ロウニン・ファンク 4
「あーあ、無駄に長距離走らされたぜ……」
「クローさんお帰りなさいっ」
「おうただいま……」
「お帰りクロー。もうドローンは着いたよ」
「サンキューな……」
ザクロがソウルジャズ号に戻ったのは、すっかり日が暮れた頃で、疲労困憊といった様子でのそのそとリビングを通過し、奥のシャワールームがある方へと向かう。
「ご飯とお風呂どっちにするでござるか? それとも――」
「……」
「あいたぁっ。一緒にヤニ吸いしようって意味でござるよー」
「うっせえ。今日のエセ侍量は間に合ってんだよ……」
ヨルとミヤコは普通に挨拶をして、ザクロはそれへの返しをしたが、ふざけているバンジには脳天へチョップをかましてにべもなく返した。
「オレぁ風呂入るわ……」
「あ、はいっ。えっと、ご飯はどうされますっ?」
「自分でやっから気にすんなヨル」
渋いにも程がある顔でそう言いつつ、ザクロはその辺に気密ロックを外したブーツと船内外服を脱ぎ捨ててシャワールームへと向かった。
「あ、お着物が……」
ヨルは乱雑に道々脱ぎ捨てられた服を回収して、洗濯装置がある脱衣所へ入った。
すでにザクロはシャワールーム内に入っていて、下着兼用になっている半袖ラッシュガード型とスパッツ型インナーが、磨りガラス模様のアクリル窓扉の前に落ちていた。
「……」
モスグリーンのジャケットと黒い船内外服を抱えたまま、ザクロの体温が残るインナーを拾ったヨルの動きが中腰でピタッと止まった。
「あースマン。自分でやっとくからその辺に置いといてくれ」
すると、ヨルがいる事に気が付いたザクロが、シャワールームの折れ扉を開き、身体に泡を付けたまま洗濯装置の足元を指さしながら言う。
「わっ、わあーッ!?」
ザクロの濡れているマッシブな全身が視界へいきなり入り、顔を真っ赤にしたヨルはギクシャクとした動きで洗濯物を置くと、顔を押えて猛ダッシュで逃げていった。
「んだ? 別に野郎のナニ見たわけでもねぇのに……」
「なんの騒ぎだ――って、こりゃヨルちゃんには刺激が強ぶっ」
飛んで逃げていった脱衣所のドアを唖然とした顔で見ていると、バンジが顔を覗かせてメアの声でそう言うので、ザクロは泡の付いたスポンジを彼女の顔面に投げつけた。
「何するでござるかー」
口の中に泡が入ったため、バンジは出入口左横にある洗面台へ、ペッペッと唾を吐きながらいつもの声でザクロへ抗議する。
「ヨル殿には平気なクセにー」
「お前は何か見てくる目が邪だから、やだ」
「冤罪でござるー……」
顔以外を隠してマジトーンで言われたバンジは抗議しながらも、100%そう見てないと言われると苦しい、と白状したらプラの洗面桶が顔面へすっ飛んで来た。
ザクロがやや乱暴に扉を閉めたところで、額に当たった桶が一回転してバンジの頭に被さった。
「ん? 何があったんだい?」
トイレに行って出てきたミヤコが、顔とポンチョがビチョビチョで、なおかつ桶を被っている珍妙な姿のバンジを見てキョトンとしていた。
「ちょいと丁々発止のやりとりを、でござる」
「そ、そうかい?」
サングラスの下で苦笑いしながら桶を脱いだバンジへ、ミヤコは困惑しきりの表情で手を洗ってリビングへ向かった。
「本当に何があったんだい……?」
そこで、テレビの右横にしゃがみ込みわたわたするヨルを発見し、もう一回同じ事を訊いた。
「そ、そんなつもりは無かったんですーっ!」
ミーアキャットぐらいの背筋で勢い良く立ち上がったヨルは、うわーっ、と言いながら艦橋への階段を上がっていった。
「……。うん、どうもボクには分からない事だったらしい」
ヨルが去って行った方を見るミヤコは、頷きながら苦笑いしてそう独りごちた。
それから、1人掛けの方のソファーに座り、ゴーグルに表示した5機分のデータをまとめて確認する。
