ピエロ・イン・ガーベージ 4
「ところで、メアさんって今日はどちらに?」
「生憎、ボクは知らないね」
「そうですか……」
「クローさんなら分かるんじゃないかな?」
「内線してみますね」
副操縦席のパネルを操作して格納庫の端末をコールすると、8回コール音が鳴ってやっとザクロが出てきた。
「あん? 知らねぇよ」
「ありゃ」
「まあ、火星のどっかなのは分かってるけどな。メアならまあなんかありゃ分かる様にしてるはずだぜ」
そういや、と前置きしたザクロは、ゴミ捨て場の殺人ピエロがどうのこうのって言ってたな、と朝の時間に言っていた事を思い出しながら続ける。
「殺人ピエロ……」
そのシンプルながら恐ろしい響きに、ぼそっと言ったヨルの背筋に寒気が奔る。
「してるのに、この間はなかったっていうことは、あのときは相当焦ってたんだねえ」
「みたいですね」
「20年以上ぐらいは付き合いがあんだけどよ、アイツがそんな昔の女に執着して油断するたぁ思わなかったぜ」
「そんなに付き合いがあっても、知らない事もあるんだね」
「ミヤもお前のばーちゃんの知らねぇところぐらいあんだろ?」
「あー、まあそれはそうだね」
もう良いか? と訊いたザクロは、2人が同意したので内線通話を切って、愛機の日常点検を再開する。
「知らねぇこと、ねぇ……」
受話器を置いたザクロは、くわえている煙草の煙を深く吸ってゆっくりと吐きながらそう独りごちる。
まだレイが生きていた頃のある日、ザクロは知り合いの飲み屋が潰れそうと聞いて、『ロウニン』仲間を多数連れて来店していた。
『ちょいと繋げばたちまち三味線!』
『がっはっは! なんだぁそりゃあ!』
『ぶっは! くっだらねぇー!』
『ギターである意味よ!』
バンジがギターから三味線の音を出すなどして、酔っ払い共が愉快なバカ騒ぎをしている中、
『何笑ってんだよ……』
最初のウィスキー1杯で限界になったザクロは、隅っこのソファーでレイに膝枕されていた。
『バカにしてるわけじゃないわ。あなたの知らない一面を知れて嬉しいのよ』
『下戸だって分かることがか?』
『ええ』
『よく分かんねぇな。どういうこった』
『そう? 親しい相手の事が分かるっていうのは、もっと愛しいと思えるようになると思うのだけれど』
『そんなもんか?』
『少なくとも私はそう思うわ』
『そんなもんか……』
計測中のモニターを眺めてボヤっとしていたら、煙草の火が手に近くなっていて、ザクロは慌てて灰皿に放り投げた。
「どうもボサッとしていけねぇ……」
首を小さく捻ったザクロがつぶやくと同時に、計器やエンジン周りなどのチェック結果が表示され、全てが正常値を吐いていた。
「よし、問題はねぇか」
その後数回チェックを行い、全て問題が無かった事を確かめると、計測機械から機体のエンジンルーム内へと伸びるケーブルを外した。
そこで内線の通信端末が鳴って、ミヤコから火星の入境管理局の検問だから来て欲しいと連絡が入った。
「おう、お待ちどう――ってお前そのド派手なヘルメット、イーグルだな?」
「正解」
艦橋に上がると、火星第4市入管の小型艦が横付けしていて、その担当局員はザクロの知り合いのイーグルという中性的な見た目の男性だった。
「変なもん積んでないよな?」
「そりゃぁな」
「後ろのそれ見てもいいか?」
「良いけどろくなのねぇぞ」
「判断すんのはこっちだぞ?」
まあお前のことだしマジでろくなもんがないんだろうけどよ、と言って、イーグルはザクロに立ち会いをする様に要請する。
ザクロは2階層のエアロックから外に出て、
「どれどれ……ってマジでほぼゴミみたいなもんだな!」
「そう言ってんだろ早くしろよ」
「せっかちだなあ。相変わらず」
「お前が余計なリアクション挟むからだろ」
「ちょっと繊細すぎない?」
「無駄な時間食わされたら普通イラつくっての!」
一応作業してはいるが、口の方が早く動いているのでザクロは顔をしかめて急かす。
「ああそうだ。第4市の一時就労ビザ申請しといたから、ちょっと待っとけよ」
「ああ? そんなもん要るようになったのか?」
「市政府の方針変更でね。ここでやった方が多分入境ゲートの窓口よりは早いぜ」
「しゃーねぇな……」
嘘だったら市民の声にぶち込んでやるぞ、と、ザクロは不機嫌そうに言ってイーグルを半分本気で怖がらせる。
「はい。時間取らせてスマンな」
問題なし、という判断とビザが出て、ザクロが書類に電子サインを書くとやっと開放された。
「疑われたりとかでは無かったんですね」
「おう。無駄に時間食っちまったな」
ザクロは艦橋に戻ると、イーグルの見送りを受けつつソウルジャズ号を発進させた。
「しっかし、なんの検問だろうな」
「だね。別に凶悪犯が目撃されたとかでもなさそうだし」
「なんか公にするとマズいことでもあんのかもな」
「クローが良いなら調べるけれど」
「ミヤ、お前どうせクラッキングするだろ」
「まあ、そうなるね」
「仕事でも無えのに要らねえから」
ミヤコはやる気十分でヘルメットのバイザーに仕込まれた、シースルーモニターの電源を入れたが秒殺でザクロに拒否された。
「それは残念だ」
モニターの電源をスタンバイにしたミヤコは、少しシュンとした表情を見せる。
「足が付くようなヘマはしねぇのは分かってるけどよ。まあ、有用性のアピールとかしなくていいからな」
それを見てザクロは罪悪感からか顔をしかめ、やや早口でそう言ってフォローを入れた。
「ふふ、そうかい?」
ぶっきらぼうながら気を遣ってくれる様子に、ミヤコはニヤッと嬉しげに笑みを浮かべる。
等間隔に並ぶブイのランプが視界の左右を軽快に流れ出し始めた中、操縦席のザクロはちょっと居心地が悪そうに前方を向いた。
「……」
そのやりとりに、ヨルはちょっと羨ましそうな顔をしたが、それを振り払うようにかぶりを振った。




