ロウニン・ファンク 3
時折、右に左に曲がるなどして4時間程逃げたところで、ついにバイクのバッテリーが切れ、工業地帯で乗り捨てたところでザクロが颯爽と前に回り込み、180度スピンして止まった。
「今度こそ大人しくお縄になりやがれってんだ」
拳銃の狙いをニトウダの眉間に寸分違いなく向け、ザクロは伏せて手を頭の後ろに付ける様に命令する。
「おら早く――」
「しゃがんで!」
「うおッ」
催促したところで、ミヤコがいきなり鋭く叫んで、ザクロは瞬時にしゃがみ込んだ。
一瞬前まで頭があったところを矢が通過して地面に当たったが、ポコッ、という重めの音がした。
「んだよゴムじゃ――ってオイ逃げるなッ!」
しかし、鏃は金属ではなく硬質ゴムで当たっても痛いだけだったが、ニトウダがザクロを飛び越えて、更にブロック塀の上へと飛び乗るには十分だった。
ニトウダはそのまま、工場と工場の境目にある塀の上を走って逃げてしまった。
「野猿かなんかかあの野郎!」
すかさず追いかけようとしたザクロの鼻先に、再び同じ矢が飛んできて、慌てて顔を素早く引いて避ける。
「あいや――」
「うるせぇ! テメエの! せいで! オレぁ何回! あの爆弾ヤローを! 逃がさなきゃならねぇんッ! だッ!」
弓を下ろして再び口上を挙げようとした件の女性に、ザクロは血管が切れそうな程青筋を立てて、地獄の閻魔のような顔でブチ切れた。
「ちと――」
「なんのつもりか知らねぇがッ! オレぁ手前と侍ごっこしてる暇はねぇんだよッ!」
「いや、口上――」
「すっこんでろこのスットコドッコイッ!」
「話を聞か――」
「うるせぇッ! 次邪魔したらぶっ殺すぞッ! いいなッ!」
怒濤の勢いで繰り出される罵倒と共に、女性へビシッと何度も指さして、ザクロは念入りに釘を刺していく。
「えっとその、ニトウダっていう爆弾魔って、あなたの事じゃないんですか?」
すいません、と武士のような堅苦しい喋りを、大人しめの高いそれにしつつ、ロボ馬から下りた彼女はやや怯えた様子で挙手をしてザクロへ訊ねた。
「だーれーがーだッ! 見てくれから名前まで全然違うじゃねぇか! オレのどこにナニが付いてるように見えんだよコラ!」
ザクロはズンズンと女性に近づき、ジャケットの内ポケットから、『ロウニン』許可証を出して顔写真と名前欄を交互に指さす。
「……えっ。ザクロ・マツダイラ……」
「そうだよ。で、手前はナニモンだ」
指を目で追って確認し、自分の通信端末でニトウダの手配書と自身を見比べている女性へ、正体を明かすように要求する。
「あ、私は――」
「クロー、例の爆弾魔は用水路沿いを北へ逃げてるよ」
「サンキューミヤ」
「うん。ところで彼女、本当に上から下まで侍みたいじゃあないか」
それに応えて自分の許可証を出したが、ザクロは割り込んできたミヤコのドローンを見ていて見逃した。
「ふーん。モネ・ヘビガタニか。いいか? マジでもう邪魔すんじゃねぇぞ」
「あっ、はい……」
「えっ、SVの社長さん、ですか?」
ザクロはさして興味なさそうに、不満げな様子で鼻を鳴らしたが、カメラの向こうのヨルがひょこっとモニターを覗いて意外そうな顔をする。
「あ、本当だ。SVの3代目のモネ社長だ」
「あ、はい。そうです」
SV社の名前と機材だけを知っているミヤコはインターネットで調べて、彼女がモネである事を画像解析ソフトで確認した。
「誰とか今は良いだろ。ミヤ、肝心のニトウダの野郎は?」
「うん。――ああっ」
「どうした」
「『暗渠用水路』の点検路に入っちゃったんだ」
ザクロに言われて、2号機の映像を出したところで、丁度ニトウダがマンホールの蓋を開けて中に入る所だった。
『暗渠用水路』は火星第2市北端の丘の上にある、小惑星の氷を使った水工場で作られた水を送水する、直径80㎝ほどの太い管を収めた地下トンネルの事だ。
「追っかけられねぇのか?」
「うん。アルミ合金で蓋がしてあるから電波が届かないんだ」
「チッ。厄介だな……。出口はいくつある?」
「この区画ならざっと68カ所かな。水路も入り組んでるから、ローラー作戦しないと無理だね。区画をぶち抜いてるなら可能性は全397カ所だ」
「んなに山分けしたらケツ拭くライク紙も買えねぇな……」
マジかよ、とザクロは額を抑えて天を仰いだ。
「私が悪いですよね……?」
「ご明察だバカヤロウ……」
空気感でやらかした事の大きさを察し、モネは背中を丸めておずおずと訊ね、ザクロはもう怒る気にもならずにため息を吐いた。
「まー、ここで落ち込んでてもしゃーねぇ。ミヤ、なんか――」
「――うわっ」
「なんだなんだ」
ザクロが紙巻き煙草に火を付けて、ひとまず一服しようとしたところで、少し離れた所から爆発音がして地面が揺れた。
「ブロック塀を壊して点検口を塞いじゃったね」
「あ? マジかよ」
「はい、映像」
煙草を落としかけたザクロの通信端末に、ブロック塀が数メートルに渡って根元から倒れて、丁度マンホールを塞いでしまっている映像を出した。
「爆弾でこれだけ綺麗に倒せるなんて、解体業でもやってたのかな」
「あ、塀に基礎まで鉄筋が入ってないですね……」
「なるほど、それも勘定の内ってか。ただ逃げたんじゃねぇようだ」
ずさんな工事がされている事すら計算尽くであるかの様な手際に、ザクロは舌打ちをして苦そうに煙草を吸った。
「じゃあ、私はこれで……」
「おう。二度とツラ見せんじゃねぇぞ」
やらかした事にいたたまれない様子でモジモジしていたモネは、控えめな勢いで鞍に乗って陣笠を被り、青っぽい夕空をバックに去って行った。
「ったく、散々な目に遭ったぜ。オレぁ一旦ソウルジャズ号に戻っから、ミヤは宇宙港近くの出入口の監視頼む」
「高飛びするならそこだね。了解、5つしかないからドローン張り付けておくよ」
ザクロは煙草を1本吸い終わってから、携帯灰皿に吸いガラを突っこみつつ、次善の策を講じてから、ローラーシューズでソウルジャズ号が駐めてある駐艦場へと戻っていった。
それの少し前、幹線道路を鞍に座って走っていたモネは、
「ぬっ。追っ手を捲いたならば、次は高飛びであるよな」
何度か咳払いした後、また少し低く堅苦しい声を作ってそう独りごち、立ち乗りへ変えて宇宙港へ繋がる高架道路に進路を変えた。
「そこの……、なんか変な乗り物に乗ってる運転手さーん。左に寄って止まりなさーい」
だが、高速隊の警察官に職務質問をかけられ、結果はロボ馬は車検を通っていて法的に問題はなかったものの、ミヤコのドローンに先んじられてしまっていた。