ドローンのカメラは動態センサーで録画する方式でセットしてあり、野良猫やら通行人、宇宙港に離着陸する軍用機が録画されている物が50近くあった。
「うーん。これじゃあ、らちがあかないや」
それらを2つずつ3倍速ぐらいでチェックしていたミヤコは、人型をピックアップできる様に思考操作でリアルタイムにアップデートした。
「おう、ミヤ。いたか?」
チェックを再開したミヤコへ、短い髪がしんなりと湿った、インナー姿ザクロがはす向かいの長ソファーに座ってリキッドパイプを吸いつつ訊ねる。
「いや。今のところはまだだね。一応空港内の通路も監視してるけれど、歩様が同じ人物はいないね」
「歩様?」
「歩く様、って書いて字のごとくだね」
「大体分かった」
「まあ、完全に変えられる技をもっていたら役に立たないけれど」
「そこまで器用なヤツじゃねぇ事を祈るか」
引き続き頼む、と言ったザクロは大きく息を吐いて、食事をライク品プリンターで出力しにいった。
ややあって。
未だに出てくる気配もないから、とザクロはソファー仮眠をとろうと横になった。
「あっ、その、クローさん。お風邪を引いてしまいますので……」
やっと気持ちが落ち着いたヨルが降りてきて、インナーのままでいるザクロを見かけて引き返し、自分の座席に置いてあった膝掛けを手に降りてきた。
「おう、サンキュー。……って、なんで顔逸らしてんだ?」
「と、特に深い意味はありませんっ」
明らかに意味深な様子で、顔を右に向けて腕だけを伸ばして、ザクロのむき出しだった腹部にかけ、今度は奥の方にある自分の部屋へと引っ込んでしまった。
「なんかアイツ様子がおかしいんだよな……」
「そのうち戻ると思うよ」
「そうか?」
ザクロが半身を起こして目を丸くし、何か言ってるのがうっすら聞こえるヨルの部屋を見ながらそう言ったザクロは再び横になった。
「アイマスク使うかい?」
「要らねぇ。顔覆われるのなんか嫌いなんだよ」
「なるほど」
気を利かせて、持ち出し機材の箱形バッグに入っている、使い捨てのアイマスクを渡そうとしたが、ザクロは手を払うように小さく動かして断った。
「しっかし、今日はなんか探偵じみた格好してんだな」
「やってる事が安楽椅子タイプなんだけど、まあ気分的にね」
ワイシャツっぽく見える船内服に、ネクタイとベージュのベストを着用しているミヤコは、わざわざ被っているキャスケットをクイッと持ち上げて口元に笑みを浮かべた。
「ミヤ殿、そろそろ休まれてはどうかな」
それから、ミヤコは自室に戻って未明まで映像のチェックを続け、バンジが代打を引き受けようと彼女の部屋を訪ねた。
「所々で仮眠しているから大丈夫さ。それより、爆弾魔氏の偽造IDは検知したかい?」
「うむ。正規のIDをクラッキングして輸送業者を装っていたでござる。業務開始直後の貨物便で、小惑星帯コロニーへでも逃げる心づもりなのでござろう」
「調べていたらで良いけれど、他の便は何があるんだい?」
「同じ時間帯はSV社へのチャーター貨物便だけでござるな」
「じゃあ気にする必要はそんなに――あっ、でてきたかな?」
ドローンをバッテリーの都合で交代させた直後、マンホールの蓋の穴からマイクロスコープのような物が這い出てきた。
「あ、閉鎖モードだ。防犯カメラへのクラッキングでもやってるかな」
するとドローンが自動で閉鎖モードに入り、受信電波を受け付けなくなった。
「そんな機能まであるでござるか」
「ベースは祖母が設計したものだからね。対策も万全さ」
送信されてくる映像には、クラッキングが完了したのか黒いチューブが引っ込んで、電気工事作業員の服を着たニトウダ本人が姿を現した。
「クロー! 読み通り宇宙港だ。電気工事作業員のフリをしてるね」
「あいよ」
ザクロはいつもと違って素早く覚醒すると、さっさと身支度を調えて、まだ暗闇が支配する空をフライフィッシュⅡですっ飛んでいった。




