スペース・ベアー・ラプソディ 3
※注意 この話には一部、熊に襲われる人間の描写がございます。閲覧の際はご注意下さい。
「あれ、クローさん。もう良いんですかっ?」
「まあな」
「なるほど。ところで、何をお話されてたんです?」
「まー、別に大したこたねぇ」
マネキンを見ているときよりも、数倍キラキラした目で寄ってきたヨルに、ザクロはやや目線を外しながら答える。
「あ、そうそう。大体こういう物は長く置きっぱなしにするんだけど、撤収もただコマンドを入れるだけで完了する機能もあるよ」
「わーっ」
困っている様子のザクロを見たミヤコは、やや声を張りつつそう言って、無駄のない挙動で元の箱に戻る様子を見せて気を逸らした。
ザクロがミヤコの方を見て親指を立てると、彼女は失神する女子が出そうなウィンクを返す。
などとやっている内にゲートを抜け、不気味なまでに美しいマーブル模様で覆われた、巨大惑星が左舷方向にデカデカと現れた。
「いつ見ても大赤斑って不気味ですよね……」
「昔はもっと大きかったらしいよ」
「嵐なんですよね」
「だってね。何万年も続く嵐なんてすごいスケールだよねぇ」
ここからガニメデ宙域にあるコロニー『SG-483』までは、もう一つゲートを通過して残り約4時間の旅となっている。
その同時刻。
〝ダイモス航宙運輸〟の大型トラック型輸送船が、重力発生装置搭載型円筒形コロニーの先端に突き出た貨物港に到着し、フォークリフト2台で気密コンテナを降ろしていた。
それにあたっている作業員4人は、社名のスカジャンを装飾した船内外服に、顔が見えないフルフェイスヘルメット、という姿だった。
これは宇宙空間と接続する環境において、法で定められた標準的な装いの範疇ではある。
その船を持っている会社は正真正銘の〝ダイモス航宙運輸〟だが、その会社は〝全宇宙動物友愛会〟の協力企業であり、
「これでまた1人、かわいそうな熊さんを救えましたね」
「はい。我々は善を成しました」
操縦席で待機中の操縦手を含めた5人は、愛護団体の代表と構成員だった。
船体横のロゴマークは本来のものの上に、船体塗装用のプリンターで上書きされているが、特殊な薬品をかける事で簡単に剥がれる様になっている。
「あんな威圧感のある檻にいるより、思い切り身体を動かせるここの方が彼も幸せでしょう」
「お友達もいーっぱい居ますしね」
「まあ、本当は地球の方が良いんですけどねぇ」
「仕方ありませんな。〝人間至上主義〟に染まった人々の妨害は手に負えませんから」
「本来の生息地を返せば共存も可能というのに。実に嘆かわしい」
「こらこら。悪い感情は動物さんに伝わってしまいますよ」
動きや姿形は完全に動物を愛する者に擬態しているものの、音声通信で喋っている中身は綿飴のようなものだった。
コロニーの内部は、反射鏡で取り入れた本物の太陽光を天井の人工太陽で補強したもので照らされ、空調などで温帯のバイオームが再現された植物園の様になっている。
そこは既に地球上で絶滅してしまった動物たちの保護施設で、リスク分散のために太陽系各所に似た様な施設が存在する。
このコロニーは、決まったルートを通るサファリという形だが一般公開されていて、主にガニメデ圏域の住民が週末に訪れるスポットとなっていた。
ちなみにこの日、設備更新のため午前までは休館で、午後からは貸し切りとなっているため一般客は誰も居なかった。
サファリの車両が通る道を移動する、団体の4人乗りクレーン付きトラックは、監視カメラが木に隠して設置された、硬葉樹の茂みに分け入る管理車両路の丁字路で停まる。
少し先に進んでからバックでその中へと入っていき、コロニーの内壁と床面が合わさる端の地点まで下がって止まる。
「もうすぐ自由になりますからね」
補修用資材、というプレートがドアに貼られたそれを降ろすと、代表の老年男性は左側の壁のみが膨らんだ、コンテナの中にいるモノへ優しく語りかける。
資材の輸送は実際に〝ダイモス航宙運輸〟が請け負った仕事であるが、思い切り情報を保護団体に流出させていて、団体が行うモノの密輸に加担していた。
果たしてその中身はというと、監視カメラ修繕用の機材が右に、やたら恐ろしい顔つきで全身が黄色い大きな熊――〝宇宙熊〟が入った檻が左に入っていた。
「窮屈な思いをさせてごめんなさいね」
「ここでならのびのび暮らせるよ。良かったね」
「そして我々はまた1つ徳を積んだ、と」
「自分から言ってしまうのは卑しいですよ」
運転席にいる1人を除いた保護団体の3人はコンテナのドアを開け、各々が綿飴思考の言葉を口から吐きつつ、さらにその中の檻を開いた。
扉が完全に開くと、宇宙熊はのっそりのっそりと地面に降り立ち、
「おや、どうやら我――ぷぎゅ」
自らを解き放った心優しい人間達へ、親愛のタックルを喰らわせて、全員を壁にぶつけたカラーボールにしてしまった。
それを不思議そうに首を傾げジッと見つめた後、宇宙熊は茂みの中へと分け入ろうとした。
「どうしました代ひょ――ひッ、ヒイィ!?」
そのタイミングで運転席の男が降りてきて、直視は荷台のせいで、ミラーでは茂みのせいで見えなかった、壁にへばりつく特大の染みを見て叫び声をあげる。
それを見ていた宇宙熊は、腰を抜かしている男に猛ダッシュで近づくと、甘えるように頭突きを繰り出して男を車両との間で圧縮してしまった。
全身についた血を身体を震わせて飛ばし、今度はさっきと逆向きに首を傾げた宇宙熊は、今度こそ茂みの中へと入っていった。
色々な物が混ざった赤黒い液体が、壁際にあるグレーチングで覆われた排水口へと流れ込んでいく。
そのグレーチングは、地面に溶け込む様にデザインされた特注品であり、縁の内側にそのコロニーの識別コード――『SG-483』が刻み込まれていた。




