スペース・ベアー・ラプソディ 7
ややあって。
男は警備部にて事情聴取が行われ、宇宙熊を生み出した研究所への強盗行為から、このコロニーに宇宙熊を放った事や、仲間たちの変わり果てた姿まで洗いざらい吐いた。
裏取りに人員を動かすのは危険、という事で、アリエルが自費で購入した、ミヤコの持ってきた警備用ドローンでその現場を確かめた。
それを条件に、宇宙熊に殺されるから保護してくれ、とビービー泣きながら頼み込んでくる、厄ネタを持ち込んだ一味の1人へ、警備局員達は白い目を向けていた。
「動物を保護するまではまだ良いけどさー、保護したら後は丸投げって無責任過ぎない? で、責任を問おうにも死んじゃってるし」
甲板後部の縁にある、段差に腰掛けて報告を受けたアリエルは、実に自分勝手な相手の挙動に、葉巻の紫煙と共に非常に大きなため息を吐いてぼやく。
喫煙者3人は甲板後部右側に固まって煙をくゆらせ、彼女らの反対側にヨルが座っていて、その膝の上でケットシーが丸くなっている。
「まああの手の様子がおかしい団体は、自分の鼻先ぐらいの距離感までしか物事が見えんでござるからな」
「守ってやりてぇ、って気持ちだけは分かんねぇ事もねぇけどな。連中がド級の〝無能な働き者〟だっつってもな」
「君らの言うことは否定はしないけど、手心というか……」
それに便乗して辛辣なことを言うバンジとザクロへ、アリエルは困り顔の笑みを浮かべて非常にやんわりとたしなめる。
「まあ文句言ってても仕方ねぇ。ひとまず連中が熊を持ってきたやつに入れちまうか」
「そっからガニメデ署なり軍なりが、害獣駆除すればいいでござるからな」
「仕方ない……、んですよね……」
ややうつむき加減でヨルはケットシーに話しかけると、彼は尻尾の先をピコッと小さく動かして答えた。
「で、どうやって入れるかだけど」
「そこは考えがある、ってミヤが言ってたぜ」
「そういえば姿が見えんでござるな」
バンジが辺りを見回して艦橋の方を見ると、
「やあやあ、お待ちどうさま」
自信ありげな顔をして、片腕に収まる程の箱を肩に担いだミヤコが、白い小手や具足の様なパワードスーツを身につけた状態で、ちょうどハッチを通って現れた。
「なんだそりゃ」
「例のマネキンの小型バージョンのようでござるが」
「まあ見てくれた方が早いよ」
もったいぶる様な物言いとは逆に、ミヤコは思考操作で素早くそれを展開した。
「ほう、猫でござるな」
「あの短時間で小型化を……?」
「頑張ったからね」
それは人型のマネキンをさらに改造して、ケットシーを巨大化した様な猫型のそれだった。
「ケーさんいんぱくとだッ!」
「ついに頭おかしくなったか?」
「大昔のゲームにそういうのがあったんでござるよ」
デカい愛猫にテンション爆上げのアリエルだったが、モチーフにされた本猫はヨルの膝から降りて、ものすごく不満そうに尻尾をたしたしやっていた。
「で、このケーさんいんぱくとをどう使うの?」
「ドラム缶型警備ロボットにくっつけて宇宙熊を追いかけるんだ。〝C-3インパクト〟とでも名付けようかな? CはケットシーさんのCね」
「おおっ」
「名前それで行くのかよ……」
アリエルとそのテンションに悪ノリするミヤコに、ザクロもケットシーも呆れた様子で顔をしかめ、
「夢に出てきそうです……」
ヨルはその薄らデカく不気味な存在を放つソレに怯えていた。
檻を決死の覚悟でコロニー職員が、コロニー後部に突き出た宇宙空間と直通する貨物ヤードに移動し、元いた研究所所有の危険生物用輸送船をそこに着ける。
それは、ミヤコがハッキングして情報提供した、広域宇宙警察が逮捕した所長との司法取引で調達したものだった。
