイナと名乗った女性が、ソウルジャズ号へコンタクトをとってきた。
「こちらソウルジャズ号艦長のザクロ・マツダイラ。聞いてるぜ。チーム・プラネターだっけか。とりあえず諸々の手続きは船入れてからで構わねぇぞ」
「承知しました」
お互いを艦橋から目視でも確認し、ザクロはそう言ってソウルジャズ号を左に寄せたことで空いた、自艦と高さは同じだが約2.5倍の幅があるそれを入れる様に促す。
船の側面には、自由浮遊惑星の連星が、宇宙を揺蕩うデザインのペイントが大きくされていた。それはカーゴ部分の正面にあしらわれた、チーム旗でもあるペットマークと同じになっている。
「思った以上に大きいですね」
「ヤツビシ=シンシュウのあのクラスでもベースが1番大きい14シリーズだしね。例えるならば小さめの格納庫をお腹に抱いて飛ばしてるようなものさ」
「あ、なるほど」
ザクロが降りていって、艦橋に残されたヨルとミヤコは、その経済性に全振りした巨体を興味深そうに眺めていた。
英語で〝甲板員〟と背中に書かれた、派手なオレンジ色のジャンパーを着た3人が、カーゴ部分下部の出入口から伸縮式のタラップを伝って場内に入ってきて、バー型ライトを振ってバックで入っていく船を誘導して着艦させた。
駐艦してエンジンが止まると、ゾロゾロと船内からスタッフが出てきて、コロニーからの電源への接続作業を開始する。
「この度は我々のためにスペースをお貸し下さり感謝いたします。お近づきの印にこれを」
「こりゃご丁寧にどうも」
パンツスーツの装飾がされた船内外服を着ているアイナは、ソウルジャズ号から出てきたザクロへ丁寧にお辞儀し、手土産として地球で栽培された紅茶缶を渡した。
他のスタッフがバインダーに挟んで持ってきた、ステープラーで止めた数枚の物理契約書をザクロに手渡し、サインを貰っていたところ、
「……」
銀のウルフカットの女性が、同じ様な色の目を天井に向けて、銀色の無装飾船内外服を着てフラフラと最後に船内から現われた。
それが視界の端に入ったザクロはサインの手が止まり、自然とその視線が彼女に惹かれる。
「ええっと……?」
「あ、いや。あの銀髪のが気になってな。スマン」
「ああ。彼女はパイロットのマリ・ザイラーです。常にあんな感じですので気にされないでください」
「ほーん」
蝶々《ちょうちょ》でも追いかけているかのような、ゆらゆらとした動きの彼女を指さして言ったザクロへ、アイナは振り返らずにほんのり微笑んでそう説明した。
「……?」
そうしている内に、マリと呼ばれた長身の女性は、天井から興味が駐艦場端にある物置きに移って、吸い寄せられる様にそちらへ進み始めた。
「ちょいと失礼な事言ってすまねぇが、普段からで大丈夫なのかいろいろ」
「はい。少々天然なところがあるんですが、操縦桿を握れば別人の様に宙を飛ぶので」
「ほー。天才型ってヤツか」
「ええ。そうなります」
「あっ! ちょっとまっておくれっ!」
ザクロが雑談しつつ、ひとまずサインの続きを書いていると、甲板にヨルと共にいたミヤコが、箱のボタンを押そうとするマリを制止する大声が飛んできた。
「なん――どわぁッ!」
「ぴッ」
それに反応してザクロが見上げた直後、マリがビックリしてボタンを押し、やたらおめでたい感じの音楽と共に、箱が開いて金銀の紙吹雪が噴き上がった。
「ヨル、大丈夫かー?」
「頭は打ってませーん……」
驚いて転倒したヨルへ真っ先に声をかけてから、
「なんだァ。こりゃ……」
ザクロはヒラヒラと降っている紙吹雪を呆然と見つめてそう漏らす。
「――あっ、すいません! ウチのパイロットがっ」
「ふふっ、カーニバルみたい。まるで」
「笑ってる場合じゃないでしょマリっ」
同じ様にそのカオスな光景をポカーンと見ていたアイナは、謝罪もそこそこに尻餅をついてククク、と小刻みに笑っているマリへ駆け寄った。
「いやあ、パーティー用にって発注受けて作ったら、うっかりガス圧を間違っちゃったやつでねー」
「じゃあ早く片づけとけよなー」
「今日やるつもりだったんだー」
「後回しにするの止めようなー」
「実に申し訳なーい。掃除はボクでやっとくよー」
「ヨルにも謝っとけよー」
焦るアイナを余所に、当のミヤコはへらへらと笑っていて、腕組みしたザクロに呆れられていた。