「あっ、いたいた」
床に座ってドローンを飛ばし、宇宙熊の行方を探っていたミヤコは、先ほどのエリアに戻ってその水飲み場で水を飲んでいたそれを発見し、〝C-3インパクト〟を乗せたトラックを運転するスタッフに報告する。
ソウルジャズ号のリビングにあるテレビモニターで、宇宙熊がドローンに気がついて立ち上がった様子を、ミヤコ以外のクルーとアリエルはソファーとスツールにそれぞれ座って見ていた。
「んな上手くいくか?」
「まあやってみなければ分からないからね」
まもなく、先ほど納入したマネキンを改造した、警備ロボット3台が集まりバルーンを展開した。
それは小型化した物を乗せた、高速で動けるロボが宇宙熊を誘導し、小型化前のそれが2台少し遅れて追い立てる、という運用方法を想定したものだ。
「よしよし、上手くいってる」
3匹の巨大黒猫を見た宇宙熊は、想定以上に反応して全力疾走で逃げ始めた。
保護区エリアを出て、無機質なトンネルの通路区間に入り、順調に檻のある方へと誘導していく。
左右へちょこまか動き回る1体と、一定の速度で追随する2体。合計3体のパチモン黒猫がパチモンみたいな熊の化け物を追いかける、という空中からの追跡映像がモニターに映し出され、
「あはは。なんかパレードみたいになったね」
「……」
「なにこの……、何……?」
「なんかこう、熱が出たときに見る夢、と言いましょうか……」
「こういうケーさんの可能性はちょっとナシかも……」
「ありゃあ。ご好評いただけていない様だねぇ」
ミヤコとケットシー以外の全員が、その謎の絵面に困惑していた。
ちなみにローテーブルに座るケットシーは、それに背を向けて相変わらず尻尾を不満げにブンブン動かしている。
そんなシュールな追いかけっこが1時間程度続き。
「よーし、大成功だ」
宇宙熊は無事に檻の中へと収まり、輸送船の後部ドアを閉め、ようやく宇宙熊騒動に歯止めがかかった。
「じゃあメア氏後は頼んだ。お休み……」
「床で寝るなっつの」
警備ロボットとドローンをトラックに回収したところで、ミヤコはパッタリと床に倒れて、やりきった顔で寝入ってしまった。
「おいこらー。ダメだ反応がねェ……」
ザクロは揺さぶっても起きないミヤコを仕方なく抱き上げ、第3階層にある彼女の私室まで連れて行った。
「じゃあ、私は色々やる事があるからさ。ケーさん行くよ」
作戦完了を見届けたアリエルは、自分でキャリーの中に入ったケットシーと共に、コロニー上層にある総合管理区画へと出発していった。
「あのっ、なんていうかその……。宇宙熊さんを冬眠みたいな状態にはできないんでしょうか?」
「ぬ? つまり、コールドスリープに出来ないか、という事にござるか」
「はい……。実験段階までは来ているんです、よね?」
「その通りだけどよ、実験に使うのと殺処分、どっちが残酷だろうな?」
胸の前で両手を握りながら殺処分回避の策を訊くヨルに、バンジは言い終わるまでサングラスを上げて素の声で訊き返す。
「あ、えっと……」
「いやいや、コールドスリープとは実に良い案でござるな」
「そう、ですか?」
バンジは厳しい表情から少し口角を上げてサムズアップし、目を細くして萎縮していたヨルは目を丸くする。
「上手くいけば殺さずに済むでござるからな。医学の発展の面では有意義ではござるし」「なるほど……」
「となると、クロー殿の人脈の出番でござるよ」
「あん?」
ヨルが安堵の息を吐いたところで戻ってきたザクロは、バンジからの呼びかけに怪訝そうに眉を寄せた。
「――というわけで、アキラ殿へよろしく」
「訊くだけだぞ。アイツの力つったって限度ってもんがあるし」
「はいっ」
ヨルの提案を聞いたザクロは、その視線に圧されつつ後頭部をかいてそういうと、幼馴染みの広域宇宙警察長官のアキラ・オカジマに連絡する。
「火星連邦とかにかけあってはくれるってよ」
「ありがとうございますっ」
ザクロは恰幅が良く、柔和そうなアキラの姿が映る通信端末をヨルに見せ、彼女は深々と頭を下げる。
「結構な越権行為だから期待はしないで下さいよ」
「はいっ」
あはは、と苦笑い気味のアキラは、ザクロ同様、あまりにもまっすぐなヨルの目に気圧されていた。
「……出来なかったら合わせる顔がないんだけどっ」
「……バーローやる前に出来ねぇ事考えてどうすんだっ」
「……拙者も別ルートから探ってみるでござるから」
両手に力を入れて喜んでいるヨルを横目に、幼馴染みトリオは冷や汗をドバドバかいていた。
その同時刻。
宇宙熊をひとまず広域宇宙警察の施設に移送するため、警察艦の乗組員が輸送船の牽引準備をしていたときだった。
「……? なんか勝手に発進してないっすか先輩」
「錯覚か何かだろ。起動シークエンスは自動じゃ――」
唐突に輸送船がイオンエンジンを噴かして微速前進し始めた。
「おいあんたっ。なんかしたか?」
警察艦隊旗艦に乗っている、研究所の所長である老年男性に若い女性刑事がライブ映像を見せ、やや荒っぽく訊ねる。
「ワシは何もしとらんが、自動運転システムが起動しておるな」
「なんだって?」
「我々の機械開発部門が開発していたものでな。ちょうどこの試作艦で試験をする所だったんじゃよ。……スタンドアロンのシステムのはずじゃが、一体誰が……」
「警部っ! あの熊が艦橋にいるようですっ」
「檻を壊しよったか……。おそらく、デタラメにいじって偶然起動したんじゃろうな。彼に狙って動かすまでの知能は無いはずじゃし」
「つまり?」
「中に入って止める以外に手段は何にも無い、という事じゃな……。じゃから外部からの強制停止機構を着けろと言うたんじゃ。あの若造め、返事だけじゃったか……」
お手上げじゃ、と所長は拘束衣であまり動かせない腕を、上に目一杯動かしてため息を吐いた。
所長がぼやいている間にも、輸送船はメインエンジンに火が入り、ぐんぐんと加速して宇宙空間を突き進む。
その数分後、ザクロ達にもその情報がアキラからもたらされた。
「コールドスリープがどうのってレベルじゃねぇ! ミヤを起こせっ」
「ミヤさん脳をフル回転したら半日は絶対起きませんよっ」
「大体起こせたとしても、我らが宇宙に出る頃には遙か彼方でござるしな。外部操作する適切な機材は――まああるでござろうが」
だが、試作輸送船の速力に追いつける戦闘機すらなく、それは一直線にガニメデ上空のワープゲートへと突き進む。
「勘弁して欲しいよぉ……」
「まあその、頑張れよー……」
「うん……。それじゃあね……」
騒動の具合がド派手になってしまい、アキラは額を抑えて情けない声を出しながら通信を切った。
半日後。
「おや。何かあったのかい?」
自室から起きてきたミヤコは、ソファーに言葉もない様子で脱力して座る3人を見て、何度か瞬きして訊ねる。
「これ読みゃ分かる」
「? どれどれ」
ザクロはテレビモニターを指さし、そこに表示されたタイムラインでまとめた物を読むようにミヤコへ促す。
「――最終的にゲートに入って、存在実証不可領域まで行って信号ロストと来たか。いやあ、オカジマさんは胃が相当痛むだろうね」
ご愁傷様、とミヤコは乾いた笑みで両手を合わせ、現在、庁舎内で実際に胃がキリキリしながら情報整理に当たっているアキラを労った。
「宇宙熊さん、どうなっちゃうんでしょう……」
「さあねぇ。案外、遠い未来で偶然ワープアウトして、人類とまた遭遇したりして」




